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転移
しおりを挟むそして予定通り、ヴァルハリラが執務室を訪れた日から3日後の朝、身支度を整えたカルセイランは密かに国王に挨拶に向かう。
国王は静かに息子を見つめ、王妃は必死で涙を堪える。
すぐ横には、アーサフィルドの姿もあった。
2日前、カルセイランはジークヴァインにだけ、共に村に行きたいかと意向を尋ねた。
今はアウンゼンの認識阻害で躱しているものの、いつどこでジークヴァインにヴァルハリラの敵意が向けられないとも限らない。
加えて愛娘にも会いたいだろうと慮っての事だったが、これをジークヴァインは断った。
「カルセイランさまは王太子として国民を守るために向かわれるのです。ならば私も、ここで私がなすべき事をするのみです」
そう言ってジークヴァインは笑みを浮かべた。
「辺境の村に行ったとて、私が何の役に立てましょう。ただ護衛対象を増やして終わりです。ならば私はここで、アーサフィルドさまの執務をお支えします」
ジークヴァインは胸を張ってこう続けた。
「私は3年前までこの国の宰相を務めていた男ですぞ? アーサフィルドさまをお支えするのに、これほどの適役はおりますまい」
「・・・ああ、違いない」
ジークヴァインの思いに応えるべく、カルセイランは笑顔で答えた。
それぞれが懸命に自分が出来ることを模索している、その事実がカルセイランを勇気づけた。
愛娘ユリアティエルには3年近くも会えていない。
しかもその間、彼自身も投獄され、ヴァルハリラの敵意に晒されていた。
そして今、近隣領地からの兵団がユリアティエルへとさしむけられている。
それでもジークヴァインはここに残り、アーサフィルドを支えてくれると言ってくれた。
「王太子殿下、これを」
「アルパクシャド」
「お約束した腕一杯には、少々足りませんが」
「・・・十分だ。ありがとう」
アルパクシャドはこの3日間、何度も魔力切れを起こしかけ、アウンゼンの回復魔法を受けながら防御の魔道具を作り続けてくれた。
魔法陣に向かうカルセイランの手には、23個もの魔道具が入った包みがある。
そしてアウンゼンは、カルセイランが転移魔法陣を使って移動した後、彼に姿を変えてヴァルハリラの元へ行き、公務でこの城を出ていく姿を偽装してくれる。
そして。
「兄上・・・」
我が弟アーサフィルド。
「お気をつけて」
「・・・ああ」
笑って見送ってくれるのだな。
なんの前触れもなく、いきなり自分の代わりに立てと無茶振りをしてきた兄のために。
「ありがとう」
前にアルパクシャドが書いて渡した転移魔法陣の紙は、なるべく多く持っていた方がいいと言われたため、今回は使用しない。
代わりに直接、アウンゼンが術を展開する。
国王の私室内に眩い光が溢れ始め、カルセイランの体を覆い始めた。
「・・・カルセイラン・・・ッ!」
声のした方向を振り返る。
国王トルストフだ。
「陛下・・・父上・・・」
「・・・帰って来い、必ずだ・・・!」
「・・・」
カルセイランは眼を眇める。
部屋全体を眩い光が包み込み、やがて消えていく。
彼らの視界には、もう王太子の姿はなかった。
「・・・」
静寂が室内を包み込む。
耳に微かに聞こえた「はい」という返事は、願望が作り出したものだったのだろうか。
確かに、そう聞こえた気がしたけれど。
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