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シュリエラの来訪
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「とうとう約束を果たせましたね」
ライプニヒの家紋が入った馬車がブライトン邸のエントランス前で止まり、御者台から降りたファイが扉を開いてシュリエラに手を差し伸べる。
「本当ね。お前の言葉を聞いた時は、まさか本当にそんな日が来るとは思いもしなかったけれど」
目の前のブライトン邸を見上げながら、シュリエラは答えた。
ファイの差し出した手を取り馬車から降りると、執事や召使たちが一斉に礼をして出迎える。
中に入る前に、振り返ってファイに視線を送る。
「なんでしょう?」
「この後、邸に戻るって聞いたわ。どうして、ここで待っていてはくれないの?」
甘えを含む言葉に、ファイは少し困ったような顔をして。
「大切な用があるのですよ、お嬢さま」
とだけ答えた。
少しの間黙っていたが、ファイはそれ以上説明する様子はなく、やがてシュリエラは渋々と了承した。
「用があるのなら仕方ないわね。ではそれが終わったら、ちゃんと迎えに来てちょうだいね」
「・・・」
「ファイ?」
「・・・きっと、お嬢さまは他の者の迎えが良いとお考えになると思いますが・・・」
「・・・? 何を言ってるの? そんな訳がないでしょう」
なにかしら。
今日のファイは少し変だわ。
と、少し不思議に思ったけど。
エレアーナの出迎えの声が後ろから聞こえて来たので、振り返って挨拶をして。
一通りの挨拶が終わって、ふと門の方に目をやると、ファイはもう御者台に乗り込んで出発するところだった。
サロンに入ると、予定した客は既に到着していたようで、皆がシュリエラに挨拶の声をかける。
ライナスバージ・ロッテングルムやアリエラ・マスカルバーノと顔を合わせるのは、初めてだった。
お茶を淹れ、少し場が落ち着いた後、レオンハルトが口を開く。
「では、そろそろ本題に入らせて貰おうかな。・・・アイスケルヒ、頼む」
「は」
名を呼ばれ、手に持っていたカップをソーサーに戻して。
アイスケルヒは姿勢を正すと、シュリエラに頭を下げた。
「此度の一連の出来事を説明する前に、まずはシュリエラ嬢から妹へと贈られたリースの感謝を申し上げたい」
その言葉に、シュリエラは首を傾げる。
「そんな、感謝なんて。すでに手紙で、お礼の言葉をいただいております」
「いや、妹が危険な時に、リースが大きな役目を果たしてくれた。そのことへの礼だ」
そして、エントランスの扉に飾られたリースが侵入者を探知したことで、応援に駆けつける事ができたことを簡潔に説明した。
「あ、あの・・・『探知』とはどういう意味でしょうか? わたくしが作ったのはただのリースですわ。そんな不思議な力がある筈は・・・」
「一人で作った物ではない、と聞いたのだが」
「え、ええ。リースを作ったらどうかとアドバイスをくれた使用人がおりまして、その者と一緒に・・・」
そこまで言って、言葉が途切れた。
「え? まさか・・・ファイが?」
驚いて周囲を見回す。
シュリエラ以外、誰も驚く様子はない。
「そんな、ファイはただの御者ですわ。まさか・・・」
そこでレオンハルトが口を開いた。
「ただの御者などではないよ、シュリエラ嬢。彼は、偉大なる賢者、ワイジャーマなるラファイエラスさまだ」
「賢者・・・? ワイジャーマ・・・?」
レオンハルトの言葉を反芻するように繰り返す。
現実味のない話に、どこか頭がついていけない様子で、淡々とした口調で言葉を返してきた。
「・・・では、ファ、賢者さまが、あのリースに不思議な力を込めていた、ということですか・・・」
そして、何かに気づいたようにはっと息を呑んだ。
「まさか、そのリースが探知したという侵入者とは、父がどこからか呼びつけたという・・・」
さっと青ざめるシュリエラに、レオンハルトが優しく語りかける。
「うん、そうなんだよ。賢者くずれのバルクルムという名の男でね」
「で、では、エレアーナさまはその男に危害を及ぼされそうに・・・?」
「探知して直ぐにラファイエラスさまが動いて下さってね。何名かは怪我を負ったけど、エレアーナは守ることが出来たから安心して」
その言葉にほっと安堵したシュリエラだったが、やがて父のしでかした事の重大さに考えが及び、体が小刻みに震え出した。
「それで最近、王城からの使いが頻繁に我が邸を訪れていたのですね。父に代わって兄が当主になったのも・・・」
「シュリエラ嬢」
苦しそうな表情で言葉を紡ぐシュリエラを、静かにアイスケルヒが遮った。
「今日、ここに来て頂いたのは貴女を責めるためではない」
「え・・・?」
「そうですね? 殿下」
アイスケルヒはレオンハルトがの方に視線を向ける。
レオンハルトも微笑みながら言葉を返した。
「その通りだよ、シュリエラ嬢。確かにファーブライエンは愚かなことをした。でも、それは君の父親がしたことだ。君の咎ではない」
「・・・ですが・・・」
「アイスケルヒも言ってたよね? 君のリースが探知してくれたおかげで、カーンやリュークザインたちが駆けつける事が出来た。おかげで、それまで一人でエレアーナを守っていたケインに加勢して、結果的に賢者くずれも捕縛する事が出来たんだよ」
シュリエラは呆然とレオンハルトの言葉を聞いていた。
「ラファイエラスさまだったら、きっと君にこう言うと思うよ」
「ラファイエラス、さま・・・だったら・・・?」
「『お手柄だ』ってね」
そう言って、ふふ、と笑った。
「お手柄・・・」
その言葉と、レオンハルトの心からの笑顔に、ふっとそれまでの緊張が和らいだ。
殿下が、お笑いになった。
今まで、一度も私に自然な笑顔を向けたことのなかった殿下が。
ファイ。・・・いえ、ラファイエラス、さま。
ありがとう。
殿下が、笑ってくださったわ。
ありがとう。
私も、エレアーナさまのために何か出来たんですって。
表情が少し明るくなったシュリエラに、エレアーナが笑顔で語りかける。
「シュリエラさま。改めてお願いしますわ。どうか、わたくしの友人になってくださいませ」
「・・・ありがとうございます。こちらこそ、よろしくお願いします」
そこに、アリエラとカトリアナも友人の名乗りを上げることに加わって。
お茶会の場は、しばし和気藹々とした雰囲気になった。
「それにしても、本当に驚きましたわ。まさかファイが賢者さまだったなんて・・・」
まだ信じられない、といった様子のシュリエラに、その場にいた他の皆も頷く。
「考えてみたら凄いことだよね。シュリエラ嬢が、一番あのお方と親しくしてたんだもの」
「一体、どんな顔で使用人として働いてたんだろうな。実に興味深い」
そんな風に、それぞれが好き勝手な意見を交換していた時。
突然、シュリエラの動きが止まった。
「シュリエラさま?」
エレアーナが心配して顔を覗き込むが、シュリエラはぼんやりと前を見つめるだけで答えない。
「シュリエラ嬢?」
他の皆の視線も、一斉にシュリエラに向けられて。
シュリエラは、呆然としたまま口を開いた。
「ファイは、大切な用があるって、言ってましたの。そう言って邸に戻ったのです。・・・でも、ファイが賢者さまなら、そんな凄いお方が私の邸でしなければいけない『大切な用』って・・・何なのでしょうか?」
誰に語り掛けるでもなくそう呟くと、ばっと顔を上げて周囲を見回した。
「私をここに連れてきて、賢者さまだけわざわざ戻って・・・そうまでしてやらなきゃいけない大切な用とは・・・何ですか?」
静寂がその場を覆って。
皆、次の言葉をどう継いだらいいのか迷っているようで。
「ファイは、自分が迎えに来ないようなことを言っていました。きっと他の者の迎えが良いと私が思うだろうと・・・そんなことを言って・・・。私が、ファイの迎えを嫌だと思うようなことが、今、ライプニヒ家で起きているのですか・・・?」
ライプニヒの家紋が入った馬車がブライトン邸のエントランス前で止まり、御者台から降りたファイが扉を開いてシュリエラに手を差し伸べる。
「本当ね。お前の言葉を聞いた時は、まさか本当にそんな日が来るとは思いもしなかったけれど」
目の前のブライトン邸を見上げながら、シュリエラは答えた。
ファイの差し出した手を取り馬車から降りると、執事や召使たちが一斉に礼をして出迎える。
中に入る前に、振り返ってファイに視線を送る。
「なんでしょう?」
「この後、邸に戻るって聞いたわ。どうして、ここで待っていてはくれないの?」
甘えを含む言葉に、ファイは少し困ったような顔をして。
「大切な用があるのですよ、お嬢さま」
とだけ答えた。
少しの間黙っていたが、ファイはそれ以上説明する様子はなく、やがてシュリエラは渋々と了承した。
「用があるのなら仕方ないわね。ではそれが終わったら、ちゃんと迎えに来てちょうだいね」
「・・・」
「ファイ?」
「・・・きっと、お嬢さまは他の者の迎えが良いとお考えになると思いますが・・・」
「・・・? 何を言ってるの? そんな訳がないでしょう」
なにかしら。
今日のファイは少し変だわ。
と、少し不思議に思ったけど。
エレアーナの出迎えの声が後ろから聞こえて来たので、振り返って挨拶をして。
一通りの挨拶が終わって、ふと門の方に目をやると、ファイはもう御者台に乗り込んで出発するところだった。
サロンに入ると、予定した客は既に到着していたようで、皆がシュリエラに挨拶の声をかける。
ライナスバージ・ロッテングルムやアリエラ・マスカルバーノと顔を合わせるのは、初めてだった。
お茶を淹れ、少し場が落ち着いた後、レオンハルトが口を開く。
「では、そろそろ本題に入らせて貰おうかな。・・・アイスケルヒ、頼む」
「は」
名を呼ばれ、手に持っていたカップをソーサーに戻して。
アイスケルヒは姿勢を正すと、シュリエラに頭を下げた。
「此度の一連の出来事を説明する前に、まずはシュリエラ嬢から妹へと贈られたリースの感謝を申し上げたい」
その言葉に、シュリエラは首を傾げる。
「そんな、感謝なんて。すでに手紙で、お礼の言葉をいただいております」
「いや、妹が危険な時に、リースが大きな役目を果たしてくれた。そのことへの礼だ」
そして、エントランスの扉に飾られたリースが侵入者を探知したことで、応援に駆けつける事ができたことを簡潔に説明した。
「あ、あの・・・『探知』とはどういう意味でしょうか? わたくしが作ったのはただのリースですわ。そんな不思議な力がある筈は・・・」
「一人で作った物ではない、と聞いたのだが」
「え、ええ。リースを作ったらどうかとアドバイスをくれた使用人がおりまして、その者と一緒に・・・」
そこまで言って、言葉が途切れた。
「え? まさか・・・ファイが?」
驚いて周囲を見回す。
シュリエラ以外、誰も驚く様子はない。
「そんな、ファイはただの御者ですわ。まさか・・・」
そこでレオンハルトが口を開いた。
「ただの御者などではないよ、シュリエラ嬢。彼は、偉大なる賢者、ワイジャーマなるラファイエラスさまだ」
「賢者・・・? ワイジャーマ・・・?」
レオンハルトの言葉を反芻するように繰り返す。
現実味のない話に、どこか頭がついていけない様子で、淡々とした口調で言葉を返してきた。
「・・・では、ファ、賢者さまが、あのリースに不思議な力を込めていた、ということですか・・・」
そして、何かに気づいたようにはっと息を呑んだ。
「まさか、そのリースが探知したという侵入者とは、父がどこからか呼びつけたという・・・」
さっと青ざめるシュリエラに、レオンハルトが優しく語りかける。
「うん、そうなんだよ。賢者くずれのバルクルムという名の男でね」
「で、では、エレアーナさまはその男に危害を及ぼされそうに・・・?」
「探知して直ぐにラファイエラスさまが動いて下さってね。何名かは怪我を負ったけど、エレアーナは守ることが出来たから安心して」
その言葉にほっと安堵したシュリエラだったが、やがて父のしでかした事の重大さに考えが及び、体が小刻みに震え出した。
「それで最近、王城からの使いが頻繁に我が邸を訪れていたのですね。父に代わって兄が当主になったのも・・・」
「シュリエラ嬢」
苦しそうな表情で言葉を紡ぐシュリエラを、静かにアイスケルヒが遮った。
「今日、ここに来て頂いたのは貴女を責めるためではない」
「え・・・?」
「そうですね? 殿下」
アイスケルヒはレオンハルトがの方に視線を向ける。
レオンハルトも微笑みながら言葉を返した。
「その通りだよ、シュリエラ嬢。確かにファーブライエンは愚かなことをした。でも、それは君の父親がしたことだ。君の咎ではない」
「・・・ですが・・・」
「アイスケルヒも言ってたよね? 君のリースが探知してくれたおかげで、カーンやリュークザインたちが駆けつける事が出来た。おかげで、それまで一人でエレアーナを守っていたケインに加勢して、結果的に賢者くずれも捕縛する事が出来たんだよ」
シュリエラは呆然とレオンハルトの言葉を聞いていた。
「ラファイエラスさまだったら、きっと君にこう言うと思うよ」
「ラファイエラス、さま・・・だったら・・・?」
「『お手柄だ』ってね」
そう言って、ふふ、と笑った。
「お手柄・・・」
その言葉と、レオンハルトの心からの笑顔に、ふっとそれまでの緊張が和らいだ。
殿下が、お笑いになった。
今まで、一度も私に自然な笑顔を向けたことのなかった殿下が。
ファイ。・・・いえ、ラファイエラス、さま。
ありがとう。
殿下が、笑ってくださったわ。
ありがとう。
私も、エレアーナさまのために何か出来たんですって。
表情が少し明るくなったシュリエラに、エレアーナが笑顔で語りかける。
「シュリエラさま。改めてお願いしますわ。どうか、わたくしの友人になってくださいませ」
「・・・ありがとうございます。こちらこそ、よろしくお願いします」
そこに、アリエラとカトリアナも友人の名乗りを上げることに加わって。
お茶会の場は、しばし和気藹々とした雰囲気になった。
「それにしても、本当に驚きましたわ。まさかファイが賢者さまだったなんて・・・」
まだ信じられない、といった様子のシュリエラに、その場にいた他の皆も頷く。
「考えてみたら凄いことだよね。シュリエラ嬢が、一番あのお方と親しくしてたんだもの」
「一体、どんな顔で使用人として働いてたんだろうな。実に興味深い」
そんな風に、それぞれが好き勝手な意見を交換していた時。
突然、シュリエラの動きが止まった。
「シュリエラさま?」
エレアーナが心配して顔を覗き込むが、シュリエラはぼんやりと前を見つめるだけで答えない。
「シュリエラ嬢?」
他の皆の視線も、一斉にシュリエラに向けられて。
シュリエラは、呆然としたまま口を開いた。
「ファイは、大切な用があるって、言ってましたの。そう言って邸に戻ったのです。・・・でも、ファイが賢者さまなら、そんな凄いお方が私の邸でしなければいけない『大切な用』って・・・何なのでしょうか?」
誰に語り掛けるでもなくそう呟くと、ばっと顔を上げて周囲を見回した。
「私をここに連れてきて、賢者さまだけわざわざ戻って・・・そうまでしてやらなきゃいけない大切な用とは・・・何ですか?」
静寂がその場を覆って。
皆、次の言葉をどう継いだらいいのか迷っているようで。
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