目覚めれば、自作小説の悪女になっておりました

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売

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第7章 1 ジェシカの涙

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1

ここは・・・何処だろう。高い城の塔のてっぺん。そこには囚われの姫がいる。
これは私がいつも見る夢の世界。最近はここが夢の世界か現実なのか、すぐに理解出来るようになっていた。
囚われている姫の部屋は花々で埋め尽くされている。・・・けれどこんなに太陽の日差しが全くささなくなってしまったこの世界では、美しいはずの花々は・・・どれも全て哀れな姿でしおれている。

 姫の部屋のベッドには誰かが横たわっていた。一体・・・誰だろう?
姫は心配そうに横たわっている誰かを椅子に座って見守っていた。
やがて彼女は椅子から立ち上がり、その誰かの姿が見えた。
あ・・・あの人は・・・・。それは仮面の剣士だった。被せられた鉄の仮面からは血が滴っている。
そして姫が洗面器を持って彼の元へ戻って来た。苦しんでいる彼の手当てをしているのだろうか・・・?血を拭い、綺麗に拭いてあげている。・・・歌を歌いながら・・・。
すると・・・彼女の歌声と共に彼女の身体が光り輝き、その光に当てられた花々はみるみる内にピンとはり、花を開き始める。さらに仮面の剣士の身体も光り輝き・・やがてベッドから起き上がると、彼女の手を取り口元に寄せる。

 私の視界からは彼女の首から下しか見る事が出来ない。

一体・・・貴女は誰・・?アメリアなの・・・?

その時、一瞬だけ私は見た。突然視界が上に上がり、振り向いた彼女と目が合う。

あ・・・。私は彼女の姿に息を飲み・・・・。

グオオオオオオーッ!!

激しい咆哮のような叫び声に瞬時に意識が覚醒した。あれ程眠らずに火の番をすると言っていたのに、不覚にも私は再び眠ってしまったのだ。
そして叫び声の正体は第1階層から再び溢れて来た魔物達だったのである。

 気が付いてみると私は小さな洞窟の様な場所にいた。何故こんな場所に・・・?慌てて洞窟から這い出てみると、あの仮面の剣士が数多の魔物の群れを相手に1人で戦っていた。
あんな数の魔物を相手にたった1人でなんて・・・っ!
しかし、彼に対してはそんな心配は無用の様だった。彼は軽々と魔物の攻撃を避けると、1体ずつ確実に、しかも一撃必殺の剣で魔物の群れを倒していく。その余りの優雅で鮮やかな戦いぶりに目を奪われているうちに、辺り一帯は魔物の躯で溢れかえり、静かになった大地に彼は1人立っていた。

す・・すごい・・・。こんなに大勢の魔物の群れを相手に・・いともたやすく倒してしまうなんて・・・。

 やがて彼は洞窟から這い出来ていた私に気が付くと、駆け寄って来た。
そして私の前で立ち止まると、頭を動かして私を観察している。・・・怪我をしていないか心配しているのだろうか?

「あ、あの・・・。私なら大丈夫です。どこも怪我とかしていないですから。」

そう言うと彼は安堵したかのように溜息をつくのが聞こえた。
そして彼は腕を伸ばして私の髪の毛に指先でそっと触れて来た。

「・・・・?」

一体どうしたというのだろう?良く見ると・・・彼の指先は小刻みに震えていた。

「あの・・・?」

戸惑いながら声を掛けると、彼は一瞬ビクリとし、その後私から手を離すと手招きをする。
「?」
彼の後を私は黙って付いて行くと、そこには小さな泉があった。そして彼は私に泉の側に来るように手招きする。
私は泉を覗き込んで、何故彼が私をここへ呼んだのか理解した。
狭い洞窟の中にいたからなのか身体中があちこち汚れている。服まで泥が付いていた。そう言えば・・・持って来ていたリュックの中に予備の着替えが入っていたっけ・・。
するとそれを察していたのか仮面の剣士はいつの間に持って来てくれていたのか私のリュックを差し出してきた。

私は彼を見ると言った。

「あの・・・水浴び・・してもいいですか?」

すると彼は一瞬首を傾げ、その後慌てたように首を縦に振ると、すぐにその場を立ち去った。・・・きっと私に気を遣ってくれたのだろう。

 それにしてもここが『ワールズ・エンド』の世界で良かった。昼夜の区別が殆どつかないこの世界では不思議な事にこのように泉がある場所はとても温かい気候になっている。
私は汚れた服を脱ぐと、泉の中へ入った。最初は冷たさを感じたが徐々に水の温度にも慣れてきて、私は泉の中で身体の汚れを落とした。そして身体がさっぱりしたところで予備の服に着替え、汚れた服をリュックに入れると近くにいるはずの仮面の剣士を探した。

「何処に行ったんだろう・・・?」

いつ魔物がまた現れるか分からないので、門の側に戻ったのだろうか?
その時、パシャンと水音が聞こえた。え・・・?何の音だろう?
水音のする方向へいき、覗き込んだ瞬間私は慌てて岩陰に身を隠した。び・びっくりした・・・。なんとそこには仮面を被った剣士が私と同様に水浴びをしていたのである。
ど、どうしよう。ひょっとするとここにいたら覗き見をしていたと勘違いされてしまうかもしれない
だけど、彼がここにいると言う事は、私もここにいるべきなのかもしれない。遠くに離れていたら彼は心配するだろうし、まして1人でいた時に魔物が現れたら私はひとたまりもないだろう。
そこで私はこのまま岩陰に隠れ、彼のいる方向を見ないように岩によりかかり、顔を上に上げて空を眺めていた。

青い空に白い雲が浮かぶ美しい世界・・・『ワールズ・エンド』。今では私達の住む世界ではこんな綺麗な世界を見る事は出来なくなってしまったけれども・・・。
でも、きっと夢の中で見た彼女を救い出せれば・・・・。この世界は元通りに戻るはず。
私には分かった。あの夢に出てきた彼女が・・この世界の真のヒロイン・聖女なのだと・・・。
そんな事をぼんや考えてワールズエンドの景色をながめていると、不意に視界が暗くなった。

え・・?何故・・・?

そして私は顔を上に上げて驚いた。何とそこにはあの仮面の剣士が立っていた。
彼は一応腰にタオルは巻き付けてあったものの、ほぼ裸の状態で身体からはぽたぽたと雫が垂れている。

「あ、あの・・・。」
何故?どうしてこんな状態で彼は私の所へ・・・?頭がパニックになっているところで気が付いた。
何と私は彼の着替えが置いてある場所に座っていたのだ。彼は只着替えを取りに来ていただけだったのである。

「あ・・・す、すみませんっ!」

 私は慌てて逃げるようにその場を立ち去り・・・今見た光景を頭の中に思い浮かべた。
あの聖剣士の右腕に・・・聖剣士の証であるグリップの紋章が浮かんでいた事に・・。

彼は・・・マシューでは無かった・・・。
半分打ちのめされたかのように私は何処へ向かっているのかも分からずにやみくもに歩き続けていた。
心の中ではどこかで私は期待していた。彼は・・・マシューなのでは無いかと。鉄仮面の下にあるその素顔は愛する彼に違いないとずっと心の片隅で思っていた。
だが・・・現実は違っていた。
あの剣士の右腕には聖剣士になれる証である紋章が浮き出ていた。でも・・マシューには紋章が無かった。その辛い現実は私を打ちのめすのには十分だった。

 それにあの時見た夢の世界では、仮面の剣士が愛する女性は真のヒロイン・・聖女なのだろうと私には思えた。
仮に・・・あの剣士がマシューだったとしても・・・彼が愛する女性は聖女なので、私の恋が成就する事は決して無い。
それなら反って・・・彼がマシューで無かったことは・・むしろ喜ぶべき事だったのかもしれない。

 だけど・・・どうしてこんなに涙が溢れ出てきてしまうのだろう?それ程私は彼があのマシューに違いないとずっと心の何処かで期待していたのだろうか・・?
ねえ、マシュー。貴方は・・・・本当にまだ生きているの?それともやはり死んでしまってこの世界の何処にも存在していないの・・?

 その時・・・背後で誰かが駆け寄って来る気配を感じ、次の瞬間私は抱きしめられていた。

「あ・・・。」

驚いて振り向くと、逆に彼は私の顔を見て驚いた様に身体をビクリと震わせた。
そして彼は私の泣いてる顔を指でそっと拭うと、強く抱きしめて来た。

知っている。・・・私はこの腕の中を・・・。でも、どうして?
貴方はマシューでは無いのに・・・どうして私はこの温もりを覚えているの・・?
貴方は・・一体誰なの・・・?でも・・今はもう何も考えたくない・・・
そして私は彼に縋りつき・・・涙が枯れるまで泣き続けた―。



2

半日後・・・デヴィット達と『ワールズ・エンド』で合流した私達はお互いにこれまでの経過を報告し合った。

「結局・・・この門をどうすれば修繕出来るか色々な方法で調べてみたが・・分からなかったんだ。すまない、何も出来なくて。」

デヴィットは頭を下げた。

「いいえ・・・。こんな事・・きっと前代未聞だと思うので・・・仕方が無いですよ。」
何せ、この原作者の私が門を壊された場合の話なんて、そもそも前提に置いていなかったから、修繕方法なんて不明なのは当然だ。
でも、ひょっとしたら・・・。

「全く・・・それにしても・・門の封印を解くなんて・・・本当にソフィーは最悪の人間だっ!」

ダニエル先輩がイライラしながら言う。

「やっぱりこの門の封印を解いたのは・・・ソフィーだったのですね?」
私はダニエル先輩に尋ねた。

「さあ・・・これは僕の只の勘だよ。でも絶対あの女以外は考えられないってっ!」

ダニエル先輩の言葉に異を唱える人物はその場に誰もいなかった。

「そう言えば・・ソフィーの奴は一体何処へ行ったんだ?」

アラン王子が誰に言うともなしに口を開いた。

「門を開けたと言う事は・・・そのまま魔界へ行ったのかもな。」

ヴォルフが腕組みをしながら言った。

「えええっ?!い、いくらソフィーでも・・あ、あんな暗闇の世界に覆われた魔界へ行くなんて・・。」
私は自分が初めて魔界へ行ったとこに事をを思い出していた。

するとヴォルフが言った。

「いや。ジェシカ・・・。それは違うな。今は・・・この門の奥は深い霧で何も見えないと思うが・・・門を抜けるとすぐに第1階層へ続くわけじゃないんだ。まず、ここを通り抜けると、霧が立ち込める空間に出る。そしてそこを抜けると・・・今度は『七色の花』が咲いている魔界の花畑が広がっているんだ。・・少しだけならここの世界『ワールズ・エンド』に似ているかもしれないな・・・。そのソフィーと言う女・・・何処かで隠れているんじゃないか?」

「隠れている・・・か。うん。確かにあの女ならやりかねないかもねっ!」

ダニエル先輩が同意した。

「しかし・・あの女・・・とうとうここまで頭がいかれてしまったんだな。魔界の門の封印を解くなんて・・・。何故だ?」

デヴィットが首を傾げる。
ソフィーが魔界の門の封印を解く・・・もし理由があるとしたら恐らくは・・・。

「・・・私に対する嫌がらせ・・かもしれません。」

全員の視線が私に集中する。

「皆さんも・・・ひょっとしたら私の裁判の様子を見たかもしれませんが・・・ドミニク様と皆さんのお陰で私の処分は見合わせる事になりました。ソフィーは・・私を処刑したがっていましたけど・・・。もしかすると・・門の封印を解いたという濡れ衣を着せて私を裁きたいのかもしれません。」

「ああ、お前に処刑の判断をあいつが下した時は本当に驚いたし・・・どれ程お前を心配した事かっ!」

アラン王子が言いながらどさくさにまぎれて抱き付いて来た。

「「「ジェシカに触るなっ!!!」」」

それをデヴィット、ダニエル先輩、ヴォルフから引き離されるアラン王子。
う~ん・・こういう時だけ息ぴったりだ。

「だけど・・・本当に何処かに隠れているのかな?それとも・・・他にソフィーが行きそうな場所・・心当たりは無いの?アラン王子は?」

ダニエル先輩はアラン王子を振り返り、質問した。

「いや・・・俺には何も心当たりはない。」

「あの・・・貴方は何かソフィーの行き先について心当たりはありませんか?」

私は皆から少しだけ距離を置いている鉄仮面の彼に尋ねたが、彼も黙って首を振るのみだった。
するとその様子を見ていたデヴィットが私の側に来ると言った。

「おい、ジェシカ・・・。本当にあいつを信用しても大丈夫なのか?・・・言っておくけど俺達はあいつに酷い目に遭わされたんだぞ?」

デヴィットはまだ彼を疑っている様だったけども・・・私には確信があった。

「大丈夫です、彼は・・・信用に値する人物です。・・・私が『ワールズ・エンド』でうっかり眠ってしまった時・・彼は私が安全でいられるように小さな洞窟を見つけて、そこに隠してくれたんですよ。」
鉄仮面剣士を見ながら私は言った。

「・・・そうだな。俺も・・・あいつを信用するぜ。」

意外な事に私の意見に賛同したのはヴォルフだった。

「ヴォルフ・・・。」

「俺は・・・いつだってジェシカの味方だ。お前があいつは敵じゃ無いって言うなら、俺はその意見に従うまでだ。」

そして爽やかに笑うと、デヴィットがムッとした様子で言った。

「な・・・何だよ。お前・・・1人だけ、いいカッコ見せやがって・・・。」

う~ん・・・。やはりこの男性陣は・・・全員仲が悪そうだ。こんなんで見張りの当番をやっていけるのだろうか?

「あの・・・次の見張りは誰がやるんですか?」

私が尋ねるとヴォルフが言った。

「いいぜ、俺が1人でやるよ。」

「ヴォルフ・・・お願いしても大丈夫なの?と言うか・・・昨夜は眠ったの?これから半日の間・・・ずっと起きていないとならなくなるけど・・・?」

心配そうに尋ねるとヴォルフが言った。

「ジェシカ・・・俺を心配してくれるんだな?・・・嬉しいよ。」

そして抱きしめて来た。

「おい!貴様!どさくさに紛れてジェシカに抱き付くなっ!」

アラン王子がヴォルフの肩に手を置くと言った。

「ああ、そうだっ!ジェシカは俺の聖女だっ!」

デヴィットが言う。

「違うっ!俺の聖女だっ!」

すかさず反論するアラン王子。

「だからーっ!僕はジェシカ以外の女性は受け付けないって何回同じ事言わせるんだよっ!」

ダニエル先輩が応戦し・・・そこでヴォルフを交えた4人が口論を始めてしまった。
ああ・・・こんな一大事な時に・・・。私は溜息をつくと、鉄仮面の剣士に言った。

「あの・・・それでは彼等にここを任せて、そろそろ神殿の方へ戻りませんか?私は休ませて貰ってしまいましたが・・ずっと寝ずの番をしていたのでお疲れでしょう?仮眠を取った方がいいと思いますので。」

すると私の言葉を聞いた彼は頷いたので、私達はまだ門の前で揉めている彼等を残して一足先に神殿へと戻る事にした。

 神殿には怪我をして逃げ込んだソフィーの兵士や聖剣士達が大勢いた。
皆痛々しい怪我を負っていたが、市に関わる程の大怪我を追っている人物は今のところいないようにも見えた。
神殿に着くと私は彼に言った。

「今日は本当にお疲れさまでした。それでは・・・また12時間後に『ワールズエンド』を繋ぐ門の前でお待ちしていますね。」

頭を下げて立ち去ろうとすると、何故か彼に右腕を掴まれ、引き留められた。

「あの・・何か?」

尋ねると、彼は首を横に振る。ひょっとして・・・・

「・・・行くな・・・と言う意味ですか?」
すると彼は首を縦に振ると、そのまま私の右腕を握りしめたまま歩き出す。
え・・・?一体何処へ・・・?
「あ、あの・・・何処へ行くんですか?」
彼は私の腕を掴んだまま、神殿の廊下を歩いていく。そして一つの扉の前に着くと立ち止まった。
「?」

彼は私の腕をつかんだまま扉を開けて、中へ引き入れた。
そこは広さが約6畳ほどの部屋になっていた。粗末な木のベッドに2つの木の椅子とテーブル・・・そしてタンスが置かれている。もしかすると・・・?

「ここは・・・貴方の部屋ですか?」

すると黙って頷き、紙とペンを持って来ると何やら文字を書いて私に見せて来た。

『危ないから、この部屋にいろ』

「危ない・・・?あ、ああ。魔物の群れが襲ってくるかもしれないから・・・1人になるなって事ですね?」

すると彼はこくりと頷く。
確かに・・・いつここに第一階層の魔物達が現れるか分かったものでは無い。
目の前にいるこの聖剣士は・・・私の聖剣士では無いが、彼は私を守ってくれた。

「はい・・・それでは・・この部屋に置いて下さい。」
私は頭を下げると、彼は安堵したのか、ため息をついた。
そして私は12時間後まで彼と過ごす事になった―。
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