お二人共、どうぞお幸せに……もう二度と勘違いはしませんから

結城芙由奈@コミカライズ連載中

文字の大きさ
34 / 90

第3章 13 追い出される私

しおりを挟む
リリスが馬車で走り去っていく様子を皆で見守っている。

けれど一家団らんの場に混ざる使用人の私にとっては、居心地が悪くてたまらなかった。
もう、リリスはいなくなったことだし……仕事に戻ることにしよう。

「それでは、私……仕事に戻らせて頂きます」

会釈し、屋敷の中へ入ろうとしたとき。

「フローネ。どこへ行くつもりだ?」

背後から冷たい声でクリフが声をかけてきた。その声音に思わず背筋に冷たいものが走る。

「あ、あの……自分の仕事の持ち場に……」

恐る恐る返事をすると、おじ様が進み出てきた。

「クリフから聞いた。お前、本当はフローネ・シュゼットなのだろう?」

「は、はい……そう……です……」

あまりにも冷たい声に震えてしまう。

「驚いたわ……まさかメイドになってこの屋敷に潜り込んでいたなんてね」

「!」

潜り込む……? この私が……? おば様の言葉に心がえぐられそうになる。

「申し訳ございません、父上、母上。フローネをこの屋敷のメイドにしたのは僕の責任なのです。リリスにフローネをメイドとして雇ってあげて欲しいと言われたものですから。リリスは心優しい女性です。父親を亡くして行き場を失った彼女を見過ごすことが出来なかったのでしょう」

クリフは私に冷たい視線を向ける。

「ク……リフ……様……?」

その言葉に全身から血の気が引いていく。
信じられなかった。あの優しかったクリフが……こんなに冷たいなんて……。
本当に同じ彼なのだろうか……? とても現実のことに感じられなかった。

ショックで呆然とする私の前で、クリフたちの会話は続く。

「そうだったのか……だから、昨日もリリスは嘘をついたのか」

「本当にリリスは優しい娘ね」

「ええ、そうです。リリスはそこまでして、フローネを守ろうとしたのです。だから僕は、彼女のために……君に声をかけてメイドにしてやったというのに……」

クリフの目には今まで一度も見たことのない、憎悪が宿っている。

何、この状況……? これは現実なのだろうか……?

「夫婦の寝室に上がり込むなんて……どこまで図々しい娘なんだ」

「これだから貧乏人は嫌なのよ」

吐き捨てるような言葉を投げつけてくる、おじ様とおば様。

「僕が親切にこの屋敷のメイドとして雇ってやったというのに……恩を仇で返すような真似をするなんて……リリスがいない今のうちに出ていけ」

「え……?」

クリフの言葉に耳を疑う。

「そうだ。お前をここから追い出すために、わざわざリリスに家を空けてもらったのだ。万一戻ってくることもあるかもしれないからな。今すぐ出ていくのだ!」

おじ様が私を指さした。

「で、ですが……出ていくにしても、こんな着の身着のままでは……! お、お願いです! せめて持ち物だけでも取りに戻らせて下さい!」

私は床に座り込み、両手を組んで必死に許しを請う。
それに部屋には……ニコルからの大切な手紙があるのに!

「チッ! 何処まで図々しい娘なのだ……」

「あなた、でもあの娘はリリスが気にかけているのよ。このまま追い出すのはまずいのじゃないかしら?」

「ええ、リリスを悲しませたくは無いですからね……。仕方ない、フローネ。30分だけ時間をやる。それまでに出ていくんだ。だが何処かに隠れたり出来ないように監視を付ける必要があるな……」

酷い……ここまで言われて、いられるはずがないのに……!

「だとしたら、そのお役目は私に務めさせて下さい」

クリフの言葉に、突然背後で声が聞こえた。その人物は、クロードさんだった。

「クロードか……そうだな。お前に頼むことにしよう。すぐにその目障りな小娘を連れて行け」

おじ様……、いや。伯爵は冷たい目で私を一瞥するとクリフと夫人に「行くぞ」と声をかける。
そして屋敷へ入ろうとしたクリフが足を止めて私を振り返った。

「フローネ」

「は、はい……」

震える声で返事をする。

「もう二度と僕とリリスの前に姿を見せるな」

その言葉に肩がビクリと跳ねる。目頭が熱くなり、少しでも油断すれば涙が出そうになってしまう。

まさか好きな人に……こんなに冷たい言葉を投げつけられるなんて……。
クリフはもう二度と私を見ることはなく、廊下を歩き去って行った。

「フローネさん。話は聞きましたよね? 今すぐ準備をしたほうが良いです」

呆然と佇む私にクロードさんが話しかけてきた。その声はどこまでも優しかった。

「ク、クロードさん……私……」

少しでも口を開けば涙が零れ落ちてしまいそうだ。

「辛い気持ちは分かります。ですが、皆さんは本気でフローネさんを追い出そうとしています。大切な物が残されているのでしょう? グズグズしていれば何も準備できないまま追い出されてしまいますよ? それどころかムチで打たれてしまうかもしれません」

「は、はい……」

「だったら、早く準備をしましょう。お手伝いしますので」

私は黙って頷き……クロードさんと一緒に自室へ向かった――



****


 クロードさんの手を借りて、追い出される時間ギリギリまでにこの屋敷を出る準備が出来た。

 エントランスに立つ私に、クロードさんがハンドバッグを手渡してきた。

「フローネさん、これをお持ちになりなさい」

「これは……?」

「今まで、あなたが働いて貯めたお金が入っています。私がお預かりしておりました。それに私からの手当も入っております。退職金代わりに受け取って下さい」

「そんな……クロードさんから頂くわけには参りません」

驚いて断るも、クロードさんは首を振る。

「いいえ。私は……フローネさんをお守りすることが出来ませんでした。そのお詫びです」

「な、何故……私にここまでしてくれるのですか……?」

すると、クロードさんは悲しげに笑った。

「私には、かつて娘がおりましたが病気で亡くなっております。あなたは娘と同じ名前でした。だからどうしても傍観してはいられなかったのです」

「!」

「この屋敷の裏手に私が手配した辻馬車がもう来ているはずです。駅まで乗せるように伝えてあります。後は……申し訳ございませんが……ご自身で何とかしていただけますか……?」

申し訳無さそうに謝るクロードさん。

「いいえ……何から何まで……本当に……あ、ありがとう……ございまし……た……」

クロードさんの優しさが嬉しくて、目尻に涙が浮かぶ。

「いいえ。本当にここまでしかお力になれず、申し訳ございません。どうか、お元気で……さぁ、早く行って下さい!」

「は、はい!」

荷物を持つと、私は急いで言われた場所に向かった。
すると、そこにはクロードさんの話していた通り辻馬車が停まっていた。

男性御者は私を見ると尋ねてきた。

「フローネさんですか?」

「はい」

「では、乗って下さい」

頷き、馬車に乗り込んで扉を閉めると、すぐに馬は走り出した。

「クリフ……」

彼の私を見る冷たい眼差しが忘れられない。あんなに憎まれていたなんて思ってもいなかった。

「馬鹿ね……私……一時でも、クリフが私のことを好いてくれていると思いこむなんて……」

好きな人に嫌われることがこんなに辛いとは思わなかった。ついに堪えていた涙が溢れ出してしまう。

本当に私は愚かだった。
リリスの言葉やクリフの優しさを……完全に勘違いしていた。
死にたいくらい辛いけど可愛いニコルのことを思うと死ぬ訳にはいかない。

私が死んだら……絶対に悲しむに決まっている。


窓から、遠ざかっていくバーデン家の屋敷をそっと見つめた。

クリフ……リリス……さようなら。

お二人共、どうぞお幸せに。
もう……二度と勘違いはしませんから……。

私は馬車の中で、いつまでいつまでも泣き続けた――



※ 鬱展開、この話で終わりです





しおりを挟む
感想 381

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。 その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。 そこで待っていたのは、最悪の出来事―― けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。 夫は愛人と共に好きに生きればいい。 今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。 でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。 妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。 過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――

お認めください、あなたは彼に選ばれなかったのです

・めぐめぐ・
恋愛
騎士である夫アルバートは、幼馴染みであり上官であるレナータにいつも呼び出され、妻であるナディアはあまり夫婦の時間がとれていなかった。 さらにレナータは、王命で結婚したナディアとアルバートを可哀想だと言い、自分と夫がどれだけ一緒にいたか、ナディアの知らない小さい頃の彼を知っているかなどを自慢げに話してくる。 しかしナディアは全く気にしていなかった。 何故なら、どれだけアルバートがレナータに呼び出されても、必ず彼はナディアの元に戻ってくるのだから―― 偽物サバサバ女が、ちょっと天然な本物のサバサバ女にやられる話。 ※頭からっぽで ※思いつきで書き始めたので、つたない設定等はご容赦ください。 ※夫婦仲は良いです ※私がイメージするサバ女子です(笑) ※第18回恋愛小説大賞で奨励賞頂きました! 応援いただいた皆さま、お読みいただいた皆さま、ありがとうございました♪

その結婚は、白紙にしましょう

香月まと
恋愛
リュミエール王国が姫、ミレナシア。 彼女はずっとずっと、王国騎士団の若き団長、カインのことを想っていた。 念願叶って結婚の話が決定した、その夕方のこと。 浮かれる姫を前にして、カインの口から出た言葉は「白い結婚にとさせて頂きたい」 身分とか立場とか何とか話しているが、姫は急速にその声が遠くなっていくのを感じる。 けれど、他でもない憧れの人からの嘆願だ。姫はにっこりと笑った。 「分かりました。その提案を、受け入れ──」 全然受け入れられませんけど!? 形だけの結婚を了承しつつも、心で号泣してる姫。 武骨で不器用な王国騎士団長。 二人を中心に巻き起こった、割と短い期間のお話。

白い結婚の末、離婚を選んだ公爵夫人は二度と戻らない』

鍛高譚
恋愛
白い結婚の末、「白い結婚」の末、私は冷遇され、夫は愛人を溺愛していた――ならば、もう要らないわ」 公爵令嬢 ジェニファー・ランカスター は、王弟 エドワード・クラレンス公爵 のもとへ政略結婚として嫁ぐ。 だが、その結婚生活は冷たく空虚なものだった。夫は愛人 ローザ・フィッツジェラルド に夢中になり、公爵夫人であるジェニファーは侮辱され、無視され続ける日々。 ――それでも、貴族の娘は耐えなければならないの? 何の愛もなく、ただ飾り物として扱われる結婚に見切りをつけたジェニファーは 「離婚」 を決意する。 しかし、王弟であるエドワードとの離婚は容易ではない。実家のランカスター家は猛反対し、王宮の重臣たちも彼女の決断を 「公爵家の恥」 と揶揄する。 それでも、ジェニファーは負けない。弁護士と協力し、着々と準備を進めていく。 そんな折、彼女は北方の大国 ヴォルフ公国の大公、アレクサンダー・ヴォルフ と出会う。 温かく誠実な彼との交流を通じて、ジェニファーは 「本当に大切にされること」 を知る。 そして、彼女の決断は、王都の社交界に大きな波紋を呼ぶこととなる――。 「公爵夫人を手放したことを、いつか後悔しても遅いわ」 「私はもう、あなたたちの飾り人形じゃない」 離婚を巡る策略、愛人の凋落、元夫の後悔――。 そして、新たな地で手にした 「愛される結婚」。

悪役令嬢なので最初から愛されないことはわかっていましたが、これはさすがに想定外でした。

ふまさ
恋愛
 ──こうなることがわかっていれば、はじめから好きになんてならなかったのに。  彩香だったときの思いが、ふと蘇り、フェリシアはくすりと笑ってしまった。  ありがとう、前世の記憶。おかげでわたしは、クライブ殿下を好きにならずにすんだわ。  だからあるのは、呆れと、怒りだけだった。 ※『乙女ゲームのヒロインの顔が、わたしから好きな人を奪い続けた幼なじみとそっくりでした』の、ifストーリーです。重なる文章があるため、前作は非公開とさせていただきました。読んでくれたみなさま、ありがとうございました。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

私が行方不明の皇女です~生死を彷徨って帰国したら信じていた初恋の従者は婚約していました~

marumi
恋愛
「あら アルヴェイン公爵がドゥーカス令嬢をエスコートされていますわ」 「ご婚約されたと噂を聞きましたが、まさか本当だとは!」 私は五年前までこの国の皇女エリシアだった。 暗殺事件に巻き込まれ、幼なじみで初恋の相手だった従者――アルヴェイン公子と共に命からがら隣国、エルダールへ亡命した。 彼の「必ず迎えに来る」その言葉を信じて、隣国の地で彼を待ち続けた……。 それなのに……。 やっとの思いで帰国した帝国の華やかなパーティー会場で、一際目立っているのは、彼と、社交界の華と言われる令嬢だった――。 ※校正にAIを使用していますが、自身で考案したオリジナル小説です。 ※イメージが伝わればと思い、表紙画像をAI生成してみました。

三年の想いは小瓶の中に

月山 歩
恋愛
結婚三周年の記念日だと、邸の者達がお膳立てしてくれた二人だけのお祝いなのに、その中心で一人夫が帰らない現実を受け入れる。もう彼を諦める潮時かもしれない。だったらこれからは自分の人生を大切にしよう。アレシアは離縁も覚悟し、邸を出る。 ※こちらの作品は契約上、内容の変更は不可であることを、ご理解ください。

処理中です...