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7-2 ゾーイ・ウシャルネ
「僕、仕事場に行くの初めてなんです。僕達が食べているチーズもそこで作られているんですよね?」
仕事場を目指して長い地下通路を歩きながらミカエルがエルウィンに尋ねてきた。
「ああ、それだけじゃない。他に非常食も作っているし、糸紡ぎや織物だってやっている。俺たちがこうして暮らしていけるのも彼等の働きがあってのことだ。だから日々感謝の気持ちを忘れないことだな。それが例え、彼等の上に立つ身となってもだ」
エルウィンの言葉を背後で聞きながらゾーイはその美しい横顔にすっかり見惚れていた。
(本当に…エルウィン様は何て美しい方なのかしら。彼の素顔があまり世間で知られて無くて本当に運が良かったわ。いくら『戦場の暴君』と呼ばれていても、あの美しいお顔を見れば、どんな令嬢だって恋に落ちてしまうかも知れないもの…。私は本当に運が良かったわ。初めはアイゼンシュタット城に行くように父から命じられた時は嫌で嫌でたまらなかったけど…来てよかったわ。だってこんなに素敵な方とお会いできたのだもの…。おまけにエルウィン様には幸い女性の影が全く見えないわ。あの方の目にとまれば、ひょっとすると…)
既にゾーイの頭の中にはエルウィンの妻となり、彼の隣に立つ自分の姿を想像していた―。
****
「アリアドネ。今日は一緒に作業出来て嬉しいよ」
仕事場の一角に設けられた厨房ではアリアドネの隣で仕事をするダリウスの姿があった。今日の2人は干し肉の加工作業に入っていたのだ。
「私、まだあまりこの仕事をしたことが無いから上手に作れるか不安だわ。ダリウスは慣れているの?」
鹿肉の塊を前にアリアドネは困った様子でダリウスに尋ねた。
「ああ。任せておけよ。肉は俺が切るから、アリアドネは調味液を作ってくれるか?分量は…」
アリアドネは言われたとおりにハーブや塩、胡椒などの材料を次々と大鍋に入れていく。そして隣ではダリウスが鹿肉の脂身を落とし、薄切りに切っている。
中々の手さばきにアリアドネは関心したように尋ねた。
「ダリウスは干し肉作りに慣れているのね?」
「それは当然さ。何しろ戦場では…」
「え?戦場?」
アリアドネはその言葉に目を見開いた。
「ダリウス…貴方はただの村人なのに、戦場にいたことがあるの?」
「あ、それはほんの僅かな時間だよ。料理人としてついていったことがあるだけさ」
「そうだったの…でも料理人として戦場に行ったなんて…恐ろしくなかった?」
アリアドネは眉を潜めながら尋ねた。
「いや、大丈夫さ。俺みたいな戦えない男は前線に出ることはまず無いから。安全地帯に残って、そこで騎士や兵士達の為に食事を用意していただけだからな」
ダリウスがそこまで話した時―。
「お~い、ダリウス。ちょっとこっちに来て手を貸してくれないか?」
別の男性作業グループからダリウスが呼ばれた。
「ああ!分かった!」
大きな声で返事をすると、アリアドネに声を掛けた。
「すまない、ちょっと手伝ってくるから…悪いな。少しの間1人でやっていてくれるか?」
「ええ、分かったわ。後はお肉を切るだけよね?やってみるわ」
「ああ、頼む。それじゃ、また後で」
ダリウスはアリアドネに手をふると、男性グループの方へ向かった。
「それじゃ、やってみようかしら」
アリアドネは腕まくりをすると、包丁を手に鹿肉を切り始めた―。
****
「うわ~…仕事場って、とっても大きいんだ~!」
「ひろ~い!」
初めて仕事場へやってきたミカエルとウリエルはその大きさに圧巻されていた。中では大勢の下働きの中に混じって領民達も働いている。
「ああ、そうだ。どうだ?お前たち」
「はい、とても興味があります」
「楽しい!」
エルウィンが尋ねると、ミカエルとウリエルが交互に返事をする。
その時―。
「エルウィン様ではありませんか!」
責任者のビルがいち早くエルウィンの姿を見て駆け寄ってきた。
「今日は一体どの様なご用向でいらしたのですか?」
「ああ、ミカエルとウリエルに仕事場を見学させるために連れてきたのだ」
「作用でございましたか…」
エルウィンとビルが話をしている間、ゾーイは眉をしかめて仕事場の様子を見つめていた。
(一体、何なの?ここは…。皆薄汚れた身なりで働いて…おまけに色々な匂いが入り混じっているから、気分が悪いわ。何だって子爵家の私がこんなところに来なくてはならないのよ…)
ゾーイは典型的な貴族の考えを持っていた。平民たちや自分よりも身分の低い者を見下すような人間だったのだ。
(エルウィン様とお近づきになりたくて来たのに…)
その時、突然エルウィンの言葉がゾーイの耳に飛び込んできた。
「ところで、リアは今日は何処で作業をしている?」
「ええ、リアなら今日は干し肉加工の仕事をしていますよ」
「そうか、ならそこに行ってみるか?2人とも」
(リア?リアって…誰…?)
何処か嬉しそうな顔でミカエルとウリエルに語りかけるエルウィンにゾーイは一抹の不安を感じた―。
仕事場を目指して長い地下通路を歩きながらミカエルがエルウィンに尋ねてきた。
「ああ、それだけじゃない。他に非常食も作っているし、糸紡ぎや織物だってやっている。俺たちがこうして暮らしていけるのも彼等の働きがあってのことだ。だから日々感謝の気持ちを忘れないことだな。それが例え、彼等の上に立つ身となってもだ」
エルウィンの言葉を背後で聞きながらゾーイはその美しい横顔にすっかり見惚れていた。
(本当に…エルウィン様は何て美しい方なのかしら。彼の素顔があまり世間で知られて無くて本当に運が良かったわ。いくら『戦場の暴君』と呼ばれていても、あの美しいお顔を見れば、どんな令嬢だって恋に落ちてしまうかも知れないもの…。私は本当に運が良かったわ。初めはアイゼンシュタット城に行くように父から命じられた時は嫌で嫌でたまらなかったけど…来てよかったわ。だってこんなに素敵な方とお会いできたのだもの…。おまけにエルウィン様には幸い女性の影が全く見えないわ。あの方の目にとまれば、ひょっとすると…)
既にゾーイの頭の中にはエルウィンの妻となり、彼の隣に立つ自分の姿を想像していた―。
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「アリアドネ。今日は一緒に作業出来て嬉しいよ」
仕事場の一角に設けられた厨房ではアリアドネの隣で仕事をするダリウスの姿があった。今日の2人は干し肉の加工作業に入っていたのだ。
「私、まだあまりこの仕事をしたことが無いから上手に作れるか不安だわ。ダリウスは慣れているの?」
鹿肉の塊を前にアリアドネは困った様子でダリウスに尋ねた。
「ああ。任せておけよ。肉は俺が切るから、アリアドネは調味液を作ってくれるか?分量は…」
アリアドネは言われたとおりにハーブや塩、胡椒などの材料を次々と大鍋に入れていく。そして隣ではダリウスが鹿肉の脂身を落とし、薄切りに切っている。
中々の手さばきにアリアドネは関心したように尋ねた。
「ダリウスは干し肉作りに慣れているのね?」
「それは当然さ。何しろ戦場では…」
「え?戦場?」
アリアドネはその言葉に目を見開いた。
「ダリウス…貴方はただの村人なのに、戦場にいたことがあるの?」
「あ、それはほんの僅かな時間だよ。料理人としてついていったことがあるだけさ」
「そうだったの…でも料理人として戦場に行ったなんて…恐ろしくなかった?」
アリアドネは眉を潜めながら尋ねた。
「いや、大丈夫さ。俺みたいな戦えない男は前線に出ることはまず無いから。安全地帯に残って、そこで騎士や兵士達の為に食事を用意していただけだからな」
ダリウスがそこまで話した時―。
「お~い、ダリウス。ちょっとこっちに来て手を貸してくれないか?」
別の男性作業グループからダリウスが呼ばれた。
「ああ!分かった!」
大きな声で返事をすると、アリアドネに声を掛けた。
「すまない、ちょっと手伝ってくるから…悪いな。少しの間1人でやっていてくれるか?」
「ええ、分かったわ。後はお肉を切るだけよね?やってみるわ」
「ああ、頼む。それじゃ、また後で」
ダリウスはアリアドネに手をふると、男性グループの方へ向かった。
「それじゃ、やってみようかしら」
アリアドネは腕まくりをすると、包丁を手に鹿肉を切り始めた―。
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「ひろ~い!」
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「ああ、そうだ。どうだ?お前たち」
「はい、とても興味があります」
「楽しい!」
エルウィンが尋ねると、ミカエルとウリエルが交互に返事をする。
その時―。
「エルウィン様ではありませんか!」
責任者のビルがいち早くエルウィンの姿を見て駆け寄ってきた。
「今日は一体どの様なご用向でいらしたのですか?」
「ああ、ミカエルとウリエルに仕事場を見学させるために連れてきたのだ」
「作用でございましたか…」
エルウィンとビルが話をしている間、ゾーイは眉をしかめて仕事場の様子を見つめていた。
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その時、突然エルウィンの言葉がゾーイの耳に飛び込んできた。
「ところで、リアは今日は何処で作業をしている?」
「ええ、リアなら今日は干し肉加工の仕事をしていますよ」
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