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結婚前の一波乱 ⓷
しおりを挟む泣いている女の子の近くに、母親らしき人はいない。
ラエラは困ったように視線を彷徨わせた。女の子の一番近くにいるのが、ベンチに座ったラエラだった。そのせいなのか、それとも忙しくて女の子を気遣う余裕がないのか、周囲の人たちが足を止める様子はない。
ラエラはベンチから立ち上がり、泣いている女の子の前まで行くと、ハンカチを取り出して涙を拭ってあげた。
「可哀想に、お母さんとはぐれてしまったのね。こんなに泣いているのに気がつかないという事は、この辺りにはいないのでしょうね」
よしよし、と女の子の頭を撫でながら、ラエラは後ろを振り返り、自分の護衛騎士に向かって尋ねた。
「ダーヴィト。近くに巡回騎士の姿は見える?」
街の治安を守る為、定期的に街中を巡回する役目をおった騎士たちがどこかにいる筈だ。王国騎士団の、主に平騎士たちが任せられる仕事で、単独もしくは二人組となって数十名が常に街中に散っている。
「そうですね・・・」
ダーヴィトが視線を巡らせ、巡回騎士の姿を探す。そして、2ブロック先の通りの角に騎士服の男性を見つけ、そちらに向かって手を振った。
「駄目ですね。少し距離があるせいか、こちらに気がつきません」
「そこの角まで連れて行ってあげたら、あちらに見えるのではないかしら」
「いえ、ラエラさまのお側を離れる訳にはいきません」
「心配するほど離れないと思うけど。でも・・・そうね、心配ならわたくしも一緒に角まで行くわ。それならいいでしょう?」
そう言うと、ラエラは女の子と手を繋いでスタスタと歩き出した。
ダーヴィトは、二人を追いかけるように、急いで後をついて行く。
角まで行くと、ダーヴィトは手振りで離れた所に立っていた巡回騎士を呼び寄せた。そして、迷子の説明をし終えると「こちらの子です」と振り返る。
だが。
「ラエラさま?」
ダーヴィトが振り返った先にいたのは、女の子だけ。その子は目を大きく見開いて、驚いた顔でキョロキョロと辺りを見回している。
「おい、ラエラさまは・・・きみと手を繋いでいた女性の方はどうした? どこに行った?」
「ええと、ええと、あたしもよく分かんない。気がついたらいなくなってたの」
「・・・っ、くそっ!」
ダーヴィトは焦りを浮かべ、巡回騎士の方へと振り返った。
「急いで他の巡回騎士たちを集めてくれ! テンプル伯爵令嬢がいなくなった! あと、知らせを・・・っ、テンプル伯爵家と、それからロンド伯爵家に頼む!」
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