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第1章 54 抱擁

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 午後4時―


 リサイクル業者の人たちが家電を運んでいくと、すっかりアパートの部屋の中は空っぽになってしまった。

「…何にも無くなってしまったね…」

「うん、そうだな…」

拓也さんは小さく頷くと、私の方を振り向いた。

「俺も…そろそろ帰るよ」

拓也さんは立ち上がった。

え…?帰っちゃうの…?

けれど、私はその台詞は言えない。これ以上拓也さんに無理を言って困らせたくなかったからだ。

「…そう、分かった。拓也さんにも…都合っていうものがあるものね…」

駄目だ、どうしても声に寂しさが混じってしまう。

「うん…ごめん。アパートの解約手続きもあるし…」

「あ、あの…それって、私も行ったら駄目かな?」

ほんの少しでも長く拓也さんと一緒にいたかった。

「彩花…」

けれど、困った顔で私を見つめる拓也さん。

ああ…駄目だ、私はまた拓也さんを困らせてしまっている。

「あ…ご、ごめんね。今の台詞は忘れて。うん、私…もう自分の部屋に戻るよ。それじゃ…」

寂しい気持ちを押し殺し、拓也さんの前を素通りして通り抜けようとした時―。


「彩花っ!」

突然背後から手が伸びてきて、拓也さんに抱きしめられていた。

「そんな顔…しないでくれ…彩花にそんな顔されると…俺はどうしたらいいのか…分からなくなってしまう…訳は言えないけど…あまり自由にここに来ることが出来ないんだ…。ごめん…っ!」

拓也さんの声が涙混じりで、そして…とても苦しげだった。

どうして…?どうして拓也さんはいつも笑顔の下で、時折辛そうにするの?私が原因なの?私に何か問題があるから…拓哉さんを苦しめているの?

「た、拓也さん…わ、私…」

すると…拓也さんが私の髪に顔を埋めながら言った。

「ごめん…訳分からないこと…言ってしまっているよな…?でも…これだけは信じてくれ。俺が好きなのは他の誰でも無い。彩花だけなんだ。…絶対人違いなんかじゃないから…」

え…?
どうしてその事を拓也さんが知ってるの?
私…拓也さんにはこの気持、話したことが無いのに?

「た、拓也さ…んっ」

突然向かい合わせに抱きしめられると、拓也さんはキスをしてきた。

拓也さん…。

私は拓也さんの首に腕を回し…2人で甘いキスを交わした…。
やがて、拓也さんは私からそっと唇を離すと、頬に手を触れ、瞳を覗き込むように語りかけてきた。

「彩花、また…絶対会いに来るから…それまで待っていてくれるか?」

「うん…待ってるよ…」

「ありがとう、彩花」

そして拓也さんは強く私を抱きしめてきた。

そう、私は拓也さんが好きだから…彼の言葉を信じて待つんだ。
少しの間無言で抱き合い、やがて拓也さんは私から身体を離すと言った。

「じゃあな、彩花」

「うん…又ね。拓也さん」

そして私は拓也さんに見守られながらアパートを出た。

拓也さんに泣き顔を見られてはいけないと思い、振り向くこともせずに―。



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