【完結】君こそが僕の花 ーー ある騎士の恋

冬馬亮

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何もかもが茶番

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翌日、いつもの様に早起きしたヴィオレッタは、日課の仕事をこなしていた。
たくさん眠ったせいか、いつもよりも体が軽い。


朝食用の野菜の皮むきをしている最中に、ヴィオレッタの名を呼ぶ声がした。
顔を上げると、厨房の入り口でメイドの一人が立っているのが見えた。


追加で仕事を頼まれるのだろうか、ヴィオレッタはそんな事を考えながらメイドの元に向かう。

すると、全く予想していなかった事が告げられた。

朝食を一緒に、と侯爵が言っていると。


父たちと食卓を共にするのは随分と久しぶりだ。
イゼベル義母たちが屋敷に来てから共に食事をする席は苦痛を伴うものになったが、それでも、使用人棟の端の部屋に押し込められて間もない頃は、家族団欒の場から追い出された事を辛く悲しく思ったものだ。

今となっては、彼らの顔色を窺う必要もない自分だけの小さな空間を、心地よく思っているけれど。


あの頃の自分ならば、父の招待も嬉しく思ったかもしれない。けれど、一人で過ごす方がよほど気楽になってしまった今は、ただ不信感が増すだけだ。


だとしても、ヴィオレッタには断るという選択肢は与えられていない。



「・・・おはようございます」

「ああ、おはよう」

「ヴィオレッタ? なんであんたが?」


父に呼ばれたから来た。
それだけなのだが、イゼベルとイライザは知らなかったらしい。
イゼベルは現れたヴィオレッタを見て不快そうに眉を顰めただけだが、イライザは苛立ちのこもった問いが上げた。


「イライザ、俺がヴィオを呼んだんだ」

「お父さまが?」

「そうだよ。今日は一緒に食事をしようと思ってね。ほら、座りなさい。ヴィオ」

「・・・はい」


イゼベルとイライザ二人からの視線が痛いが、父の言葉には逆らえない。
彼女たちにとってもそれは同じなのだろう。イライザはそれ以上文句を言うのを止めた。


ヴィオレッタが静かに食卓の席に着くと、スタッドが軽く執事に頷いてみせた。


その合図で、料理の乗った皿が運ばれる。

ヴィオレッタにとっては久しぶりの温かい食事だった。緊張で味もよく分からなくても。



「・・・ヴィオ」


暫くの間、無言のまま食事が続いたが、スタッドの呼びかけでその静寂が破られる。


「なんでしょうか、お父さま」

「昨日、街中で倒れたそうだね。お前を助けた騎士団から連絡が来たとか」

「・・・はい。頼まれた買い物をする為に二時間以上列に並んで立っていたので、そのせいかもしれません」

「その頼まれた買い物は、イライザが?」

「はい」

「そうか。大変だったね」

「・・・」


目の前で、分かりやすくイライザの頬が膨らむ。珍しく口を挟んでこないが、恐らくは騎士団まで巻き込む事態になった事をまずいと思って大人しくしているのだろう。


「ところで、この家の名前を出したのはヴィオレッタなのかな?」

「・・・」


フォークを握っていたヴィオレッタの手が止まる。

騎士団に何か話したのかと父は問うているのだろう。約束・・を破ったのかと。


「・・・いえ」


ヴィオレッタは努めて落ち着いた声を出した。


大切な人たちの顔を思い浮かべる。
ここで間違えてはいけない。


「目が覚めた時、私に状況を説明して下さった騎士さまは、もう既に使いの者をレオパーファ家に走らせたと仰ってました」

「へえ?」


スタッドが笑う。首を傾げ、言葉の続きを促した。


「・・・街を巡回中だった騎士さまは、私が倒れるよりもずっと前に、私とお義姉さまが一緒にいる所を見ていたそうです。たぶん私にお菓子を買って来る様にと言いつけていた時の事だと」

「ああ、なるほど。そういう事か」


スタッドは、斜め向かいに座るイライザへと視線を向ける。


「それでヴィオがレオパーファ侯爵家の者だと分かったのか。なら良い」


そう言うと、視線を再びヴィオレッタへと戻す。


「お前が倒れたと聞いて、すごく心配したんだよ、ヴィオ。無事でよかった」

「・・・ありがとうございます」

「お前に何かあったら大変だからね。体は大事にしなさい」

「・・・はい」


使用人のお仕着せを着て働かされている娘に体を大事にしろとは、笑ってしまう。
一切悪びれる事なく微笑みながらそんな台詞が言える父は、やはりヴィオレッタの目には怪物としてしか映らなかった。

ヴィオレッタは、引き攣りそうな口元を叱咤し、無理矢理に口角を上げる。


満足げに頷いたスタッドは、今度はヴィオレッタの向かいに座る二人へと目を向ける。


「イゼベルもイライザも気をつけるんだよ? ヴィオレッタは可愛いからね、好きで構いたくなるのは分かるけど、ほどほどにね。また倒れたりしたら大変だ」

「・・・はい」

「分かってますわ、あなた」


イライザは渋々と、イゼベルは表情もなく答える。


優しげな笑みを浮かべる父と、心にもない返事を返す義母と義姉、全てを黙って聞いているだけの執事と使用人たち。


何もかもが茶番だ。


ヴィオレッタはそう思った。



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