奴隷女と冷徹貴族が、夫婦になるまでの物語

blueblack

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1章

1-3

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 ノア=エヴァンスは、振興以前に審議中の準貴族だ。
 詳細は省くが、教育と上下水道の整備で財を成し、王から爵位を賜った。
 が。

「…………ちっ」
「兄貴? 黒いの漏れてるぜ」

 執務室での舌打ちが最近止まらない。原因は大量の縁談の申し込み。
 ルーカスはケタケタと笑う。

「いやー、モテる男は大変だなあ」
「何だこれは……。業務妨害にしか見えないんだが……」
「領地経営のみで先細りする弱小貴族より、飛ぶ鳥落とす勢いの準貴族に尻尾振った方がいいって考える輩も、多いんだろうなあ。ま、貧民にはその辺わからないけど」
「私にだってわかるものか。お前と同じ孤児院出なの、知っているだろ」
「ちげえねえ」

 それでこれだ。と手帳をぺらぺらめくって、ルーカスが言う。

「いっそのこと、こっちからカチッと動いちまえば良いじゃないかっつープランは? お前の心情は?」
「……面倒だ。この上なく」

『こいつらならプライドより実益を優先してくれそうだ』とノアが信用している貴族たちに、聞いてみたことがある。縁談の山から逃れるにはどうすれば良いかと。
 そうしたときに、彼らが決まって口に出すのが。

「イルミナ家、か……」

 心情的にいうと、反吐が出る。優れた男児を売りにする輩なんて。

「だけど、貴族界隈の評判は高い。他の家にしても、『イルミナ家と嫁争いでは勝てない』つーんで退散していく。良い虫除けじゃねえの」
「……結婚ってそういうものじゃないはずなんだがな」
「やーいメルヘン」
「貴様……」

 ルーカスを一睨みして黙らせて、ノアは眉根を揉んだ。
(実際、業務に支障は出ている……)
 商談で出向いたはずが着飾った娘を何人も見せられたり、縁談の申込書の山に紛れて契約書を見逃しかけたり、そろそろ手を打たないと下手をしそうだ。

「そ・れ・に」
「なんだ……」

 楽しそうにルーカスは、イルミナ家からの書を開く。

「えれえ別嬪さんが送られてきたぜ。白い髪と肌、青い目、儚げな美人ってやつだ。俺なら喜んで結婚するけどなあ」
「写真なんてどうとでもなるだろう」

 ノアは苦みの強い笑みを浮かべた。
「私は欠陥人間だ。お前もわかっているだろう」
「俺らはそうは思ってねえ」
「そうか。まあいい。縁談は通しておけ。顔合わせはいい。サインが必要なら言え」
「はいよ」

 ルーカスがニヤニヤと笑って書をしまう。なんとなく腹立たしかったのでその腹を叩き、ノアは次の商談相手を執務室に通した。

    ◇

 結婚式は、執り行わないことにした。
 ノアの方からそんな申し出をするわけもなく、イルミナ家からも打診がなかった。ただ、事務的に事を済ませようという意思が双方から漏れ出ていた。
 夜になって、自室で休んでいたら、ルーカスが顔を出した。

「よお、ノアの兄貴。嫁さんの部屋どうすんだお前。増築か?」
「そこまでしなくていいだろう。お前よりは上等な部屋がまだ空いてる」
「俺ら基準だろ。ガチガチの貴族様には狭いんじゃねえの」
「知ったことか」

 ノアの家は、平民としては恵まれているが、貴族の屋敷には程遠い。機能性のみを追求して、装飾の類が一切ない。

「まあ、俺は離れにいるからよ。ナニしてもバレねえよ心配すんな」
「一人暮らしできるぐらいの給金は出してるはずなんだがな」
「召使いの一人もいねえと舐められるぞ、準貴族サマ」
「わかっている」

 妻として迎える以上、衣食住は保証するし、なるべくなら幸せにしてやりたいと思っている。
 ただ、やはり相性というものがあるし、ノアはどうも、貴族貴族した御令嬢が好きになれない。

「……まあ、振れば振ったで、縁談も減るだろう」
「さーらに悪評がつくけどなあ。あっはっは!」
「お前はいつもいつも言葉が多いな、ルーカス貴様……」
「そんで? 嫁さんいつ来るの?」
「明日の朝、と聞いている。ただ私は今夜から出張で、帰るのは明日の夜だ。なのでルーカス、お前が残れ」

 ルーカスはキョトンとしたのち、唇を歪ませた。

「はあ? お前、不義理ってもんだろそれは! お前が出迎えろよ、馬鹿か」
「うるさい。わかっている……」

 こんなに早くことが決まるとは思っていなかったんだ、というのは、言い訳だろうな。

「とにかく明日は、外せない」

 それに、と、ノアは考える。
 私には女性を喜ばせる器量もなく、体には致命的な欠陥がある。貴族特有の贅沢にも理解がない。

「どうせ離婚だ。不義理はあとで謝罪するが、特別に義理堅くするつもりもない」

 結局は、商談と同じだ。
 利害で結んだ、婚姻だ。
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