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知らせ
しおりを挟む国王ジョーセフによって北の塔に幽閉されていた王弟アーロンは、デンゼルの従者が秘密裏に渡した報告書を何度も読んだ。
義姉が初めて王城にやって来た日のことを、アーロンは朧げにしか覚えていない。
4歳だったアーロンは、周りの状況を把握する程の洞察力など持ち合わせておらず、城内に漂うピリつく空気に、ただ身を縮こまらせていた。
今思えば、あれはアーロンの両親つまり前国王夫妻が急死したせいだったのだろう。
そんな時にアリアドネは現れた。
8歳の、けれどアーロンよりもずっと大きくしっかりして見えた少女。
目の前で太陽のように笑み、優しくアーロンの頭を撫でた人。
会った瞬間、何故かほっと安心した事だけは覚えている。
アリアドネは兄ジョーセフの仮の妻になるのだと言った。
叔父タスマの策略のせいでグラグラに揺らいだジョーセフの立場を安定させる為、期間限定で仮初の結婚をした人だった。
アーロンもジョーセフも、アリアドネの存在に心から感謝した。
妙なカリスマがあったタスマを支持する者たちはまだ一定数いて、彼らはたった12歳のジョーセフよりもタスマを王に望んでいたからだ。
ジョーセフはこれから定められた期間、周囲の助けを得ながら王としての力を溜め、成人した暁には仮初の婚姻を解消して、真実望む相手を選び直し、為政者としての道を真っ直ぐに進んでいく―――筈だった。
けれどジョーセフは気づかなかった。アリアドネやアーロンもまた同じく気づけなかった。
城のどこかに、悪意が潜んでいた。
宰相は真剣に若い新王の指導に励んだし、後ろ盾となったデンゼルは―――彼自身は中央から遠ざかったものの―――ジョーセフの助けになる有用な人材を多く遣わし、若き国王の不足を補った。
けれど。
『ほんにアリアドネさまは素晴らしゅうございます』
『あの方さえ居られれば、王家は安泰でございますな』
『強い後ろ盾があれば、何の憂いもなく過ごせますから』
デンゼルが遣わした補佐たちとは別で、デンゼルやアリアドネを―――デンゼルやアリアドネだけを―――称賛する者たちが複数いた。
言うだけで何をするでもない。そう、ただ言葉を重ねるだけ。
しかも褒め言葉だ、誰から咎められる筈もない。
当時、デンゼルとアリアドネの存在が成した事は城にいる誰もが知っていた。
その2人を貶めるならともかく、称賛したとして誰が疑うだろう。
―――彼らがかつてタスマを支持した家門に属していたと。
彼らはジョーセフとアリアドネ、いやアリアドネの背後にいるデンゼルとの切り離しを目論んだ。
見えないところで、分からないように。
如何にもデンゼルを支持しているかのように、アリアドネを尊重しているかのように。
けれど実際には毒になる言葉を囁いたのだろう。
アーロンにも覚えがあった。
幼い時、アリアドネを探してメイドに訊ねた時。
メイドは言った。
『アリアドネさまは人気者ですね。分かります、アリアドネさまは、王家を健気にも一人で支えておられる方ですから』
たぶん、初めて聞いたら疑問にも思わなかっただろう。
『デンゼル閣下あっての王家』
『若い陛下を支える為に、故郷を離れざるを得なかった可哀想な妃陛下』
『アリアドネさまが王家を守った』
それは侍女だったり、文官だったり。
通り過ぎさまに耳にする会話だったり、直接の話だったり。
アーロンは違和感を覚え、直接訊ねた事があった。
『義姉上がいないと、君は僕に仕えないの?』
アーロンが7歳くらいの時だった。
その侍女は一瞬言葉に詰まり、それから『いいえ』と否定した。
まだ幼く、玉座のプレッシャーから離れていたアーロンだから真っ直ぐに問えたのかもしれない。
けれどきっと、ジョーセフは違った。
ジョーセフはその時には既に国王で。
宰相の指導に付いていくのに必死だった。
懸命に努力して、至らない自分を申し訳なく思い、頑張らねば頑張らねばと己を叱咤した。
もしそんなジョーセフの努力には気づかぬ振りで、アリアドネがいなければ何もできない無能者のように扱われたら。
自尊心を、自己肯定感を、王としての存在意義すら少しずつ削がれていったことだろう。
一滴一滴、ぽとりぽとりと心の中に注がれた毒は、ゆっくりと沁み通り、やがて彼全体を染め上げた。
素直で、誠実で、謙虚だった人は変わってしまった。
心からデンゼルの後ろ盾に感謝していたジョーセフは徐々に消えていった。妹のようにアリアドネを可愛がり、大切にしていた優しいジョーセフはいつの間にかいなくなった。
後には、正妃を遠ざけ、丸裸にされた若き王だけが残った。
その後、王統至上主義の宰相は、ジョーセフが種無しと知ると、王の子として反逆者タスマの子を産むよう側妃カレンデュラを誘導し。
タスマに心奪われたカレンデュラは、愛する人の処刑を阻もうとジョーセフの飲み物に毒を入れた。
それら愚かな行動の結果が―――
「・・・っ」
昨日から何度も読み込んだ報告書。
それを持つアーロンの手に力がこもり、ぐしゃ、と音がした。
アーロンが北の塔に幽閉されて約10か月。
兄王に見切りをつけ、アーロンに接触してくる者たちが増えていた。
多くが、精霊王の怒りを受けたジョーセフが王座にいる事を案じていた。
これまでは宰相の動向が読みきれず動きあぐねていたが、昨日届いたこの報告書から考えると―――
ダンダンダンッ
その時、扉を激しくノックする音が室内に響いた。
「アーロン殿下! ジョーセフ国王陛下が先ほど西の塔に向かわれたと報告が・・・っ!」
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