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何者
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周りに人がいないか確かめてから。
リュークザインは、そっと厩舎の用具小屋から姿を現した。
シャルムがエイモス家で事件を起こしてから、一週間が経過した。
たった一週間。それでも、凄まじい忙しさで。
ファーブライエンは逃げを決め込み、仕事も放棄して邸の中に引きこもり、外部からの連絡を一切受け付けない。
シャルムは、用具小屋で最初こそ大人しくしていたが、だんだんと気も口も緩んできて、いろいろと話したがるものだから王城に報告を飛ばす回数も格段に増えて。
結果、父に代わってライプニヒ公爵家の仕事諸々をやる羽目になった挙句、兄の世話や相談相手(事情聴取)もしているため、今のリュークには時間がどれだけあっても足りないのだ。
兄は、前はあれだけ私のことを毛嫌いしていたというのに。
昔はただの愚かものにしか映らなかった兄の単純さが、ここ数日は、なんだか幼子のように可愛らしく思える時もあって。
まぁ、ここが突かれたんだろうがな、ブルンゲンに。
父に疎まれ、軽んじられて、ただただ愛情と肯定感を求めて、騒ぎ回って。
兄にとっては、たとえ怒りでも、嫌悪でも、無関心よりはマシだったのだろう。
いつの間にやら身についた、人を馬鹿にして見下す口調と尊大な態度に、ますます周囲の人は、兄から離れていく。
父が撒いて、兄自身が育てたこの悪循環の種が、ブルンゲンの手により形作られ、最悪の形で花開いてしまった。
この花は、切り落とされるのか、それとも改良が施されるのか。
それは恐らく、陛下のお心次第というよりは、兄の反省如何にかかっているのだろう。
・・・陛下は、あのようなお方だからな。
そう考えると、今のこの殺人的な忙しさも、なかなかに価値のあるもののように思えるのだ。
・・・しかし、父はやはり、予想通りといおうか。
はたまた、予想以上というか。
王城からの使いにも、エイモス家からの知らせにも、邸から一歩も出ず、具合が悪いだの、忙しいだの、なんだかんだと無視し続けて。
こんな方法が、本当に最後まで通じると思っているのだろうか、と。
もはや呆れを通り越して感心してしまいますよ、父上。
く、とリュークの口元に、自嘲の笑みが浮かぶ。
さすがは、歴史あるライプニヒ公爵家に終わりをもたらす者だけのことはある。
祖父も、あんな息子を持って、さぞや無念だったことろう。
ジルベルト・ライプニヒ。
当時、幼かったリュークザインにとってただ一人、ライプニヒ公爵家の中で話が通じた人物。
頭の回転が速くて、恐ろしいほどの皮肉屋で、でも実は真っすぐな人で。
祖父上。
貴方ほどの切れ者の息子が、あれほど愚かだったことは。
・・・本当に、本当に、残念に思っています。
せめて貴方が、あれほど早くにお亡くなりにならなければ。
そして私と貴方が、ふたりで共に尽力できていたら。
父を抑え込むことも出来たのでしょうか。
空を見上げ、どこまでも澄んだ冬の空気を吸い込む。
ライプニヒ公爵家は、終わりを迎えるべくして終わるのです。
・・・私ひとりでは、これが精一杯でした。
祈るように、呟いた。
「・・・リュークザインさま」
自分を呼ぶ声に、はっと振り返る。
短く刈り込んだ藤色の髪の使用人が、後ろに控えている。
「・・・ファイ、か」
「すみません。お邪魔でしたでしょうか」
「いや、・・・大丈夫だ。どうかしたか?」
「また王城から使いが来ております。ご当主様にはお取次ぎできませんので、こちらに・・・」
「ああ、そうか。・・・そうだな、今行く」
ファイからの知らせを受けて、自邸のエントランスへと足を向ける。
顔をきりりと引き締め、足早に立ち去るリュークザインを、ファイは頭を下げて見送る。
歩を進めながら、リュークは頭の中で考えを巡らせていた。
ここに来て、急ぎ調べを入れなければならない件が出てくるとは。
・・・くそ、この忙しいときに。
あの男。
本当にただの御者なのか?
この私が、声をかけられるまで気配を感じなかった。
・・・ファイ。
お前は、何者だ。
リュークザインは、そっと厩舎の用具小屋から姿を現した。
シャルムがエイモス家で事件を起こしてから、一週間が経過した。
たった一週間。それでも、凄まじい忙しさで。
ファーブライエンは逃げを決め込み、仕事も放棄して邸の中に引きこもり、外部からの連絡を一切受け付けない。
シャルムは、用具小屋で最初こそ大人しくしていたが、だんだんと気も口も緩んできて、いろいろと話したがるものだから王城に報告を飛ばす回数も格段に増えて。
結果、父に代わってライプニヒ公爵家の仕事諸々をやる羽目になった挙句、兄の世話や相談相手(事情聴取)もしているため、今のリュークには時間がどれだけあっても足りないのだ。
兄は、前はあれだけ私のことを毛嫌いしていたというのに。
昔はただの愚かものにしか映らなかった兄の単純さが、ここ数日は、なんだか幼子のように可愛らしく思える時もあって。
まぁ、ここが突かれたんだろうがな、ブルンゲンに。
父に疎まれ、軽んじられて、ただただ愛情と肯定感を求めて、騒ぎ回って。
兄にとっては、たとえ怒りでも、嫌悪でも、無関心よりはマシだったのだろう。
いつの間にやら身についた、人を馬鹿にして見下す口調と尊大な態度に、ますます周囲の人は、兄から離れていく。
父が撒いて、兄自身が育てたこの悪循環の種が、ブルンゲンの手により形作られ、最悪の形で花開いてしまった。
この花は、切り落とされるのか、それとも改良が施されるのか。
それは恐らく、陛下のお心次第というよりは、兄の反省如何にかかっているのだろう。
・・・陛下は、あのようなお方だからな。
そう考えると、今のこの殺人的な忙しさも、なかなかに価値のあるもののように思えるのだ。
・・・しかし、父はやはり、予想通りといおうか。
はたまた、予想以上というか。
王城からの使いにも、エイモス家からの知らせにも、邸から一歩も出ず、具合が悪いだの、忙しいだの、なんだかんだと無視し続けて。
こんな方法が、本当に最後まで通じると思っているのだろうか、と。
もはや呆れを通り越して感心してしまいますよ、父上。
く、とリュークの口元に、自嘲の笑みが浮かぶ。
さすがは、歴史あるライプニヒ公爵家に終わりをもたらす者だけのことはある。
祖父も、あんな息子を持って、さぞや無念だったことろう。
ジルベルト・ライプニヒ。
当時、幼かったリュークザインにとってただ一人、ライプニヒ公爵家の中で話が通じた人物。
頭の回転が速くて、恐ろしいほどの皮肉屋で、でも実は真っすぐな人で。
祖父上。
貴方ほどの切れ者の息子が、あれほど愚かだったことは。
・・・本当に、本当に、残念に思っています。
せめて貴方が、あれほど早くにお亡くなりにならなければ。
そして私と貴方が、ふたりで共に尽力できていたら。
父を抑え込むことも出来たのでしょうか。
空を見上げ、どこまでも澄んだ冬の空気を吸い込む。
ライプニヒ公爵家は、終わりを迎えるべくして終わるのです。
・・・私ひとりでは、これが精一杯でした。
祈るように、呟いた。
「・・・リュークザインさま」
自分を呼ぶ声に、はっと振り返る。
短く刈り込んだ藤色の髪の使用人が、後ろに控えている。
「・・・ファイ、か」
「すみません。お邪魔でしたでしょうか」
「いや、・・・大丈夫だ。どうかしたか?」
「また王城から使いが来ております。ご当主様にはお取次ぎできませんので、こちらに・・・」
「ああ、そうか。・・・そうだな、今行く」
ファイからの知らせを受けて、自邸のエントランスへと足を向ける。
顔をきりりと引き締め、足早に立ち去るリュークザインを、ファイは頭を下げて見送る。
歩を進めながら、リュークは頭の中で考えを巡らせていた。
ここに来て、急ぎ調べを入れなければならない件が出てくるとは。
・・・くそ、この忙しいときに。
あの男。
本当にただの御者なのか?
この私が、声をかけられるまで気配を感じなかった。
・・・ファイ。
お前は、何者だ。
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