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ヤンの章 ㉖ アゼリアの花に想いを寄せて

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 その日の夜、僕は一睡もする事が出来なかった。目を閉じればメロディが男の人とキスしようとしている場面が思い出され、どうしても眠りにつくことが出来なかった。
どうしてだろう?どうしてこんなに胸が痛いんだろう…。僕はメロディの幼馴染だから、誰よりも彼女が幸せになる事を願っていたのに…どうして…涙が出そうになるのだろう―?


 そして少しも寝る事が出来ないまま…夜が明けた―。


****

 いつものように5時半に起きて厨房へ行くと既にシスターアンジュが朝食を作っていた。

「あら、おはよう。ヤン」

「あ!ごめんなさい。シスターアンジュ。すぐ手伝います」

フックにかけていたエプロンをつけようとした時―。

「おはよう、シスターアンジュ、ヤン」

背後からディータが声を掛けてきた。

「え?ディータ?どうしたんだい?いつも寝坊しているのに…」

僕は驚いてディータを見た。

「確かに今までは寝坊ばかりしていたけどさ、今日から生まれ変わったんだよ。ヤンの代わりに俺がシスターアンジュと食事を作るって」

「ええ?だってディータはゆで卵だって作れなかったよね?」

「な、何だよ?お、俺の事馬鹿にしてるのかっ?!」

「ごめん…馬鹿にしているわけじゃなかったんだ…」

するとシスターアンジュが声を掛けてきた。

「あのね、ディータの方から家事をしたいと言ってきたのよ?ヤンは受験勉強をしなくてはいけないし、近い内にこの教会を出ていくでしょう?」

「え…?ディータ…?」

するとディータは顔を赤らめながら言った。

「そ、それは確かに…俺は今迄全部ヤンとシスターアンジュにばかり家事をやらせていたけどさ、それじゃ駄目だって思ったんだよ。これからは俺がヤンの分まで家事を頑張ろと思ったんだ。だから…ヤンは勉強を頑張ってくれよ」

「ディータ…ありがとう」

そうだ、今の僕にはメロディの事で悩んでいる余裕は無かった。勉強を頑張って、『ハイネ』にある法学部に合格してベンジャミン先生の期待にそわないといけないんだ。

「ほら、ヤンはもういけよ。今日から家事は教会の皆で分担してやるんだからさ」

「そうよ。だからヤンは勉強してきなさい」

「はい、シスターアンジュ」

僕は返事をすると部屋へ向かった―。



****

ディータとシスターアンジュが用意した朝食はベーコンエッグとサラダ、トーストに野菜スープだった。
そのどれもが美味しくて、ディータはすっかり自分の料理の腕前に自身を持ったようだった。そしてこれからは自分が食事当番をすると言い切る位だった―。



 朝食後、僕は図書館へ向かっていた。目的は受験勉強をする為だった。

「今日が土曜日で良かったな…」

図書館で受験勉強が出来るし、何よりメロディと会わなくて済むからだ。メロディに会ってしまえば、嫌でも昨夜の事を思い出してしまう。きっとあの男の人ともうお付き合いしているのだろう。

「どうして…教えてくれなかったのかな…」

口に出して、ふと気付いた。僕にはメロディが誰と付き合おうとも口出しする権利が無かったということを。

駄目だ、こんな事ばかり気にしていたら…。図書館に着いたら、余計な事は一切考えず、勉強に集中しよう。

僕は足早に図書館へ向かった―。




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