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結婚前の一波乱 ②
しおりを挟むヨルンとラエラの結婚式まで、あと三か月となった。
ラエラは、商会で返礼用の品物を選び終え、馬車に乗ってテンプル伯爵邸に戻るところだ。
ヨルンと行きの馬車は一緒だったが、帰りは別になった。ふた月後に予定されている爵位の継承式関連で、急に王城に呼ばれたからだ。
『心配です』『絶対にどこか途中で降りたりしないでくださいね』『護衛から離れてはいけませんよ』と、ヨルンはなかなかラエラの手を離さなくて大変だったが、王城からの呼び出しに遅れるのはよろしくない。
先ほどやっと、馬車に乗って出かけて行った。
今まであまり他者から心配される事がなかったラエラは、過保護なヨルンの言葉がくすぐったくて堪らない。馬車の窓から流れる景色を眺めるラエラの口元は、思い出し笑いで緩んでいた。
そんな時。
「・・・あら?」
窓の向こうに、見覚えのある顔が見えた・・・気がした。
街中の賑やかな通りを抜ける所で、馬車の速度が落ちていた時だった。
ゆっくりと流れる外側の光景に、少しの間見えたのは。
名前は知らない。いきなりラエラを建物の陰に連れ込んだ男の子。金を奪おうとして、駆けつけたヨルンに拳骨をくらって泣いていた。確か、病気の母親の薬を買う目的で、幼い妹と一緒にいて。
その後についてはヨルンに任せる事になって、ラエラは子どもたちが騎士に連れて行かれるのを見送って終わった。
あの後どうしたのだろう、と気になってはいたのだが。
「・・・こんな街中で何をしているのかしら。きちんとした身なりをしていたし、生活には困ってなさそうだったけれど」
そう、きちんとした身なりをしていた。さっぱりしたシャツに、膝丈のズボン。破れ目も繕い跡もない、清潔感のある服装だった。
ちゃんと暮らせているのならいい。母親と妹と三人、食べる物に困る事なく暮らせているのならば。
―――でも。
「どこかコソコソしているように見えたのは、気のせいかしら・・・?」
建物の陰に隠れるように立って、どこか遠くを覗いていたような。
気になりはしたものの、わざわざ追求する程の事ではないとラエラは思った。そして、結婚式の準備に追われているうちに、その子の事をすっかり忘れていたのだが。
ある日、思いがけない事態に直面し、ラエラはその子と対面する事になる。
馬車の窓からあの男の子を見かけて、二週間ほど経った後だった。
取り寄せを頼んだ品物の確認で、いつもの商会を訪れた帰り。
注文したのは結婚後の夫婦の部屋の装備品で、ヨルンを驚かせたいラエラが、こっそり頼んだものだった。だから今日は、ヨルンに内緒で出て来ている。
頼んだ品物の出来を確認し、その品質の良さに満足したラエラが、上機嫌で商会から出て来たところで、近くの書店に寄ろうと思い立った。
世話係として働いていた時にとても良くしてくれた前公爵夫人に贈る本を選ぶ為だ。かつてはラエラが本を読み上げる係だったから、夫人の好みはよく知っている。
婚約が決まった時は、退職については残念がっていたが、婚約そのものはとても喜んでくれた。そして先日、足が悪くて結婚式には参列できないから、とラエラのもとに詫び状と贈り物が届けられた。
ラエラは書店に入ると、紀行文学の棚に向かった。その棚から本を何冊か選び、暫く悩んだ末に一冊の本を手に取った。
それから自分用にも何冊か別の棚から本を選び、侍女に頼んで会計を済ませて外に出た。
すると、通り向こうの少し離れた店が目に入った。長い行列が出来ている。
侍女や護衛に聞くと、最近人気のスイーツ店だと言う。いつも馬車で通る大通りから一つ中に入った道沿いにあり、これまでは気づかなかった。
丁度いい機会だと、ラエラは侍女に頼んで、家族と使用人たちのお土産用に幾つか買いに行ってもらった。
戻って来るまでに暫くかかるだろう。その間、ラエラは護衛と共に近くのベンチで待つ事にした。
通りを行き交う人たちを眺めながら待つ事しばし。ラエラが座っていたベンチの近くで泣き声が聞こえた。
ラエラが振り向くと。
7、8歳くらいの女の子が、母親を呼びながら泣いていた。
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