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5章
5-1
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肛門に埋めていた左手が、だらりと垂れ下がる。
「あら、気絶?」
「意識はあるわね。でも、朦朧ってところかしらあ?」
くすくすと、声音だけは上品な女貴族に見下ろされて、カオルは木馬の上で体を折った。
うわごとのように呟く。
「……けな、い」
「あ?」
「負け、ません……っ」
「いい加減不快ね」
「そうね。鞭はあったかしら」
いつまで経っても折れないカオルが鬱陶しくなって、仮面の女は鞭を取り出す。
そのときだった。
銅鑼のような、腹に響く低音が屋敷に響き渡った。
「なに?」
「これは……?」
招かれた女達は、その鐘が敵襲であることを知らない。ただ、嫌な予感がして、二人して確認のために部屋を出る。
「……ぅ、う……っ、ぁあ……」
張型に秘部を貫かれたまま、カオルだけが残された。
◇
ヘレナ=イルミナは、執務室で眉を寄せていた。隣のウィタに問う。
「何事なの?」
「侵入者です」
「こんな時に……っ。本当に厄介ね」
たまにいるのだ。イルミナ家が女しかいないのを良いことに、誘拐や強盗を働こうとする輩が。
しかし……。
破壊音が、近い。
そして慌ただしい様子で、雇っていた私兵が執務室に入ってくる。
「ノックをなさいよ。本当に何事? さっさと鎮圧を」
「無理だ!」
「はあ?」
「前衛は全滅した! 後衛だってそう崩れ。ふざけんな、あんな、あんなのっ、いくら積まれたって戦うもんか! たった一人で、あんな……っ! と、とにかく報告はしたぞ。じゃあな!」
「なっ……、待ちなさいっ!」
ガタガタと震え、甲冑を脱ぎ捨てて私兵は逃げる。
「なにが、どうなってるのよ……」
あとには、ヘレナとウィタだけが残された。
◇
イルミナ家の警備が壊滅する数分前。
ルーカス=ルースは緊張していた。
隣では、ワイシャツの袖を捲ったノアが、乱雑に金髪を掻いていた。
「おい。遅いぞ飛ばせ。通行人の二、三人跳ねても構わん」
「良いわけねえだろ。ちょっと冷静になれよ兄貴。昔に戻ってんぞ」
「うるせぇな。口答えするな、ぶち殺すぞ」
だめだキレてる。
この場にケアラがいないのは幸いだった。多分真っ青になっていただろう。
イルミナ家に着くや否や、ノアは車のドアを蹴り開ける。獣のように上半身をだらりと緩めて、迷うことなく門を通過する。
「おい、止まれ」
「あ? 文句でもあるのか三下風情が」
門兵が交差させた槍を、そのまま掴んだ。奪い取って、持ち主の太腿に突き刺す。
血飛沫と絶叫が、開戦の合図だった。
「ぎ、ああああああっ!」
「黙れ死ね」
さらにもう一発ずつ、顔面を蹴り抜く。真っ赤に濡れた革靴が、ペタペタとノアの足跡を作る。
「私の妻を、どこへやった」
誰に言うでもなく、歌うようにして独り言が続く。
「許しはしない。一族郎党殺して晒す。無様に泣け。私から何も奪えると思うな。私から何かを守れると思うな。土に還るまで這いつくばらせる。惨めに堕ちて死ね消えろ」
――これがあるんだ、兄貴には。
昔、グレイとかいう貴族に孤児院が襲撃されたときもそうだった。三大貴族の一角、その私兵を全て相手取り、壊滅させた。
敵と見た相手には、とことん冷たく当たる。
害を与えてきたら、全反撃で迎え撃つ。
「兄貴!」
「……五秒で喋れ。時間が惜しい」
すでに甲冑が、中庭にダース単位で転がっていた。血塗れだった。
面倒臭そうに肩に刺さった矢を引き抜くノアに、ルーカスは強ばりながらも叫ぶ。
「カオルさんには、笑ってやれ! お前は夫だ! 獣じゃない。守れねえなら指輪は外せ!」
「……ちっ」
舌打ちしか返ってこなかったが、背筋が僅かに伸びた気がした。
◇
二人分の悲鳴が聞こえて来て、扉が開いた。
濃密な血の匂いに、カオルはうっすらと目を開ける。
赤と金のシルエット。そして、吸い込まれそうな黒い目は……。
「ノ、ア……様……?」
「話さなくて良い。すぐに下ろす」
ぎぎぎぎ、と軋む音がして、カオルを戒めていた鎖が解かれる。力なくずり落ちるカオルは、ノアに抱かれた。
「……だ、め、……です。私いま、汚れてて……っ」
「……汚れているのは私の方だ。済まなかった、カオル」
ジャケットをかけられて、横抱きに持ち上げられる。一度だけ、頬擦りをするように顔を寄せられた。
「ノア……さま……?」
「ああ、カオルだ。……落ち着いてきた。済まなかった。助けが遅れた」
「……ノア、様……っ」
繕いきれていない不恰好な笑みでも、今はただ助けてもらったことが嬉しくて。
ノアの腕の中で、カオルは意識を失った。
「あら、気絶?」
「意識はあるわね。でも、朦朧ってところかしらあ?」
くすくすと、声音だけは上品な女貴族に見下ろされて、カオルは木馬の上で体を折った。
うわごとのように呟く。
「……けな、い」
「あ?」
「負け、ません……っ」
「いい加減不快ね」
「そうね。鞭はあったかしら」
いつまで経っても折れないカオルが鬱陶しくなって、仮面の女は鞭を取り出す。
そのときだった。
銅鑼のような、腹に響く低音が屋敷に響き渡った。
「なに?」
「これは……?」
招かれた女達は、その鐘が敵襲であることを知らない。ただ、嫌な予感がして、二人して確認のために部屋を出る。
「……ぅ、う……っ、ぁあ……」
張型に秘部を貫かれたまま、カオルだけが残された。
◇
ヘレナ=イルミナは、執務室で眉を寄せていた。隣のウィタに問う。
「何事なの?」
「侵入者です」
「こんな時に……っ。本当に厄介ね」
たまにいるのだ。イルミナ家が女しかいないのを良いことに、誘拐や強盗を働こうとする輩が。
しかし……。
破壊音が、近い。
そして慌ただしい様子で、雇っていた私兵が執務室に入ってくる。
「ノックをなさいよ。本当に何事? さっさと鎮圧を」
「無理だ!」
「はあ?」
「前衛は全滅した! 後衛だってそう崩れ。ふざけんな、あんな、あんなのっ、いくら積まれたって戦うもんか! たった一人で、あんな……っ! と、とにかく報告はしたぞ。じゃあな!」
「なっ……、待ちなさいっ!」
ガタガタと震え、甲冑を脱ぎ捨てて私兵は逃げる。
「なにが、どうなってるのよ……」
あとには、ヘレナとウィタだけが残された。
◇
イルミナ家の警備が壊滅する数分前。
ルーカス=ルースは緊張していた。
隣では、ワイシャツの袖を捲ったノアが、乱雑に金髪を掻いていた。
「おい。遅いぞ飛ばせ。通行人の二、三人跳ねても構わん」
「良いわけねえだろ。ちょっと冷静になれよ兄貴。昔に戻ってんぞ」
「うるせぇな。口答えするな、ぶち殺すぞ」
だめだキレてる。
この場にケアラがいないのは幸いだった。多分真っ青になっていただろう。
イルミナ家に着くや否や、ノアは車のドアを蹴り開ける。獣のように上半身をだらりと緩めて、迷うことなく門を通過する。
「おい、止まれ」
「あ? 文句でもあるのか三下風情が」
門兵が交差させた槍を、そのまま掴んだ。奪い取って、持ち主の太腿に突き刺す。
血飛沫と絶叫が、開戦の合図だった。
「ぎ、ああああああっ!」
「黙れ死ね」
さらにもう一発ずつ、顔面を蹴り抜く。真っ赤に濡れた革靴が、ペタペタとノアの足跡を作る。
「私の妻を、どこへやった」
誰に言うでもなく、歌うようにして独り言が続く。
「許しはしない。一族郎党殺して晒す。無様に泣け。私から何も奪えると思うな。私から何かを守れると思うな。土に還るまで這いつくばらせる。惨めに堕ちて死ね消えろ」
――これがあるんだ、兄貴には。
昔、グレイとかいう貴族に孤児院が襲撃されたときもそうだった。三大貴族の一角、その私兵を全て相手取り、壊滅させた。
敵と見た相手には、とことん冷たく当たる。
害を与えてきたら、全反撃で迎え撃つ。
「兄貴!」
「……五秒で喋れ。時間が惜しい」
すでに甲冑が、中庭にダース単位で転がっていた。血塗れだった。
面倒臭そうに肩に刺さった矢を引き抜くノアに、ルーカスは強ばりながらも叫ぶ。
「カオルさんには、笑ってやれ! お前は夫だ! 獣じゃない。守れねえなら指輪は外せ!」
「……ちっ」
舌打ちしか返ってこなかったが、背筋が僅かに伸びた気がした。
◇
二人分の悲鳴が聞こえて来て、扉が開いた。
濃密な血の匂いに、カオルはうっすらと目を開ける。
赤と金のシルエット。そして、吸い込まれそうな黒い目は……。
「ノ、ア……様……?」
「話さなくて良い。すぐに下ろす」
ぎぎぎぎ、と軋む音がして、カオルを戒めていた鎖が解かれる。力なくずり落ちるカオルは、ノアに抱かれた。
「……だ、め、……です。私いま、汚れてて……っ」
「……汚れているのは私の方だ。済まなかった、カオル」
ジャケットをかけられて、横抱きに持ち上げられる。一度だけ、頬擦りをするように顔を寄せられた。
「ノア……さま……?」
「ああ、カオルだ。……落ち着いてきた。済まなかった。助けが遅れた」
「……ノア、様……っ」
繕いきれていない不恰好な笑みでも、今はただ助けてもらったことが嬉しくて。
ノアの腕の中で、カオルは意識を失った。
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