奴隷女と冷徹貴族が、夫婦になるまでの物語

blueblack

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2章

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「休日とはいえ、寝坊が過ぎるな」

 ルーカスは一般的な会社の始業時間ぐらいには起きてきたが、ケアラが大あくびをかましながら顔を出したのは昼になったころだった。
 んにゃんにゃと不明瞭にうめきながら、彼女は言う。

「いいじゃんかよぅ……。せっかくの休日なんだから好きなように寝かせてくれても」
「そしたらお前は夜まで寝続けるだろうがよ」

 ルーカスがため息をつくと、ケアラはむっと頬を膨らませた。

「なにその言い方! だいたい、誰のせいだと思ってるのさ! ルーカスが昨日あんなに……」
「もういいか」

 こいつらやっぱり隠す気ないだろう、とじっとりとした視線を向けて、ノアはケアラに水を渡す。旨そうに飲む彼女に言った。

「お前にいくつか頼みがある」
「場合によるけど、兄貴の頼みなら喜んで」
「これからしばらく、カオルの家庭教師をやってくれないか」

 ケアラは、複雑そうな顔をした。

「経営とか校閲は頼れる後輩がいるから、あたしは別に構わないけどさ。兄貴はそれでいいの? 先にカオルさんとじっくり今後を話したほうがよくない?」
「いい。学はあって損はない。選択肢は、カオル自身の可能性を広げてから提示したほうがフェアだろう」
「…………先延ばしにしてるだけじゃない?」
「とにかく決めたことだ。カオルの体力を見ながら、今日からでも頼む。必要なものがあれば言え」
「あっそ。じゃあいいけど。勉強は兄貴の教科書があれば十分だよん。それで? いくつかってことはまだあるの?」
「ああ。あと二つある」

 水で唇を湿らせて、ノアは窓の外に視線を逸らして言った。

「それとなくでいいから、指のサイズを探っておいてくれないか?」
「ああ、指輪? まだなかったもんね」

 頬杖をついていたルーカスが、首を鳴らす。

「それこそ奥さんと選びに行けばいいんじゃね? 互いの希望とかよ」
「いやいや、兄貴はきっとサプライズとかやりたいんだよ。ほら、格好つけたいとか考えてそうな顔してる」
「あー、そうだったな」

 こんな時ばかり似たような笑みで、ルーカスとケアラはぷぷっ、と口元を抑えて笑う真似をする。

「「やーいメルヘン」」
「…………お前ら、夜道に気をつけろよ」

 これだからこいつらはセットで扱うと面倒なんだ、と頭に手を当てた。身なりを整え、学を修め、職についても根本は全く変わりやしない。
 いつかこいつらが交際を明かしてきたら、死ぬほどいじり倒してやろうと心に誓って、ノアはゆっくりと天井を見た。
 最後の一つはより一層、頼みにくいことで、とてもケアラの顔は見ていられない。

「……ルーカス、ちょっと席を外してくれ」
「はいよ」

 ルーカスは無言で離れに戻った。

「ん?」

 促してくるケアラに、ノアはゆっくりと口を開く。

    ◇

 トトンッ、と弾むようなノックの音に、カオルは慌てて掛け布団を引き上げた。

「ど、どうぞっ」
「失礼しまーす! やあやあ初めまして。ノアの……改まるとなんだろう、腐れ縁かな? まあとにかく、ケアラ=ケレアと言います。どうぞよろしく」

 入ってきたのは、活発そうな茶髪の女性だった。髪を編んで、首元を隠すように前に垂らしている。
 カオルは深く頭を下げる。

「お初にお目にかかります。カオル=イル……え、エヴァンスと申します」
「あー、良いよいいよ。楽にいこうよ。女同士。その椅子座っても良い?」

 どうぞと言うと、ケアラはうんしょ、と声を出して椅子を引きずり、カオルの前に座った。
 しばらくじっと見つめられ、何か呟かれる。

「……いやー、綺麗」
「? あ、あの、なにか……」
「ああ、いや。なんでもない。こっちの話。さて、ガールズトークでもしたいところだけど、まずは事務的なことから済ませちゃうね。よーく聞くように、おけー?」

 小柄ながらに身振り手振りが大きいケアラは、くるくると表情を変えながら指を立てていく。

「今日からしばらく、カオルさんには勉強をしてもらいます。ちなみに教師はあたし。喜べ、へっへん」
「勉強、ですか……?」

 カオルとしては、異論はない。どちらかといえばかなり嬉しい。今の空っぽの脳みそに、なんであれ詰め込むことができるなら。

「うんそう。ノアの兄貴が。いろいろ知っといた方がいいだろうって。あ、心配はしないで。この物知らずめー、って怒ってるわけじゃないから。それに暇でしょ? 昼間ずっとぼーっとしてるのも」
「は、はい。あの、よろしくお願い、致します」
「うんうん。じゃあちょっと手を出して?」

 楽しそうに頷いて、ケアラはパー、とカオルの前に両手を出す。握れということだろうか。
 彼女の手は、小さくて、柔らかくて、でもあちこちに傷とマメがあった。
 にぎにぎとされて、尋ねられる。

「呼び方カオルちゃんでもいい?」
「はい。本当に、お好きなように……」
「答えにくかったら構わないけど。カオルちゃん、教育って、受けたことある?」

 言われて気づいた。彼女は私の手を図っているのだ。
 雑巾掛けで手の平、指の付け根にはマメがあるけれど、ペンによるものはない。
 ふるふると首を振った。

「かなり以前に、初歩の初歩ぐらいは、受けていましたが……。その記憶ももう曖昧で……。申し訳ありません……」
「いいのいいの! 世の中知らないことばかりの方がたくさん感動できるよ。とっても良いこと」

 ああ、この人も暖かい。
 そんな考え方、カオルには思い付きもしなかった。
 できないというのは無能の証で、無能というのは酷遇への片道切符。そんな風にしか考えてこなかった。
 暖かい。嬉しい。
 それだけで、終わって欲しかったのに。

「…………んっ、ぅ」

 手を離すとき、手首をすう、と撫でられて、カオルは慌てて唇を噛んだ。
(……まだ、さっきの熱が…………っ! お願い、気づかないで……っ)
 収まらない。
 熱が引かない。疼きが消えず、下腹部が痺れる。
 幸い、ケアラは気づかなかったようで、にこにことしたまま立ち上がった。

「んじゃあ、さっそくやってみようか! 初日は軽ーいテストだよん。気楽でいいよ、あたしがノアの兄貴に解かされた時は零点だったから」
「は、はい……」

(においとか、漏れてないよね……?)
 暑くて仕方がなかったけど、カオルはもう一段掛け布団を引き上げた。
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