奴隷女と冷徹貴族が、夫婦になるまでの物語

blueblack

文字の大きさ
25 / 29
5章

5-1

しおりを挟む
 肛門に埋めていた左手が、だらりと垂れ下がる。

「あら、気絶?」
「意識はあるわね。でも、朦朧ってところかしらあ?」

 くすくすと、声音だけは上品な女貴族に見下ろされて、カオルは木馬の上で体を折った。
 うわごとのように呟く。

「……けな、い」
「あ?」
「負け、ません……っ」
「いい加減不快ね」
「そうね。鞭はあったかしら」

 いつまで経っても折れないカオルが鬱陶しくなって、仮面の女は鞭を取り出す。
 そのときだった。
 銅鑼のような、腹に響く低音が屋敷に響き渡った。

「なに?」
「これは……?」

 招かれた女達は、その鐘が敵襲であることを知らない。ただ、嫌な予感がして、二人して確認のために部屋を出る。

「……ぅ、う……っ、ぁあ……」

 張型に秘部を貫かれたまま、カオルだけが残された。



 ヘレナ=イルミナは、執務室で眉を寄せていた。隣のウィタに問う。

「何事なの?」
「侵入者です」
「こんな時に……っ。本当に厄介ね」

 たまにいるのだ。イルミナ家が女しかいないのを良いことに、誘拐や強盗を働こうとする輩が。
 しかし……。
 破壊音が、近い。
 そして慌ただしい様子で、雇っていた私兵が執務室に入ってくる。

「ノックをなさいよ。本当に何事? さっさと鎮圧を」
「無理だ!」
「はあ?」
「前衛は全滅した! 後衛だってそう崩れ。ふざけんな、あんな、あんなのっ、いくら積まれたって戦うもんか! たった一人で、あんな……っ! と、とにかく報告はしたぞ。じゃあな!」
「なっ……、待ちなさいっ!」

 ガタガタと震え、甲冑を脱ぎ捨てて私兵は逃げる。

「なにが、どうなってるのよ……」

 あとには、ヘレナとウィタだけが残された。



 イルミナ家の警備が壊滅する数分前。
 ルーカス=ルースは緊張していた。
 隣では、ワイシャツの袖を捲ったノアが、乱雑に金髪を掻いていた。

「おい。遅いぞ飛ばせ。通行人の二、三人跳ねても構わん」
「良いわけねえだろ。ちょっと冷静になれよ兄貴。昔に戻ってんぞ」
「うるせぇな。口答えするな、ぶち殺すぞ」

 だめだキレてる。
 この場にケアラがいないのは幸いだった。多分真っ青になっていただろう。 
 イルミナ家に着くや否や、ノアは車のドアを蹴り開ける。獣のように上半身をだらりと緩めて、迷うことなく門を通過する。

「おい、止まれ」
「あ? 文句でもあるのか三下風情が」

 門兵が交差させた槍を、そのまま掴んだ。奪い取って、持ち主の太腿に突き刺す。
 血飛沫と絶叫が、開戦の合図だった。

「ぎ、ああああああっ!」
「黙れ死ね」

 さらにもう一発ずつ、顔面を蹴り抜く。真っ赤に濡れた革靴が、ペタペタとノアの足跡を作る。

「私の妻を、どこへやった」

 誰に言うでもなく、歌うようにして独り言が続く。

「許しはしない。一族郎党殺して晒す。無様に泣け。私から何も奪えると思うな。私から何かを守れると思うな。土に還るまで這いつくばらせる。惨めに堕ちて死ね消えろ」

 ――これがあるんだ、兄貴には。
 昔、グレイとかいう貴族に孤児院が襲撃されたときもそうだった。三大貴族の一角、その私兵を全て相手取り、壊滅させた。
 敵と見た相手には、とことん冷たく当たる。
 害を与えてきたら、全反撃で迎え撃つ。

「兄貴!」
「……五秒で喋れ。時間が惜しい」

 すでに甲冑が、中庭にダース単位で転がっていた。血塗れだった。
 面倒臭そうに肩に刺さった矢を引き抜くノアに、ルーカスは強ばりながらも叫ぶ。

「カオルさんには、笑ってやれ! お前は夫だ! 獣じゃない。守れねえなら指輪は外せ!」
「……ちっ」

 舌打ちしか返ってこなかったが、背筋が僅かに伸びた気がした。



 二人分の悲鳴が聞こえて来て、扉が開いた。
 濃密な血の匂いに、カオルはうっすらと目を開ける。
 赤と金のシルエット。そして、吸い込まれそうな黒い目は……。

「ノ、ア……様……?」
「話さなくて良い。すぐに下ろす」

 ぎぎぎぎ、と軋む音がして、カオルを戒めていた鎖が解かれる。力なくずり落ちるカオルは、ノアに抱かれた。

「……だ、め、……です。私いま、汚れてて……っ」
「……汚れているのは私の方だ。済まなかった、カオル」

 ジャケットをかけられて、横抱きに持ち上げられる。一度だけ、頬擦りをするように顔を寄せられた。

「ノア……さま……?」
「ああ、カオルだ。……落ち着いてきた。済まなかった。助けが遅れた」
「……ノア、様……っ」

 繕いきれていない不恰好な笑みでも、今はただ助けてもらったことが嬉しくて。
 ノアの腕の中で、カオルは意識を失った。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

妻の遺品を整理していたら

家紋武範
恋愛
妻の遺品整理。 片づけていくとそこには彼女の名前が記入済みの離婚届があった。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

診察室の午後<菜の花の丘編>その1

スピカナ
恋愛
神的イケメン医師・北原春樹と、病弱で天才的なアーティストである妻・莉子。 そして二人を愛してしまったイケメン御曹司・浅田夏輝。 「菜の花クリニック」と「サテライトセンター」を舞台に、三人の愛と日常が描かれます。 時に泣けて、時に笑える――溺愛とBL要素を含む、ほのぼの愛の物語。 多くのスタッフの人生がここで楽しく花開いていきます。 この小説は「医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語」の1000話以降の続編です。 ※医学描写はすべて架空です。

処理中です...