【完結】夫は私に精霊の泉に身を投げろと言った

冬馬亮

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「なんと・・・っ! なんという軽挙でございましょうかっ! タスマ殿下にはまだ生きて頂かねばならなかったのに・・・っ!」


アーロンが宰相を軟禁していた部屋を訪れる頃には、とうに昼を過ぎていた。

案の定、宰相は軟禁という事実に目を向けるよりタスマの処刑の知らせに怒りを表した。

予想通りの反応に、アーロンはひっそりと息を吐く。


「いけません。これはいけません。継承権を持つ男子がこんなに少なくなってはいけないのです。ああ、愚かなカレンデュラがマーカス第二王子殿下を殺めなければ状況はまだマシだったものを・・・っ」


宰相は頭を抱えてぶつぶつと文句を垂れ流すも、ハッと我に帰った様に顔を上げると、アーロンに向かって言った。


「こうして悩んでいる暇はありません。アーロン殿下に相応しいお相手を見つけなければ」


すぐに婚姻を整え子を仕込んでいただかないと、と続いた宰相の言葉に、アーロンは眉を顰めた。


「まるで家畜扱いだね」

「なんという事を。尊き王家の血筋のお方を家畜扱いなど、あり得ないことです」

「そうかな? あなたは実際その様に王家を扱っていたではないか。子種がない兄上にカレンデュラを当てがい、そのカレンデュラには密かに叔父上と関係を持たせ、兄上の子と偽って子を産ませた」

「王家の血筋を保つ為でございます!」


宰相がそう返す事は、もうアーロンも分かりきっていた。この点に関しては話すだけ無駄だ。
アーロンは首を振り、次なる言葉を発した。


「国王代理として言う。今をもってあなたを宰相職から外す。議会で正式な決定が下るまで自領の屋敷で謹慎するように」

「なんですと? 一体私が何をしたと言うのです?」

「何をした、か・・・」


アーロンは薄く笑った。


「そうだね。あなたが実際に犯した罪と言えば、カレンデュラが実の娘である事を隠して側妃としてあげた事くらいだろうか」


そう、いざ調べてみても、宰相の罪の数は多くない。

アリアドネの冤罪にも、毒殺および毒殺未遂事件にも、毒の入手経路にも彼は関わっていない。


職務においても清廉潔白で、横領や賄賂などの不正も一切ない。


タスマの処刑にこそ異を唱えたが、彼自身がタスマ派に属する訳でもない。彼はただ、王統の維持のみを考えてそう言っただけ。


だから、目に見える証拠を持って宰相を裁ける罪は二つしかない。

庶子ではあるが実の娘のカレンデュラを、平民と偽って侯爵家の養女として国王に差し出したこと―――つまり王家に偽りを吐いたこと。

そして、側妃とタスマの姦通を誘導したこと。


だが、ジョーセフとカレンデュラの子とされる第一王子セドリックと第一王女リゼットの将来を考えれば、宰相の二つ目の罪を公言する訳にはいかなかった。


幸いと言うべきか、カレンデュラの処刑は既に終わっている。
であるならば、宰相をその職から追い落とせれば今のところは・・・・・・それでいい。


彼は、自分の行った事の全ては王族への忠誠の証だと言う。

全ては王家の為、王国の為であったと。


確かにその側面もあったのだろう。王家が―――特にジョーセフとアーロンが彼に助けられた点は多くあった。

ジョーセフが王として立てたのも、今アーロンが王弟として生きているのも、デンゼルと宰相の支持があってこそだったのだから。


―――だが。

宰相がカレンデュラを連れて来さえしなければ、ともアーロンは思うのだ。


たとえ兄に子種がなくとも。

清廉なアリアドネでは、他の王家の男子との間に子をもうけるという選択肢がなかったとしても。

事情を知らないアーロンが婚約者を決めずにいたとしても。


考えれば、相談してくれれば、他に方法はあった筈なのだ。




だがそれでも、アーロンは一度だけ宰相に機会を与える。


これで己の非を弁え知るなら、それで終わらせようと、そう思って。

いや違う。
彼なら必ず罠にかかると確信しているからだ。


アーロンは宰相―――いや、元宰相に言った。


「自領にて蟄居し、そこから一歩も出てはならない。この言葉に反した時は、侯爵家に叛意はんいありと見なし、一族全員を処刑する」



騎士たちに囲まれ、護送される元宰相の後ろ姿を、アーロンは無言で見送った。


アリアドネなら、義姉上ならこんなやり方はしない。
きっと、もっとちゃんとした許しを与える筈。


こんな罠にかけて相手が嵌まるのを待つようなやり方はしないだろう。



「1年くらいかな・・・」


アーロンの口から、ぽつりと呟きが漏れた。



アーロンは知っている。

彼が、元宰相が、己の非を弁え知る事は恐らくない。


―――きっと彼は、それを己の非とすら思わない―――





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