目覚めれば、自作小説の悪女になっておりました

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売

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第5章 2 深淵の闇のマリウス  ※大人向表現有り

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1

ここは私達が借りているホテルのリビング—。
今はアラン王子も加わり、総勢7名の人数になり・・賑わいも激しくなってきた。

「それでさ・・・幾ら必死になって探してもノアの行方が見つからなかったんだ。ねえ、アラン王子。一体ノアは何処へ行ったのさ!」

ダニエル先輩は手に持ったスコッチを飲み干すと赤ら顔でアラン王子に怒鳴りつけている。
「そんな事を言われても俺は自分の知っている情報を教えた。確かにノアは神殿の一番最上階にあるソフィーの隣の部屋に囚われていたんだ!」

アラン王子はワインを飲み干すとダニエル先輩を睨み付けた。

「嘘を言うな!僕がどれだけ大変な思いをしてそこまで行ったか君には分からないだろうね。何しろあそこは恐ろしいトラップだらけだったんだぞ?途中で床が抜けて、下は鋭い針の山だったり、壁に触れると巨大な鉄の塊が降って来たり・・・・。」

顔を赤く染めて、時々しゃっくりを交えながらダニエル先輩は自分がいかに大変な思いをしたかを熱く語っている。
だけど、針の山に巨大な鉄の塊が降ってくるなんて・・・。
な・何て恐ろしい・・・。ダニエル先輩はそんなアクションゲームのような危険な場所を1人で攻略?したなんて・・・でも挙句の果てに肝心のノア先輩がいなかったとなれば、ダニエル先輩がアラン王子に食ってかかりたくなる気持ちも理解出来る。だけど・・・酔いも混ざっているから・・意外とオーバーに話を盛ってるだけなのかもしれない。何故ならダニエル先輩の目が大分座ってきているからだ。

「そんな事は知らんっ!その場所にいないとなれば、別の場所にノアを隠したのかもしれん!うん・・・そう言えば・・・ソフィーが何か話していたな・・・。セント・レイズ学院から東へ20K程行った先に森が広がり・・・そこには古城が建っていると・・・。そしてそこも自分達の拠点にする事にしたと言ってたな・・。」

え・・・森・・・?アラン王子の話を聞き、私はドクンと心臓の音が大きく鳴るのを感じた。そう言えば・・・最近夢で森の中にある城の夢を私は見た・・。そこでは誰かが私に助けを求めていた・・・。あの人物は一体・・・?

「どうした?ジェシカ・・・。顔色が悪いようだが・・大丈夫か?」

私の隣に座り、ウィスキーを飲んでいたデヴィットが心配そうに声を掛けて来た。

「い、いえ。大丈夫ですよ。」

笑みを浮かべて言うが、デヴィットは言う。

「いや・・・今日は色々あって疲れただろう?もうベッドで休んだらどうだ?1人で寝るのが寂しいと言うのなら俺がお前の隣で添い寝してやるぞ?」

言いながらデヴィットはするりと私の肩に手を回してくる。

「おい!デヴィット!ジェシカに触るなっ!」

アラン王子がアルコールに酔った赤い顔で立ち上がるとデヴィットを指さした。

「煩いっ!俺はジェシカの聖剣士だ!いいか?聖女と聖剣士というのは・・・絆をより深める為に24時間常に一緒に居るべき存在なんだっ!」

「何だと?それを言うなら俺だってジェシカの聖剣士だっ!その証拠にジェシカが俺に触れてくれたお陰でソフィーの呪縛が解けたんだからな!」

激しく応戦する2人は酔いの力も加わってか、徐々にヒートアップしてくる。
あ~あ・・・。似た者同士だから、きっとどちらか一方が引くという展開にはならなさそうだ・・・・・。

「ねえ!君達!喧嘩なら外でしてくれないかなあ?うるさくてお酒を楽しむことが出来ないじゃないかっ!」

ダニエル先輩がスコッチの瓶を抱えたまま喚く。

「うん、確かにそうだね。ここで喧嘩してホテルを追いだされたらどうするのさ。喧嘩なら外で思う存分やってきてくれないかな?」

マイケルさんがシャンパンをグラスに注ぎながらのんびり言うと、2人は言った。

「ああ、分かった。行くぞデヴィット。」

「フーン。俺とやるつもりなんだ・・・いい度胸だ。だがな・・・俺は強いぜ。」

デヴィットは腕組みしながら上目遣いにアラン王子を見る。
ちょ、ちょっと・・本気でこの2人言ってるの・・・?な、なんとかしなくちゃ・・・!
私は別のテーブルでお酒を飲んでいるグレイとルークの元へ行くと言った。

「大変なのよ!アラン王子とデヴィットさんが・・・外で喧嘩する事になっちゃって・・・、お願い!危険な事にならない様に2人を見張ってくれない?」
両手を前に組んで私は頼んだ。

「ええ・・・?アラン王子とデヴィット先輩が・・・?」

グレイは露骨に嫌そうな顔をする。

「分かった、ジェシカの頼みなら俺は聞くよ。」

けれど、ルークは笑顔で答える。やった!流石はルークだ。しかし、それを聞いて慌てたのはグレイの方だ。

「な・な・何言ってるんだ?ジェシカ。俺だって2人が心配だ。よし、分かった!2人について行き、酷い事になりそうなら命懸けで止めるから安心しろ!」


こうして、一気に4人の男性陣が部屋を去り・・・室内は急に静かになった。

「ふう・・・。」

わたしは溜息をつくと室内を見渡した。
部屋の中には酔っぱらって昨夜同様ソファの上で眠ってしまっているダニエル先輩とマイケルさんがいた。
 ダニエル先輩の話では・・・神殿にはノア先輩の姿は無かった。ならば恐らく、ノア先輩はソフィーが新しく拠点にした森の中の古城にいるのだろう。そして・・そこにもしかするとマシューもいるのかもしれない。私に助けを求めていたあの声の主と一緒に・・・・。

もう、私は覚悟を決めている。
私のマーキングがドミニク公爵に残っている限り、何処へ逃げても必ず見つけ出されてしまうだろう。
それなら、ノア先輩と・・・声の主を助け、マシューに一目でも会えれば・・・私の役目も終わり。夢の通り、掴まって・・。
ただ、リッジウェイ家の人間だけは見逃して貰えるように頼み込むのだ。
そして流刑島で私は一生を送る・・・。
どうせ私はこの小説の中の悪女「ジェシカ・リッジウェイ」
小説通りに最期を迎える。これが私の運命なのだから。

「疲れた・・・。今日はもう寝よう・・・。」

着替えを持ってバスルームへ行き、熱いシャワーを頭から浴びながら・・・私は1人涙を流した。嫌だ、本当は流刑島へなんか行きたくない。いや・・その前に私は捕まり、あの冷たい牢獄の中で・・凍え死んでしまうかもしれない。私はいつまでも熱いシャワーに打たれながら・・・涙を流し続けた・・・。


 バスルームから上がり、リビングへ戻ると相変わらずそこにはダニエル先輩とマイケルさんがソファの上で眠っている。そしてデヴィット達は部屋にまだ戻ってきていない。
一体・・何時まで戦って?いるのだろうか・・?だけど、こんな状況でもしソフィー達が乗り込んで来れば・・・私はあっという間にその場で捕まってしまうだろう。

「全く・・・。全てが終わるまでは仲良く出来ないのかなあ・・・。」
仕方が無い・・・。明日になったらアラン王子とデヴィットに言おう。ソフィーの件が片付くまでは協力し合わなければならないので、仲良くやろうと・・・。

そして私はベッドに潜り込むと・・・眠りに就いた・・・。



闇の中・・・誰かが私の近くにいる気配を感じた。その気配はやがて私のすぐ側まで寄って来るとそっと髪の毛に触れて来た。
え・・・?誰・・?
そしてその手は私の頬に触れ・・愛おしそうに撫でて来る。その手の感触に思わず全身に鳥肌が立つのを感じた。
いやだ・・怖い・・・。目を開けたいのに開けられない。身体を動かしたいのに何故か指1本動かす事が出来ない。
ひょっとすると・・私は夢を見ているだけなのだろうか・・・?
だが・・・その直後何者かの唇が自分の唇に触れてきた時、頭の中が一瞬で覚醒した。

「い・・・嫌ッ!」
身体が動く・・・!私は思い切り、その人物を突き飛ばし、急いで身体を起こした。


「酷いじゃありませんか。ジェシカお嬢様・・・。そんなに強く私を突き飛ばすなんて・・・。」

暗闇の部屋から私の良く知っている声が聞こえてくる。
そ・・・そんな・・・まさか・・・その声は・・・・。

闇の中、ゆらりと立ち上ったその人物は言った。

「ジェシカお嬢様・・・お迎えに伺うのがすっかり遅くなって申し訳ございませんでした。」

そこに立っていたのは・・・。

「マ、マリウス・・・・。」

私は・・・絶望的な気分で彼を見上げた—。



2

「マ、マリウス・・・ここは・・一体何処なの・・・?」

怖い、今の私にとってはマリウスは最早恐怖の対象でしか無かった。
私はベッドの上で震えながら尋ねた。

「そうですね・・・。少なくともお嬢様が先程いたホテルでは無い事は確かです。」

そんな・・・漠然とした言い方では何も分かるはずがない!
部屋を見渡すとドアが見えた。
「!」
私はベッドから飛び降りるとドアを目指して走り・・・思い切り開け放した。
「え・・・・?」
そこは暗い森の中だった。
慌てて今自分が飛び出した家を見た。小さな平屋造りの家。そして周りは高い木々に囲まれた深い森の中・・・もう・・逃げられない・・。呆然と立ちすくむ私を急に背後からマリウスが無言で抱きすくめて来た。
「い・・いやっ!」
激しくもがくも所詮私の力ではマリウスを振りほどく事等出来ない。

「大丈夫ですよジェシカお嬢様。そんなに怖がる事はありません。ここは・・・確かに深い森の中にある一軒家ですが、ジェシカお嬢様の為に私が建てた家なのですから。」

マリウスは耳元で囁くように私に言う。
え・・・?今何て・・・・?私の為に・・建て・・・た・・・?
余りの衝撃的な話に私は目を見開いてマリウスを見た。
すると何を勘違いしたのかマリウスは笑みを浮かべると言った。

「おや、どうされたのですか?ジェシカお嬢様。嬉しさの余り言葉を無くしてしまったのでしょうか?だけど・・この家・・・・処分しておかなくて本当に良かったです。冬期休暇の時、2人でリッジウェイ家に帰る時に行方不明を装って、ジェシカお嬢様とこちらで誰にも邪魔される事無く一生2人きりで幸せに暮らしていこうと決めていたのに・・・あんな事になって・・・!」

マリウスは私を抱きしめる腕により力を加えて来ると言った。

「だけど・・・運はお嬢様を見捨てなかった・・・。お嬢様は生き返り、そして今こうして私の腕の中にいるのですから・・・。」

背後から強く抱きしめたまま、マリウスは私の髪に顔を埋め、スンスンと匂いを嗅いでくる。

「ああ・・とてもいい香りです・・。お嬢様・・・。」

マリウスはうっとりとした声で耳元で囁いてくる。当のマリウスはこれ以上ない位、恍惚とした表情を浮かべているが、私は怖くて怖くて堪らない。全身から鳥肌が立っているのが嫌でも分かる。

「ど・・・どうして・・私の居場所が分かったの・・・・?貴方が私に付けたマーキングはとっくに消えているんでしょう?」

震える声を押さえながらマリウスに尋ねる。

「ええ・・・。ですから腕の立つ情報屋を雇っておいたのですよ。お嬢様・・・少々費用は掛かりましたが、私はちゃんと財産は持っておりますのでご安心下さい。2人で暮していくには十分過ぎる程お金は持っておりますから・・・。」

何処か狂気をはらんだ声で暗示をかけるかのように私の耳元で囁き、耳たぶを軽く噛まれる。一気に私の全身を恐怖が駆け巡る。マリウスの身体からはシトラス系のオーデコロンの香りがしていた。だけど・・・私が望むのはこんな香りなんかじゃない・・・!

「は・・・離して!マリウスッ!私を・・元の場所へ帰して!」

怖い・・・!マリウスが怖くてたまらない。
必死に叫ぶも、ここは奥深い森の中・・・空しく私の声がこだまするだけ。

「離す?何故私がジェシカお嬢様を離さなくてはならないのですか?ようやく貴女を邪魔な男共から引き離す事が出来たというのに・・・・。お嬢様が彼等とあのホテルにいる事を知った時の私の気持ち・・・・お嬢様には分かりますか?皆、いいようにジェシカお嬢様に触れて・・・。以前はアラン王子が最大に邪魔な存在だと思っておりましたが・・・どうやら今は違うようですね。デヴィット・リバー・・・。今は彼が・・一番邪魔な男・・・私の最大の敵です。」

マリウスは私の頭の上で憎悪に満ちた声を出す。その声は・・・あまりに恐ろしくて私は身体の震えが止まらなかった。
すると、それに気付いたのかマリウスが言った。

「ああ・・お嬢様。どうされたのですか?こんなに震えて・・・。寒いのですね・・?お可哀そうに・・・。真冬の森の中はとても冷えます。さあ、家の中へ入りましょう。私が・・・貴女を抱いて温めて差し上げますよ・・・。」

マリウスはより一層抱きしめる力を強め、暗示をかけるかのように耳元で囁き、さらに耳を甘噛みしてくる。
い・・・嫌・・・!思わず目尻に涙が浮かぶ。
そしていきなり首筋を強く吸い上げて来た。
「!」
痛みに顔をしかめながら・・・その言葉を聞いた私は一気に全身から血の気が引くのを感じた。
ま、まさか・・マリウスは私を・・・?!


「キャアッ!」
突然マリウスは私を抱き上げると、片手で器用に家のドアを開けるとそのまま私をベッドへと運んでいく。
い・・・嫌だ・・・っ!こ、こんな誰も助けが来ない場所で私はマリウスに・・っ!
「い、いやっ!お願い!離してっ!」
無駄な抵抗とは思いつつ、必死で叫びながら私はマリウスの腕の中で暴れ・・・その拍子に側に置いてあった花瓶に当たる。

ガチャーンッ!!

床に落ちて花瓶は粉々に砕けてしまった。

「あ~あ・・・。ジェシカお嬢様が暴れるから・・・花瓶が割れてしまいましたねえ。怪我をされると危ないですから、今ほうきで綺麗にしますね。」
マリウスは私をベッドの側に降ろすとほうきを取りに行った。
その隙に、私は一番大きく割れた花瓶の破片を掴み、ポケットに忍ばせる。
直後にマリウスは戻ってきて、私が同じ場所に立っているのを見るとニコリとした。

「ああ、良かった。ジェシカお嬢様・・。逃げる素振りをしなくて・・・。もし逃げようものなら拘束具を使って、ジェシカお嬢様をベッドに括り付ける所でしたよ。」

冷たい、氷の様な笑みを浮かべるマリウスに私はゾッとした。
怖い・・・もうマリウスの瞳には狂気の色しか宿っていない。
足が震えて立っているのが精一杯だった。

マリウスはほうきで丁寧に花瓶の欠片を掃除すると私に向き直った。

「お嬢様・・・・もう私無しではいられなくなるくらい・・愛して差し上げますよ・・?」

「!」

そしてマリウスは軽々と私を抱き上げるとベッドの上に組み伏せ、片手で私の両手の自由を奪って来た。
マリウスの顔が眼前にせまる。
ど・・どうしよう・・・このまま私はマリウスに・・・・?!


「ジェシカお嬢様・・・愛しております。ようやく貴女を私の物に・・。」

再び首筋を強く吸われ、マリウスが私の服に手を掛けようと腕を離した一瞬の隙に・・・。

「触らないでっ!」
私はポケットから先程拾っておいた鋭く尖った陶器の破片の先端をマリウスに向かって突き付けた。

「!」

マリウスの瞳が一瞬大きく見開かれ・・・彼はフッと笑うと言った。

「お嬢様・・・そんなもので私を何とか出来ると思っていたのでしょうか・・・?本当に可愛らしいお方ですねえ・・・ジェシカお嬢様は・・・。」

マリウスの台詞を聞いた私は今度は破片を自分の首筋に当てた。

「!お、お嬢様・・・い、一体今度は何を・・・?」

流石のマリウスも私の行動に驚いたのか、声を震わせて私を見下ろす。

「私に触らないで・・・。もし、少しでも私に触るようなら・・・今すぐここで死ぬわ。」
そう、これは決して脅しでは無い。遅かれ早かれいずれ私はドミニク公爵に捕まり、牢獄に閉じ込められる。そこで凍死してしまうかもしれないし、流刑島へ流されてしまうかもしれない。そんな運命を知っていて、尚且つここで・・・マリウスに汚される位なら、いっそ今自分で命を絶った方がずっとマシだ。

「お、お嬢様・・そ、そんな脅しは・・・。」

マリウスは狼狽えながらも押し付けた私の身体を離さない。
「・・・。」
無言で陶器の破片を握りしめ、切っ先を首筋に当てる。
プツリと小さな音がして、私の首筋から一筋の血が流れ出て・・・。
そこで初めてマリウスが叫んだ。

「おやめくださいッ!ジェシカお嬢様っ!」

そしてマリウスは私の身体から離れると、がっくりと俯き・・・言った。

「そんなに・・・私の事が嫌ですか?触れられたくはないのですか?アラン王子や・・あのデヴィットという方には・・・身体を許したのに?いえ・・・それだけじゃない・・。貴女は・・・ドミニク公爵とも・・・。」

マリウスの紡ぎ出す言葉を私は何の感情も持たずに黙って聞いていた。
そうか・・・マリウスはそこまで私の事を調べ上げていたのか・・・。

「私が・・・何処の誰と関係を持とうが・・・・貴方には関係ない事でしょう?だけど・・・私が彼等と関係を結んだのは・・全て深い事情があったからよ・・。最もその事情をマリウスに話すつもりは一切無いけれども。ただ・・・貴方だけは絶対に嫌・・・。」

マリウスは呆然とした顔で私を見ている。

「ジェシカ・・・お嬢様・・・。」

「もし・・少しでもマリウスに触れられる位なら・・・今ここで死んだ方がマシよ!」

私は破片を首に当てたまま涙を浮かべて叫んだ。

「ジェシカお嬢様・・・。何故私を・・そこまで嫌うのですか?何故拒絶するのですか?ずっと10年間誰よりも御側にいたこの私を・・。」

マリウスは震え声で私に訴えて来る。

「違うわっ!私は・・・・貴方の知ってるジェシカお嬢様じゃない!入学式のあの日・・・別の世界からやって来た・・全くの別人よ!いい加減にして!私を・・・ここから帰して・・・よ・・。お願いします・・。」

終いに私はいつしかすすり泣いていた。

「分かりました・・・。」

マリウスはユラリと立ち上がると言った。

「ジェシカお嬢様・・・今すぐ転移魔法を使って貴女をあのホテルまでお連れ致します・・・。その前にこれを・・・。」

マリウスは懐から手紙を出してくると渡してきた。

「手紙・・・?」

「いいえ、手紙ではありません。辞表です。」

「え・・?辞表・・・?」

「はい・・・。私は今夜、この家でお嬢様を抱くつもりでした。・・・もし私を受け入れてくれるならば、この先もずっと忠実な下僕としてお嬢様を愛し・・・御側で仕えようと思っておりました。でも・・・少しでも抵抗されるのであれば・・一切お嬢様から身を引く覚悟でここへお連れしたのです。」

マリウスは淡々と語る。

「お嬢様に愛されないのなら・・・もう御側にはいられません。このまま仕えていれば・・・今に衝動に駆られて・・・取り返しのつかない事をしてしまいそうな自分が怖くて・・。分かっていました。最近の自分は普通じゃないって事が・・・。あんな・・・お嬢様のお墓まで作ってしまって・・・。」

いつの間にかマリウスの目には涙が光っていた。

「マリウス・・・。」

「さあ、では参りましょうか?」

マリウスが手を差し伸べてきたので、私はその手を取り・・マリウスは転移した。


気が付けば、そこは私が宿泊しているホテルの前だった。

「ジェシカお嬢様。」

背後にいたマリウスが声を掛けてきたので私は振り向いた。

「お部屋までご案内出来ず、申し訳ございません。彼等に見つかると・・・どんな目に遭わされるか分かったものではありませんので・・・。」

マリウスは風に銀の髪をなびかせながら私に言う。その瞳には・・・もう狂気の色は宿っていなかった。

「マリウス・・・貴方はこれからどうするの・・・?」

「学院は辞めます。そして・・・世界を旅して周ろうかと思っています。いつか・・ジェシカお嬢様よりも愛する女性が出来れば・・・今度こそ・・その女性を怖がらせないように・・・努めます・・・。ああ、そうだ。今朝・・・ドリス様とは正式に婚約破棄を致しました。・・・私は最低な婚約者でしたから・・・ついに彼女の方が愛想をつかしたのですよ。」

え・・?そんな事が・・あったなんて・・

そしてマリウスは涙を浮かべながら言った。

「最後に・・最後に・・ひ、一つだけお願いを聞いて頂けないでしょうか・・?」

「お願い・・・?」

「はい。ジェシカお嬢様・・・貴女を抱き締めさせて下さい・・っ」

私は泣いているマリウスに近付くと、自分からマリウスの背中に腕を回した。

「!ジェシカ・・・お嬢様・・・!」

マリウスは私をかき抱くように強く抱きしめ、嗚咽しながら私の名前を呼び続けた。
そして、ひとしきり泣き終わると私から身体を離し、言った。

「さようなら、お嬢様。本当に・・・貴女を愛しておりました。」

そして・・・マリウスは転移魔法でその場から姿を消した—。
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