奴隷女と冷徹貴族が、夫婦になるまでの物語

blueblack

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1章

1-1

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 カオル=イルミナ。二二歳。
 彼女の朝は、日が登る前に始まる。目覚まし時計なんて上等な小物は与えられていないが、寝坊をすると折檻を受けるので自然に覚えた。
 起きるとまず、ボロボロになった作業着に着替える。バケツと雑巾を持って、そっと廊下へ。
 惨めなカオルを嘲笑うように、内装は豪華。
 イルミナ家は、ある分野の医療技術で財を成した、新興の貴族だ。莫大な金と地位を得たイルミナ家は、成金らしく大きなお屋敷を建てた。
 カオルの朝の仕事は、屋敷の便所掃除だった。
 男子用も女子用も関係ない。モップなんて渡してもらえない。夏は汗をかきながら、冬は冷水に凍えながら、無心で床と便器を拭く。
 家族と鉢合わせると、仕事が遅いとなじられてしまう。だから、早く、早く。
 やっと全ての便所掃除が終わっても、休みはない。
 給仕用の服に着替えて、厨房へ向かう。
 頭を下げて入室すると、メイド長が顔を顰めた。

「遅いわよ。それに、ちゃんと手を洗ってきたんでしょうね。臭いわよ」
「申し訳、ありません……」

 擦り切れるぐらい洗った。両手は真っ赤だ。でも、体に臭いがついてるのかもしれない。カオルは力無く頭を下げる。

「とにかく、イルミナ家の方々に朝食をお出ししなさい。また無様に転倒でもしようものなら、裸で食器洗いさせるからね」
「は、はい……」

 私も、イルミナ家の一員だったんだけどな……。
 もう、一〇年は前か。初潮を迎えるまでは、カオルもあっち側だった。綺麗に盛り付けられた、食べきれないほどのご飯。明日もそれを出してもらえると、かつては無邪気に信じていた。
(お、重い……)
 カオルは何も食べていない。そのせいで力が出ない。でも、湯気を立てるお料理を見てもお腹は空かなかった。
(私のご飯が、あったかいはずがない。これは別物。……身体ももう、わかってくれてる)
 使用人の数は多いが、ご飯を運ぶのはカオル一人だ。イルミナ家の面々が、それを望んだ。だからカオルは、何往復もして長いテーブルに料理を並べる。そして自分も末席につく。
 カオルの前に、食事はない。

「それでは、今日も神の恵みに感謝をして、食事をいただきましょう」

 当主、ヘレナ=イルミナは、そう言ったのち、唇を歪めた。

「まあ、生まれつき神に愛されなかった愚図もいるみたいだけどね」

 ヘレナの言葉に、くすくすといくつもの笑い声が重なる。カオルはただ、肩を震わせた。

「申し訳、ありません……」
「私たちの存在価値、わかるでしょう? 貴族社会において、男児の出生は死活問題。だからイルミナ家の子供は、『天才の男児を産む女性』になるように産まれてくる」

 そういうヘレナは、雪のような白髪に、青い瞳を持っている。というか、カオルも含めて、イルミナ家の女は全員がそうだ。
 髪は白く、瞳は青い。
 どれも、劣性遺伝だ。嫁ぎ先の血の特徴を損なわないよう、全員が劣性遺伝を持つように調整され、産み落とされる。

「なのに。便所女。貴女は治療不能の不妊症。こんなのイルミナ家の歴史でも初めてだわ。ああ不快」

 ヘレナの声が大きくなって、カオルはぎゅ、とテーブルの下で、両手を握った。

「申し訳、ありません……」 
「それしか言えないのかしら、貴女は」
「わ、私、は……っ」
「ああ、やっぱり黙って。臭いわよ。便所女」

 静かにフォークを置いて、ヘレナは口元を上品に拭く。
 くすくす、くすくす。
 嘲笑の真ん中で、一人きり粗末な服で項垂れる。
(お母さん……)
 初潮を迎えて病が発覚するまでは、優しかった。カオルを名前で呼んでくれた。
 お姉ちゃんも、妹も。皆もう、カオルを名前では呼んでくれない。
 カオルが俯いている間に、食事は終わっていた。
 メイド長が雑にジューサーを持ってくる。中には既に、定量の栄養剤。
 カオルは、いつも通りに、テーブルに頭を擦り付けた。

「どうか、私にも、お情けを……お恵みを、ください」
「良いわよ。こんな残飯しかないけど」
「あ、ありがとう、ございます……」

 一人一人から、皿を受け取って、中身を全部ジューサーに入れる。無秩序に突っ込まれた食べ物と、嫌がらせに入れられた氷。スイッチを入れると、それらが全部ぐちゃぐちゃになる。

「栄養価は満点よ」

 ヘレナは鼻で笑った。

「なにしろ貴女は『展示品』なんだから。健康でいてくれないとね」
「…………」
「ちょっと、無視?」
「ひっ……、い、いえ! ありがとうございます! ありがとう、ございます……」

 もう、残飯とも呼べない代物を、カオルは機械的に飲み干していく。冷たい、温い、ぐちゅぐちゅ、たまに固い。痛い。痺れる。

「んう……っ。う、う……っ。お恵みを、ありがとうございました……、美味しかった、です」
「ああそう。良かったわ」

 高笑いと共に、かつての家族が下がっていく。カオルはその間、部屋の隅で平伏している。
 そして、みんながいなくなると、のろのろと立ち上がった。
 皿もジューサーも、洗うのは全部カオルの役目だ。

    ◇

 昼は大きなお風呂を一人で洗い、夕方は再び便所掃除をして過ごす。
 慣れたといえば慣れた。悲しみを感じる器官が壊れてしまったのだろう。嘲笑を浴びると気分は重くなるが、それを表現する方法をもう忘れてしまった。
 そして、夕食が終わり、ジューサーを片付けたのちが、カオルの最後のお勤めだ。
 ヘレナに控え室に連れられる。二人きり。
 冷たく言われる。

「全部脱いで。で、それを着なさい」

 渡されたのは、ピンク色のネグリジェ。半透明で、大事なところは何一つ隠せない。

「はい……」

 カオルは無言でそれを纏う。
 白く腰まで伸びた髪。伏し目がちの青い目。栄養の調整の結果、男を誘うように盛り上がった胸と尻。雪のような透明感のある肌。
 それらを見て、ヘレナは舌打ちした。

「一際希少な東洋の精子を使った結果がこれか。不妊症でさえなければ、お前は王族にさえ届く器だっただろうに。……全部無駄よ。この役立たず」
「申し訳、ありません……」
「だからせめて、役に立ってもらうわよ。ほら、来なさい」 

 ヘレナの後ろを、ついていく。
 通されたのは、監視カメラに囲まれた部屋。
 今日の客は、素性を隠したい方のようだ。
 正面のカメラに頭を下げて、ヘレナは艶やかな微笑を浮かべた。

「本日は、ようこそいらっしゃいました。イルミナ家の裏家業にまつわる噂から、ここまでたどり着いた貴方様の情報収集力に最大の敬意を評して、私共の真価をお見せ致しましょう」

 そうしてヘレナは、カオルに促す。
 カメラのレンズが向くなか、カオルはその場でお辞儀をした。

「イルミナ家『展示品』でございます。身長一六三センチ、体重四五キログラム。髪の色と瞳の色は、どちらも劣性遺伝の白と青です。お客様の特徴を損なわない、健全な男児の出産をお約束、いたします」

 とんだ嘘っぱちだ。カオルには出産なんてできない。だから、結婚するのは何人もいる姉か妹の誰かだ。
 ヘレナはいつの間にかいなくなっていた。

「どうぞ、ご覧ください……」 

 カオルは、段取り通り、ストンとネグリジェを落とす。
 一糸纏わぬ裸となって、足を開き、両手を頭の上で組む。

「お好きなように、お確かめください。お客さまのご要望にお答えすることが、展示品の……本懐で、ございます……」

 この口上が板につくまで、おおよそ二年がかかった。最初の方は、カメラが怖くて、恥ずかしくて、つらくて、ぼろぼろ泣いた。
 その度に、裸にされて、玄関ホールに縛りつけられた。
 顔だけは隠されていたけど、何十人もの来客に裸を見られ、時には触れられ、啼かされて、それで段々と、抵抗自体をあきらめていった。
 ががっ、とスピーカーがオンになる。ヘレナの声だ。

「展示品。前屈みになって、尻を広げなさい」
「はい……」

 腰を曲げ、双臀を掴んで横に広げる。秘部と、排泄の穴のチェックは、だいたいみんなやる。

「腰を下ろして、膝を広げなさい」

 内心で安堵して、カオルは従う。あのまま、漏らすことを強要されたり、肛門自慰を強要されないだけ、今日は随分マシだ。
 股を開いたカオルに、また指示が飛んだ。

「自慰をしなさい」
「はい……。展示品に、快楽を、お許しくださり、ありがとう、ございます……」

 決められた口上を述べて、ゆっくりと両手で陰唇を開く。
 毎晩毎晩、決められた時間に展示されるものだから、カオルの身体はもう濡れていた。桃色のひだの奥から、透明な汁が垂れて床を濡らす。
 ああ、汚してしまった…。
 でも、止められない。
 展示品らしく、ゆっくりと陰核を剥き、広げた秘部に指を滑り込ませる。

「ああ……、んう、はあ……はあ」
「実況しなさい」

 また、ヘレナの声。そして小声で「今夜は上品に演技しなさい」と付け加えられる。
 カオルは、きゅっと唇を引き結んで、艶やかに喘ぐ。

「ん、んん……っ。中、が、気持ち良い、です……。外……も、良い……、けど。強くすると、刺激が強くて、怖い……です」

 びくびくと、腰を跳ねさせる。自慰ばかり毎日のようにさせられているせいで、すぐに絶頂が近づいてくる。気持ち良い。気持ち、良い……。
(お客さまには、感謝しないといけないの、かも……)
 果てる直前に、カオルはいつもそんなことを思う。
(こんな醜女の、自慰なんて見させられて……。どうか、誤解しないで……っ。本当は、イルミナ家の皆は、綺麗なんです。私が、汚れているだけなんです……)
 自分の喘ぎ声の汚さに、吐き気がしそう。

「あ、ああ……っ、ん、あん……っ!」

 鼻につく喘ぎ声を漏らしながら、カオルはびくんと腰を跳ねさせた。

「あ……、果て、ます……っ」

 股を開いたまま、カオルはカメラに向かって絶頂する。何度も体が痙攣して、その度に柔らかそうな双臀が形を変える。

「ご苦労様」

 ヘレナの声に、カオルは小さく息を吐く。随分と早いが、今日は、もう終わってくれるらしい。
 なんて思っていたら、ぞろぞろと使用人が入ってきた。全員が女。手術用の手袋を嵌めている。

「次は貴女の、耐久値を知りたいらしいわ」
「……はい。ご自由に、展示品をお使いください」

 拒否する道は、存在しない。
 四肢を押さえつけられ、裸のカオルの性感帯という性感帯を、傷つけないぎりぎりの強さでまさぐられる。

「……っ! っあ! あ、ああっ! あん……っ、あん、んんんっ! あ、すみませ……っ、も、果てま、す……っ! あ、また。あん……っ!」

 カメラを向けられながら、カオルは雪のような肌を紅潮させて、イき狂う。
 結局この日は、限度時間いっぱいまで機械的に耐久値を測られて、最後は失禁して果ててしまった。



「う……っ」

 深夜帯。
 展示部屋でカオルは重たい体を起き上がらせる。

「…………嫌な、におい」

 自分の尿と愛液の臭いが満ちた部屋から出て、自室から雑巾を取ってくる。

「……汚い」

 体液を拭き取り、展示部屋から出る。鉛のように重たい体で浴室に向かい、体を清める。温水のスイッチは切られている。湯舟は栓が抜かれている。だからもう一〇年近く、冷水しか浴びた記憶がない。

「……寒い」

 つらい、とは言わない。認めてしまうと、もう立ち上がれなくなりそうで。
 入浴を終えて、布団に横になる。
 短い睡眠時間で夢を見ることを、楽しみにしている。でも期待に反して、いつも瞬きすると朝になっている。
 楽しみといえば、もう一つ。
(早く、歳を取りたい)
 皺が増えて、女としての価値がなくなって、晒すに耐えないぐらい徹底的に醜くなりたい。
 それだけを求めて、生きている。
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