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苦水の中に咲くのは一輪の可憐な花

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王宮の外にある庭園を進んでいると、一本の樹がカーマインの目に留まった。

樹の下に人影が見えたのだ。

不審に思い、近づいてみる。

・・・女性か?

手を上に伸ばしている。
どうやら、樹になっている実を取ろうとしているらしい。

何故王宮ここでそんなことを。

更にカーマインが近づくと、足音に気づいたのかその女性が振り向いた。

カーマインは目を瞠った。

輝くような黄金色の豊かな髪。
驚いて大きく見開いた美しい碧色の瞳。
優し気な面差しに、ふっくらとした唇。

これほどまでに美しい女性を見たのは初めてだった。

だが、その美しさとあふれる気品とは全くそぐわないものが、その手にしっかりと握られていて。

それは、たった今、もぎ取ったばかりの果実。
まだ熟しきってはいないが、大きなメロコトンだった。

「あら、見つかっちゃったわ」

そう言って、その女性はふふ、と笑った。

「内緒にしてくれると助かるのだけど」

それだけ言うと、返事も待たずに、かぷり、とメロコトンを食べ始めた。

「・・・!」

目の前で、突然メロコトンを頬張りだした美女を見て、カーマインは少々混乱していた。

誰だ?
所作からして、かなり高位の人物に違いないのだが。

何故ここで果実を取って食べてるんだ?

「貴方の顔は初めて見たように思うのだけど、名前を教えてもらえるかしら?」
「・・・サリタスという」
「新しく入った文官か何かかしら?」
「宮廷魔法使いだ」
「そう。じゃあ、サルマンの部下になるのね」

あっという間にメロコトンを食べ終わったその女性は、再び樹に手を伸ばして二個目を取った。

「・・・貴女は一体何をしているのか?」
「メロコトンを食べてるのよ」
「それは見ればわかる。私が聞いているのは、何故このような場所で、わざわざ・・・」
「何かお腹に入れないと、死んじゃうでしょ。私もお腹の子も」

物騒な言葉に一瞬驚いたが、お腹の子、という言葉にまず彼女の腹部に目がいった。

言われてようやく気付く程度だが、確かに少し膨らんでいる。

「子どもがいるのか?」
「そうよ。ようやく気持ちが悪いのが収まったから、赤ちゃんのためにもしっかり食べたいんだけど、食べ物がないから困ってしまって」

もぐもぐと片方の頬を膨らませながら、説明を続ける。

「食べ物がない?」
「あまり出してもらえないの。流石にまったく食事を与えないのは体裁が悪いのか、少しは食べさせてもらえるけど、あんな量では全然足りないわ。お腹も全然大きくなりゃしない」
「・・・」
「果物がなる季節で助かってるの。冬だったらお手上げだったもの」

よほどお腹が空いているのだろうか。
こうして話しながらも、メロコトンを食べ続けている。

これがどれほど無作法な行為であるかを、しっかり分かっていそうな身分に見えるから、余計にカーマインは混乱していた。

「ここで食事がもらえないのならば、よそに行ったらどうだ?」
「行けるものならとうに行ってるわ」

ここで初めて、その女性の目に影が差した。

「目障りなら追い出せばいいのにね。どこにだって喜んで行ってあげるのに。・・・でも、それも許せないみたいだから」
「・・・」

まさか・・・。

この時になって、ようやくカーマインは、目の前の女性の正体に思い当たった。

「もしや、貴女は・・・」

ここまで。
ここまでの扱いをされているのか。

「貴女は、レナライア第二王妃さま・・・ですか?」

怒りで体が震えそうだった。

何故、誰も助けない?

王は、一体、何をしているんだ?
自ら望んで、この美しい女性ひとを第二王妃としてこの毒蛇の巣に投げ込んでおいて、何故、何もしない?

「・・・当たり」

すでに四つ目を食べ終わったレナライアは、さすがにお腹が膨れたのか、食べるのをやめた。

「サリタス、といったかしら。私がここでメロコトンを食べていたこと、黙っててくれない?」

笑顔を浮かべてそう尋ねながら、その手が微かに振るえていることに、その眼が不安で揺れていることに、カーマインは気づいていた。

「承知いたしました」
「・・・ありがとう」

多分、今の言葉を信じてはいないのだろう。
目の中の不安の色は消えていなかった。

「レナライア王妃さまとは知らず大変無礼な口をきいてしまいましたこと、深くお詫び申し上げます。どうぞお許しください」
「いいのよ。私への口の利き方なんて、ここにいる誰も気にしたことなんてないわ」

その言葉に、孤独が滲む。

この方は、王宮に入ったこの一年間、ずっと一人だったのだろうか。
もう、誰かを信じることを諦めてしまったのだろうか。

この方は、間違ったことをしていないのに。

そもそも、あの女が突如結婚を迫ってこなければ。
あるいは、王がこの方を妻とすることを諦めていれば。

ここでこんな目に遭わされることもなかったのに。

「・・・次は・・・」
「・・・え?」
「次は、私がお取りします。どうやら樹の下には、もうほとんど実が残っていないようですから。高い所の実を取ろうとして、怪我でもしたら大変です。・・・お腹の子を守りたいのでしょう? レナライアさま」

予想外だとでもいうように、レナライアがぽかんとした表情になって。

カーマインは薄く笑みを浮かべながら、懐から月光石を取り出すと、軽く魔力を込めて保護魔法を付与してからレナライアに手渡した。

「これ、は・・・?」
「常に持ち歩くようにしてください。私が必要な時には、念じれば分かるようになってますので」
「え・・・?」
「困ったときは何時でも遠慮なくお呼びください。どこにいても必ず駆けつけるとお約束します」
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