【完結】夫は私に精霊の泉に身を投げろと言った

冬馬亮

文字の大きさ
26 / 43

偶然、それだけ

しおりを挟む


クロイセフ王国はアリアドネの死をきっかけに大きく揺らいだ。

そして、後に続いた様々な事件と二度の精霊王の裁きによる異常現象を経て、王国は更に心許ない状態となっていく。

デンゼルが去り宰相を蟄居させた今、強力な支持者がない中でも国王代理アーロンがなんとか政を行えているのは、ひとえに彼の功績の故だろう。

精霊王の裁きを収束させたという、誰も反論を挟めない功績。


今は民も貴族たちも、こぞってアーロンを支持している。支持するしかないのだ。

支持しなければまた何らかの形で精霊王の怒りを買うのでは、と恐れたからだ。そんな筈はないのに。


そして当のアーロンは、タスマとカレンデュラを断罪して半年以上経った今も、まだ国王代理のままだった。

実際に国王の執務室の椅子に座り、書類を処理するのがアーロンであるにも関わらず。あれから一度も、ジョーセフがこの部屋に来る事はないにも関わらず。

今も国王代理として、執務を執り行っている。アーロンがそう望んだからだ。





「叔父上は国王に登極されないのですか・・・?」


執務が多忙を極める中、アーロンの体調を心配する侍従たちによって無理矢理に休憩を取らされていた時のこと。

たまたま庭にいた第一王子を見つけて、アーロンが声をかけた。

席に座ったセドリックは、お茶を飲み終えると、おずおずとそんな質問を口にしたのだ。





セドリックは先月で7歳になった。

誕生した時、全国民からの祝福を受けた第一王子の立場は今、非常に微妙なものとなっていた。


それは彼が不義の子であるとバレたからではなく、書類上の両親、つまりジョーセフとカレンデュラへの不信感のせいだ。


精霊王の裁きを引き起こした国王と、その裁きの対象となって処刑された側妃との間に生まれた子。
今のセドリックには、そんな不名誉な評価がついてまわった。


セドリックの父ジョーセフはまだ国王の地位にあった。
けれどそれは名ばかりで、実際は部屋に閉じこもりきりである事を聡いセドリックは知っている。

そして、ジョーセフがもはや執務を行えない・・・・・・・状態にあることにも気づいている。


若干7歳で、セドリックは薄氷を踏むが如く弱い自分の立場を理解していた。いや、空気を感じ取ったと言うべきか。

それはきっと、まだ4、5歳だった頃のアーロンが、デンゼルたちの後ろ盾があってこそ生きられると感じたのと少しだけ似ていた。


セドリックの不安を察したアーロンは、甥の前で首を横に振った。

アーロンは元々、王位に興味はなかった。
兄の地位を奪おうなどと思った事もない。


兄ジョーセフがどれだけ努力を重ね、少年王と侮られながらも頑張っていたか、アーロンは知っている。

一番側で見ていたのは、アリアドネとアーロンだったのだから。


かつてタスマに心酔した者たちが、デンゼルの味方の振りをしてジョーセフとアーロンに毒まじりの言葉を囁いた時、それをアーロンが躱せたのは、きっとずっと兄ジョーセフよりも気楽な立場だったから。


あくまでも兄のスペアでしかなくて、兄ほどの重圧も期待もかけられていなかったアーロンは、周囲を失望させる事に然程の恐れを抱いてなかった。


立場が逆だったなら、今部屋に閉じこもっているのはジョーセフではなくアーロンだったかもしれない。

信じたものが全て偽りで、大切なものは自分の手からすり抜けた後だと気づき、どうしようもない後悔に苛まれても尚、現実から目を背け続けたのは、アーロンだったかもしれないのだ。


そんな考えが頭を過ってしまえば、『精霊王の裁きを見事収めた王弟』との呼び声に万能感に浸れる筈もなかった。



「・・・どうしてですか?」


不安げに揺れる瞳に、アーロンは眉を下げた。この感情をどう説明したらいいのだろう。


「私は偶然、弟に生まれてきただけなんだ」


セドリックは怪訝そうに目を瞬かせる。だが、アーロンは気にせず続けた。


「そしてセドリック。お前は偶然、第一王子に生まれた。それだけなんだ。
誰も好きこのんでそう生まれついた訳でもないのにね」


意味が分からず、セドリックが何も言葉を返せずにいると、アーロンが更に言った。


「すまない。言ってる意味が分からないよな。実を言うと、私自身もよく分からないんだ。
ただ、今は国王代理のままでいいと思っているよ。せめて、もう暫くは」

「・・・そう・・・ですか・・・」


そう言ったきり、セドリックは暫く俯いて思案して。

それから顔を上げて「もう一ついいですか」と言った。


「叔父上が婚約者を持たれないのは、僕の為なのですか・・・?」


アーロンは苦笑した。


そう、アーロンには今なお婚約者がいない。
縁談はひっきりなしに来るのだが、政に忙しいからとアーロン自身が全て断っているのだ。


「あ~・・・それはええと・・・まあ、半分はそう、なるのかな?」

「半分、ですか? ではもう半分の理由は・・・?」

「まあ・・・ちょっとね。ある人を試している」


もうそろそろ結果が出るから、と答えを濁せば、セドリックはそれ以上聞く事はなかった。


そして、アーロンが国王代理となってから8か月後。


元宰相の長男―――現侯爵家当主であるクレイルから謁見が申し込まれた。


現れた彼が差し出したのは、父である元宰相が他家に送ろうとした手紙や使用人たちへの指示を書いたメモなどをまとめた封筒。


クレイルはそれらを証拠と称した。


アーロンはその場でそれらに目を通し、やはり、と呟いた。


―――やはり、元宰相は己の非を弁え知ることはなかったか。



クレイルは跪き、元宰相と彼に協力した従僕2名を拘束したと報告した後、それ以外の侯爵家の者たちの潔白を訴えた。


「領内屋敷内の一室に閉じ込め、厳重に見張らせております。父の書いた手紙は配送前に全て回収し、他家に影響はありません。ですからどうか―――」



どうか、父と従僕2人の命でお許し頂けないでしょうか。


絞り出す様な声でそう言った後、クレイルは更に言葉を継いだ。


「それでは足りぬと仰るのであれば、当主である私の首も差し出しますので、どうか妻や子、弟たちは・・・」








しおりを挟む
感想 307

あなたにおすすめの小説

完結 「愛が重い」と言われたので尽くすのを全部止めたところ

音爽(ネソウ)
恋愛
アルミロ・ルファーノ伯爵令息は身体が弱くいつも臥せっていた。財があっても自由がないと嘆く。 だが、そんな彼を幼少期から知る婚約者ニーナ・ガーナインは献身的につくした。 相思相愛で結ばれたはずが健気に尽くす彼女を疎ましく感じる相手。 どんな無茶な要望にも応えていたはずが裏切られることになる。

完結 貴方が忘れたと言うのなら私も全て忘却しましょう

音爽(ネソウ)
恋愛
商談に出立した恋人で婚約者、だが出向いた地で事故が発生。 幸い大怪我は負わなかったが頭を強打したせいで記憶を失ったという。 事故前はあれほど愛しいと言っていた容姿までバカにしてくる恋人に深く傷つく。 しかし、それはすべて大嘘だった。商談の失敗を隠蔽し、愛人を侍らせる為に偽りを語ったのだ。 己の事も婚約者の事も忘れ去った振りをして彼は甲斐甲斐しく世話をする愛人に愛を囁く。 修復不可能と判断した恋人は別れを決断した。

完結 若い愛人がいる?それは良かったです。

音爽(ネソウ)
恋愛
妻が余命宣告を受けた、愛人を抱える夫は小躍りするのだが……

完結 そんなにその方が大切ならば身を引きます、さようなら。

音爽(ネソウ)
恋愛
相思相愛で結ばれたクリステルとジョルジュ。 だが、新婚初夜は泥酔してお預けに、その後も余所余所しい態度で一向に寝室に現れない。不審に思った彼女は眠れない日々を送る。 そして、ある晩に玄関ドアが開く音に気が付いた。使われていない離れに彼は通っていたのだ。 そこには匿われていた美少年が棲んでいて……

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

正妃として教育された私が「側妃にする」と言われたので。

水垣するめ
恋愛
主人公、ソフィア・ウィリアムズ公爵令嬢は生まれてからずっと正妃として迎え入れられるべく教育されてきた。 王子の補佐が出来るように、遊ぶ暇もなく教育されて自由がなかった。 しかしある日王子は突然平民の女性を連れてきて「彼女を正妃にする!」と宣言した。 ソフィアは「私はどうなるのですか?」と問うと、「お前は側妃だ」と言ってきて……。 今まで費やされた時間や努力のことを訴えるが王子は「お前は自分のことばかりだな!」と逆に怒った。 ソフィアは王子に愛想を尽かし、婚約破棄をすることにする。 焦った王子は何とか引き留めようとするがソフィアは聞く耳を持たずに王子の元を去る。 それから間もなく、ソフィアへの仕打ちを知った周囲からライアンは非難されることとなる。 ※小説になろうでも投稿しています。

完結 貴族生活を棄てたら王子が追って来てメンドクサイ。

音爽(ネソウ)
恋愛
王子の婚約者になってから様々な嫌がらせを受けるようになった侯爵令嬢。 王子は助けてくれないし、母親と妹まで嫉妬を向ける始末。 貴族社会が嫌になった彼女は家出を決行した。 だが、有能がゆえに王子妃に選ばれた彼女は追われることに……

婚約者の幼馴染?それが何か?

仏白目
恋愛
タバサは学園で婚約者のリカルドと食堂で昼食をとっていた 「あ〜、リカルドここにいたの?もう、待っててっていったのにぃ〜」 目の前にいる私の事はガン無視である 「マリサ・・・これからはタバサと昼食は一緒にとるから、君は遠慮してくれないか?」 リカルドにそう言われたマリサは 「酷いわ!リカルド!私達あんなに愛し合っていたのに、私を捨てるの?」 ん?愛し合っていた?今聞き捨てならない言葉が・・・ 「マリサ!誤解を招くような言い方はやめてくれ!僕たちは幼馴染ってだけだろう?」 「そんな!リカルド酷い!」 マリサはテーブルに突っ伏してワアワア泣き出した、およそ貴族令嬢とは思えない姿を晒している  この騒ぎ自体 とんだ恥晒しだわ タバサは席を立ち 冷めた目でリカルドを見ると、「この事は父に相談します、お先に失礼しますわ」 「まってくれタバサ!誤解なんだ」 リカルドを置いて、タバサは席を立った

処理中です...