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どうか憎んでいただきたい
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依然として気概は失われておられない・・・。
そうノヴァイアスは思った。
地下牢に繋がれたアデルハイデン卿の姿は痛々しいものだったが、内なる人は衰えてはいなかった。
警備の者さえ置いていないことを鑑みると、恐らくヴァルハリラは獄中でのたれ死ぬことを願って放置しているのだろう。
食事を与える指示すら出されているのか疑わしい。
にもかかわらず、目の前のアデルハイデン卿の体躯に痩せ衰えたところはない。
流石に身体は薄汚れ、髪や髭は伸び放題になってはいるがそれだけだ。
老若男女を問わず会う人全てを虜にした美貌はそのまま、だが長い獄中生活で顔色は酷く青白い。
そんな状態でも、哀愁を帯びた色気のようなものが漂っているのだから驚きである。
「お前は・・・ノヴァイアス、か」
低く、小さな声が、アデルハイデン卿の口から溢れる。
「ある日突然、殿下のお側から消えたお前が、どうしてここにいる?」
やはり、この方は術中にない。
万が一嵌っていたとしても、今、手元にある解呪の紋様を描いた紙はあれ一枚きりだったので、想定通りで助かった。
「・・・貴方を、ここからお出ししたいと、そう思って参りました」
「私を? ・・・ここから?」
卿は、一瞬驚きの表情を浮かべたものの、それはすぐに疑念へと変わる。
「何を考えてそんな事を言い出したかは分からんが、私をここから出したとて行くところなどありはせん。・・・私の邸の者たちさえ、私を正しく認識出来ないのだからな」
「・・・偽物が貴方に代わってアデルハイデン卿として振る舞っていることは存じております。そしてそれに誰も気付かない事も」
「・・・」
「卿」
ノヴァイアスは、更に一歩前に踏み出した。
その手が牢の鉄柵を掴む。
「ユリアティエルさまは生きておられます」
「・・・っ!」
「今すぐに貴方をここから出して差し上げる事は出来ません。ユリアティエルさまを保護して下さっている方に言いつけられた任務があり、私はまずそれを果たさねばなりません。・・・ですが必ず」
鉄柵を握る手に力が篭る。
「それが終わった暁には必ず、いえ、目処がつき次第、必ず貴方をお迎えにあがります」
静かに語りかけるノヴァイアスに対して、ジークヴァインの表情は明らかに困惑していた。
行方をくらませたユリアティエルの居所を探ろうと、ヴァルハリラの命令でジークヴァインはこの地下牢に放り込まれた。
連日のように追及され続けていたが、それがある時ぱったりと止んだのだ。
ジークヴァインは、ユリアティエルは既に敵の手にかかったものだと、そう判断していた。
そう判断せざるを得なかった。
「・・・ユリアティエルが・・・生きている・・・それは本当か・・・?」
ノヴァイアスが首肯する。
「あの女に・・・あの悪魔のような女に・・・殺されて・・・いない・・・?」
再び、ノヴァイアスは頷いた。
「ノヴァイアス・・・お前があの子を助けてくれたのか? ああ、一体どうやって・・・いや、違う。まずは礼を言わねば・・・」
「その必要はありません」
突然の朗報に混乱しながらも謝意を述べようとするジークヴァインを抑揚のない声が遮った。
「礼を言われることなど私はしておりません。あの方から妃となる資格を永遠に奪い取ったのは他でもない私です。・・・貴方は私を恨みこそすれ、感謝する必要などないのです」
ノヴァイアスの言葉の意味するところを掴めず、一瞬、呆気に取られたジークヴァインだったが、やがてその発言の意図を理解し、顔を歪めた。
「それは・・・つまり、お前がユリアティエルを・・・」
ジークヴァインの瞳に現れた色は、嫌悪でも憎悪でもなく、敢えて言うのならば困惑と悲壮。
ノヴァイアスはその瞳を真っ直ぐに受け止めた。
「・・・貴方は私を憎むべきなのです。いえ、どうか憎んでいただきたい」
そうノヴァイアスは思った。
地下牢に繋がれたアデルハイデン卿の姿は痛々しいものだったが、内なる人は衰えてはいなかった。
警備の者さえ置いていないことを鑑みると、恐らくヴァルハリラは獄中でのたれ死ぬことを願って放置しているのだろう。
食事を与える指示すら出されているのか疑わしい。
にもかかわらず、目の前のアデルハイデン卿の体躯に痩せ衰えたところはない。
流石に身体は薄汚れ、髪や髭は伸び放題になってはいるがそれだけだ。
老若男女を問わず会う人全てを虜にした美貌はそのまま、だが長い獄中生活で顔色は酷く青白い。
そんな状態でも、哀愁を帯びた色気のようなものが漂っているのだから驚きである。
「お前は・・・ノヴァイアス、か」
低く、小さな声が、アデルハイデン卿の口から溢れる。
「ある日突然、殿下のお側から消えたお前が、どうしてここにいる?」
やはり、この方は術中にない。
万が一嵌っていたとしても、今、手元にある解呪の紋様を描いた紙はあれ一枚きりだったので、想定通りで助かった。
「・・・貴方を、ここからお出ししたいと、そう思って参りました」
「私を? ・・・ここから?」
卿は、一瞬驚きの表情を浮かべたものの、それはすぐに疑念へと変わる。
「何を考えてそんな事を言い出したかは分からんが、私をここから出したとて行くところなどありはせん。・・・私の邸の者たちさえ、私を正しく認識出来ないのだからな」
「・・・偽物が貴方に代わってアデルハイデン卿として振る舞っていることは存じております。そしてそれに誰も気付かない事も」
「・・・」
「卿」
ノヴァイアスは、更に一歩前に踏み出した。
その手が牢の鉄柵を掴む。
「ユリアティエルさまは生きておられます」
「・・・っ!」
「今すぐに貴方をここから出して差し上げる事は出来ません。ユリアティエルさまを保護して下さっている方に言いつけられた任務があり、私はまずそれを果たさねばなりません。・・・ですが必ず」
鉄柵を握る手に力が篭る。
「それが終わった暁には必ず、いえ、目処がつき次第、必ず貴方をお迎えにあがります」
静かに語りかけるノヴァイアスに対して、ジークヴァインの表情は明らかに困惑していた。
行方をくらませたユリアティエルの居所を探ろうと、ヴァルハリラの命令でジークヴァインはこの地下牢に放り込まれた。
連日のように追及され続けていたが、それがある時ぱったりと止んだのだ。
ジークヴァインは、ユリアティエルは既に敵の手にかかったものだと、そう判断していた。
そう判断せざるを得なかった。
「・・・ユリアティエルが・・・生きている・・・それは本当か・・・?」
ノヴァイアスが首肯する。
「あの女に・・・あの悪魔のような女に・・・殺されて・・・いない・・・?」
再び、ノヴァイアスは頷いた。
「ノヴァイアス・・・お前があの子を助けてくれたのか? ああ、一体どうやって・・・いや、違う。まずは礼を言わねば・・・」
「その必要はありません」
突然の朗報に混乱しながらも謝意を述べようとするジークヴァインを抑揚のない声が遮った。
「礼を言われることなど私はしておりません。あの方から妃となる資格を永遠に奪い取ったのは他でもない私です。・・・貴方は私を恨みこそすれ、感謝する必要などないのです」
ノヴァイアスの言葉の意味するところを掴めず、一瞬、呆気に取られたジークヴァインだったが、やがてその発言の意図を理解し、顔を歪めた。
「それは・・・つまり、お前がユリアティエルを・・・」
ジークヴァインの瞳に現れた色は、嫌悪でも憎悪でもなく、敢えて言うのならば困惑と悲壮。
ノヴァイアスはその瞳を真っ直ぐに受け止めた。
「・・・貴方は私を憎むべきなのです。いえ、どうか憎んでいただきたい」
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