【完結】君は強いひとだから

冬馬亮

文字の大きさ
26 / 58

結婚前の一波乱 ①

しおりを挟む


 その後ラエラは、年毎の誕生日の赤い薔薇のお返しに、今まで渡せずにいた誕生日の贈り物四つを、やっとヨルン本人にあげる事が出来た。


 ヨルンとラエラの婚約はその週のうちにまとまり、二人はめでたく婚約者となった。そして、結婚式はヨルンが18歳になって伯爵位を継承してからひと月後に決まった。

 ヨルンの希望もあってかなり急いだ為、準備期間は半年ほどしかない。

 仕事は、ラエラが希望するなら続けて構わないとヨルンは言ったが、ラエラは一つの区切りとして辞める事にした。ひと月の間に後任に引き継いで、それからは本格的に式の準備に取りかかる。


 アッシュとの婚約破棄から四年と半。

 アッシュとリンダが巻き起こした醜聞はすっかり忘れ去られていたけれど、ヨルンの爵位継承、そしてラエラとの婚約で、かつての話を思い出す人もちらほらいた。


 そのうちの何人かに、嫌味や嘲笑めいた言葉をかけられる事が何度かあったが、ラエラが毅然と対応しているうちに、少しずつなくなっていった。

 だから今回、茶会でとある令嬢に絡まれた時も、その一人だろうとラエラは思ったのだ。

 だが、その令嬢―――アンゲリー・トミナは違った。

 アンゲリーは子爵家の次女で、ヨルンの学園での同級生だった。と言っても、ヨルンはさっさと飛び級試験を受けていたので、同じクラスだったのはたったの四か月。
 ヨルンとは、挨拶程度の言葉しか交わしていない。

 だが、学年が変わった後も学園内のヨルンの姿を追いかけ続けたアンゲリーは、ヨルンへの尊敬や憧れを恋心へと変換させていたようだ。


 そんな令嬢の事など知らないラエラは、テンプル伯爵令嬢として、そして後のロンド伯爵夫人として、人脈を作る為に出席した茶会で、アンゲリーと同席になってしまい、ネチネチと絡まれる事態となった。


「5歳も年上のおばさんが、ヨルンさまに釣り合うと思っているのかしら。ヨルンさまがお可哀想だわ。身の程をわきまえて、早く辞退される事ね」


 わざと茶をこぼされ、シミがついてしまったドレスを見て、ラエラは思わず溜め息を吐きそうになった。アンゲリーが満足するだけだから、咄嗟に堪えたけれど。


「早く帰ってお着替えになったらいかが? すぐに洗えば、そのセンスの悪い地味なドレスも、もう一度くらいは着られるかもしれませんわよ?」


 アンゲリーは、倒したカップを元に戻しながら、茶色のシミがついたラエラのドレスを馬鹿にした。ラエラは扇で口元を隠し、目をスッと細めながらアンゲリーに向き直った。


「そうね、そうさせていただくわ。せっかくのヨルンさまからのプレゼントでしたのに、アンゲリーさまの粗相でシミが出来てしまって残念だわ。ご自身でデザインされたドレスですもの。アンゲリーさまのお言葉をお聞きになったら、ヨルンさまはさぞがっかりされる事でしょう」

「え? デザイン?」

「この件は、テンプル伯爵家とロンド伯爵家の二家から抗議させていただきますわ。わたくしだけでなく、ヨルンさまの意匠を馬鹿にされて、黙っている訳にはいきませんもの」

「あの、ちょっと待って」

「センスは人それぞれだと思いますので、アンゲリーさまのお好みをどうこう言う気はありませんが、わたくしはヨルンさまのセンスは素晴らしいと思っておりますわ」

「そう言う意味じゃ」

「それでは失礼、早くこのシミを落としたいので」


 ヨルン大好きのアンゲリーには、これだけでも十分な打撃になるとラエラは思っていたが、後で報告を聞いたヨルンの反応は違った。

 ロンド伯爵家からもしっかり抗議を入れ、ドレスの弁償金の請求をした後、ヨルン直筆の手紙がアンゲリーに届けられた。

 それを読んだアンゲリーは泣き崩れ、その後は夜会や茶会などで、ラエラやヨルンに決して近寄らなくなった。

 一体どんな手紙を書いたのか、ラエラはヨルンに聞いてみたが、彼は薄く微笑むだけで答えてはくれなかった。


 ―――でも、確かにわたくしはヨルンさまより5つも年上だもの。面白くなく思う令嬢たちがいて当然だわ。


 そう思ったラエラは、その後も令嬢たちへの対応に気を引き締めたのだが。


 ヨルンが全く違う心配をしていた事には気づかなかった。


 だって、思いもしなかったのだ。

 若き伯爵当主となるヨルンならともかく。

 23歳の、結婚適齢期を過ぎたキズもの令嬢を狙う人がいるなんて。











しおりを挟む
感想 156

あなたにおすすめの小説

私が家出をしたことを知って、旦那様は分かりやすく後悔し始めたようです

睡蓮
恋愛
リヒト侯爵様、婚約者である私がいなくなった後で、どうぞお好きなようになさってください。あなたがどれだけ焦ろうとも、もう私には関係のない話ですので。

【12話完結】私はイジメられた側ですが。国のため、貴方のために王妃修行に努めていたら、婚約破棄を告げられ、友人に裏切られました。

西東友一
恋愛
国のため、貴方のため。 私は厳しい王妃修行に努めてまいりました。 それなのに第一王子である貴方が開いた舞踏会で、「この俺、次期国王である第一王子エドワード・ヴィクトールは伯爵令嬢のメリー・アナラシアと婚約破棄する」 と宣言されるなんて・・・

エレナは分かっていた

喜楽直人
恋愛
王太子の婚約者候補に選ばれた伯爵令嬢エレナ・ワトーは、届いた夜会の招待状を見てついに幼い恋に終わりを告げる日がきたのだと理解した。 本当は分かっていた。選ばれるのは自分ではないことくらい。エレナだって知っていた。それでも努力することをやめられなかったのだ。

【完結】今日も旦那は愛人に尽くしている~なら私もいいわよね?~

コトミ
恋愛
 結婚した夫には愛人がいた。辺境伯の令嬢であったビオラには男兄弟がおらず、子爵家のカールを婿として屋敷に向かい入れた。半年の間は良かったが、それから事態は急速に悪化していく。伯爵であり、領地も統治している夫に平民の愛人がいて、屋敷の隣にその愛人のための別棟まで作って愛人に尽くす。こんなことを我慢できる夫人は私以外に何人いるのかしら。そんな考えを巡らせながら、ビオラは毎日夫の代わりに領地の仕事をこなしていた。毎晩夫のカールは愛人の元へ通っている。その間ビオラは休む暇なく仕事をこなした。ビオラがカールに反論してもカールは「君も愛人を作ればいいじゃないか」の一点張り。我慢の限界になったビオラはずっと大切にしてきた屋敷を飛び出した。  そしてその飛び出した先で出会った人とは? (できる限り毎日投稿を頑張ります。誤字脱字、世界観、ストーリー構成、などなどはゆるゆるです)

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

今から婚約者に会いに行きます。〜私は運命の相手ではないから

ありがとうございました。さようなら
恋愛
婚約者が王立学園の卒業を間近に控えていたある日。 ポーリーンのところに、婚約者の恋人だと名乗る女性がやってきた。 彼女は別れろ。と、一方的に迫り。 最後には暴言を吐いた。 「ああ、本当に嫌だわ。こんな田舎。肥溜めの臭いがするみたい。……貴女からも漂ってるわよ」  洗練された都会に住む自分の方がトリスタンにふさわしい。と、言わんばかりに彼女は微笑んだ。 「ねえ、卒業パーティーには来ないでね。恥をかくのは貴女よ。婚約破棄されてもまだ間に合うでしょう?早く相手を見つけたら?」 彼女が去ると、ポーリーンはある事を考えた。 ちゃんと、別れ話をしようと。 ポーリーンはこっそりと屋敷から抜け出して、婚約者のところへと向かった。

あなただけが私を信じてくれたから

樹里
恋愛
王太子殿下の婚約者であるアリシア・トラヴィス侯爵令嬢は、茶会において王女殺害を企てたとして冤罪で投獄される。それは王太子殿下と恋仲であるアリシアの妹が彼女を排除するために計画した犯行だと思われた。 一方、自分を信じてくれるシメオン・バーナード卿の調査の甲斐もなく、アリシアは結局そのまま断罪されてしまう。 しかし彼女が次に目を覚ますと、茶会の日に戻っていた。その日を境に、冤罪をかけられ、断罪されるたびに茶会前に回帰するようになってしまった。 処刑を免れようとそのたびに違った行動を起こしてきたアリシアが、最後に下した決断は。

私が家出しても、どうせあなたはなにも感じないのでしょうね

睡蓮
恋愛
ジーク伯爵はある日、婚約者であるミラに対して婚約破棄を告げる。しかしそれと同時に、あえて追放はせずに自分の元に残すという言葉をかけた。それは優しさからくるものではなく、伯爵にとって都合のいい存在となるための言葉であった。しかしミラはそれに返事をする前に、自らその姿を消してしまう…。そうなることを予想していなかった伯爵は大いに焦り、事態は思わぬ方向に動いていくこととなるのだった…。

処理中です...