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撒いた種が芽吹く時
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週に数回、エレアーナは王城へと足を運ぶ。
婚約者であるケインに会う用事があるのは勿論だが、お妃教育で忙しいカトリアナの気晴らしのため、という目的もあった。
真面目なカトリアナは、厳しいお妃教育にも不平一つ溢さずに一生懸命に取り組んでいるが、気を回したレオンハルトから是非に、と頼まれたのだ。
そんな理由もあって、今日もエレアーナは王城へとやって来たのだが。
「あ、あ、あの、エレアーナさま」
突然、背後から自分の名を呼ぶ声がした。
振りかえれば、騎士服を着た少年が立っている。
緊張しているのか、少し表情が強張って。
「はい、なんでしょうか?」
微笑みながら問い返せば、頬を赤らめて、あの、実は、と何やらもごもごと呟いている。
「あ、あの、あの、ぼ、僕は・・・」
緊張なのか焦りなのか、はたまた羞恥なのか、赤くなって口もうまく回らないようだ。
何か言えば相手は更に話せなくなりそうで、どうしたらいいのかしら、と思案していたところに、城の通用門の方から見知った人物が通りかかった。
仕事の合間の移動だったのだろうか、鍛錬場の方向へと向かっていた足が、こちらに気付いてぴたりと止まる。
警護担当者としての責務ゆえか、それとも顔見知りとしての親切心からか、一瞬、迷いを見せたもののこちらへ向かってきてくれた。
「失礼。エレアーナ嬢・・・だったかな。何か問題でも?」
「アッテンボローさま。いえ、こちらの方がわたくしに用がおありのようで・・・」
その言葉を受けて、アッテンボローは少年騎士に視線を送る。
もとより上手く話せずにいたその少年は、更にあわあわと焦りだした。
「え、えと、あの、ち、違うんです。あ、あの、僕、お礼を・・・お礼を言いたくて!」
その言葉に、アッテンボローは勿論、エレアーナも目を丸くする。
「お礼、ですか?」
「は、はい!」
その少年は、すう、と深呼吸をすると、意を決したように顔を上げ、エレアーナに向かって頭を下げた。
「エレアーナさま。き、騎士になる道を開いてくれて、ありがとうございました!」
「・・・え?」
「・・・?」
エレアーナも、アッテンボローも、その少年の発言の意図が分からず、困惑の表情を浮かべている。
が、いち早く気を取り直したアッテンボローが、一歩前に出てその騎士に質問を投げかけた。
「あー、と、そうだな。まず、所属部隊と名前を聞こうか」
「あ、は、はい。あの、所属はまだ決まってません。先週、騎士候補生に選ばれた新人のマイセンです」
「騎士候補生? では今、訓練期間中か」
「はい、そうです」
照れくさそうに笑いながら、でも誇らしげに、マイセンと名乗った若者は答えた。
その名前に、エレアーナが、はっと気づいたように声を上げる。
「マイセン? まさかあなた・・・あのマイセンなの? ホルヘの?」
「は、はい! そうです! ホルヘ孤児院にいたマイセンです!」
「まあ、立派になって・・・! あなた、確か去年、孤児院を出て自警団で働き始めたのではなかったかしら?」
「・・・そんな事まで覚えていてくださったんですか」
マイセンの顔が、くしゃりと緩む。
「・・・二人は知り合いなのか?」
完全に置いてけぼりの状態になっていたアッテンボローが、口を挟む。
「あ、すみません。以前、孤児院でエレアーナさまにお世話になって・・・」
「そうなんですの。またあなたの顔が見られるとは思ってもいなかったわ。元気そうで良かった」
嬉しそうに微笑むエレアーナに、少し頬を赤らめながら、あの、と言葉を続ける。
「ええと、エレアーナさまが提案してくれた教育プログラムのお陰で、こうして騎士になる道が開けたんですが、そのことをお伝えしたくて、お顔を見かけてつい、声を・・・。その、突然すみませんでした」
「まあ、そうだったの」
「・・・教育プログラム?」
アッテンボローが、首を傾げる。
「はい。孤児院の子どもたちが、将来、職業を選ぶときに選択肢が広がるように、と、色々なプログラムを考えてくれて・・・。その一つが、剣技の指導だったんです」
「マイセン、あれはわたくしではなくて殿下がお決めくださったことですよ」
「勿論、王太子殿下にも深く感謝しています。孤児院にいた僕たち一人一人の意見を聞きに来てくれたケインさまにも。でも、発案者はエレアーナさまだと聞いています。あのプログラムのお陰で、僕は町の自警団に入って働くことが出来ましたし、今はこうして、候補生ですけど王国騎士団にも入ることが出来たんです。騎士になるのは小さな頃からの夢でした。でも孤児の僕には無理だととうに諦めてたんです。本当に・・・本当に、感謝してもしきれません」
表情にはあまり出さなかったものの、マイセンの言葉に、アッテンボローは内心驚いていた。
・・・そういえば誰かが話していた気がする。
王都にある複数の孤児院や学校で、引退した騎士を雇用して孤児たちに剣技を教える時間を取っている、と。
知り合いの友人にあたる人物が実際に雇用された剣技指導者の一人で、怪我のせいで騎士としての道も収入も途絶え、先行きの不安がこれで解消されたと大喜びだったとか。
・・・この令嬢も関わっていたのか。
「殿下やエレアーナさまたちの援助のお陰で将来が開けた孤児が、僕の他にもたくさんいるんです。こうして騎士服が着れるなんて夢のようで・・・」
「実際に努力したのはあなたよ。・・・本当に、諦めずによく頑張ったわね、マイセン。わたくしはあなたを尊敬するわ」
エレアーナの言葉に、マイセンは一瞬、ぐっと息を堪え、涙を流すまいと口を引き結んだ。
「・・・ありがとうございますっ!」
「こちらこそありがとう、マイセン。わたくしたちのした小さな努力が、何一つ無駄になっていないこと知ってとても嬉しかったわ。立派な騎士になってね」
ふたりの会話を聞きながら、アッテンボローは何か心に引っかかっていた或るものが、一瞬、解けそうになるのを感じた。
胸に手を当てて、それが何だったのか考えるも、その感覚は既に消えて無くなっていて。
何故だろうか。
理由も分からないのに。
とても大切な事だったような気がするのに。
今はただ、その名残だけが胸にあるだけだった。
婚約者であるケインに会う用事があるのは勿論だが、お妃教育で忙しいカトリアナの気晴らしのため、という目的もあった。
真面目なカトリアナは、厳しいお妃教育にも不平一つ溢さずに一生懸命に取り組んでいるが、気を回したレオンハルトから是非に、と頼まれたのだ。
そんな理由もあって、今日もエレアーナは王城へとやって来たのだが。
「あ、あ、あの、エレアーナさま」
突然、背後から自分の名を呼ぶ声がした。
振りかえれば、騎士服を着た少年が立っている。
緊張しているのか、少し表情が強張って。
「はい、なんでしょうか?」
微笑みながら問い返せば、頬を赤らめて、あの、実は、と何やらもごもごと呟いている。
「あ、あの、あの、ぼ、僕は・・・」
緊張なのか焦りなのか、はたまた羞恥なのか、赤くなって口もうまく回らないようだ。
何か言えば相手は更に話せなくなりそうで、どうしたらいいのかしら、と思案していたところに、城の通用門の方から見知った人物が通りかかった。
仕事の合間の移動だったのだろうか、鍛錬場の方向へと向かっていた足が、こちらに気付いてぴたりと止まる。
警護担当者としての責務ゆえか、それとも顔見知りとしての親切心からか、一瞬、迷いを見せたもののこちらへ向かってきてくれた。
「失礼。エレアーナ嬢・・・だったかな。何か問題でも?」
「アッテンボローさま。いえ、こちらの方がわたくしに用がおありのようで・・・」
その言葉を受けて、アッテンボローは少年騎士に視線を送る。
もとより上手く話せずにいたその少年は、更にあわあわと焦りだした。
「え、えと、あの、ち、違うんです。あ、あの、僕、お礼を・・・お礼を言いたくて!」
その言葉に、アッテンボローは勿論、エレアーナも目を丸くする。
「お礼、ですか?」
「は、はい!」
その少年は、すう、と深呼吸をすると、意を決したように顔を上げ、エレアーナに向かって頭を下げた。
「エレアーナさま。き、騎士になる道を開いてくれて、ありがとうございました!」
「・・・え?」
「・・・?」
エレアーナも、アッテンボローも、その少年の発言の意図が分からず、困惑の表情を浮かべている。
が、いち早く気を取り直したアッテンボローが、一歩前に出てその騎士に質問を投げかけた。
「あー、と、そうだな。まず、所属部隊と名前を聞こうか」
「あ、は、はい。あの、所属はまだ決まってません。先週、騎士候補生に選ばれた新人のマイセンです」
「騎士候補生? では今、訓練期間中か」
「はい、そうです」
照れくさそうに笑いながら、でも誇らしげに、マイセンと名乗った若者は答えた。
その名前に、エレアーナが、はっと気づいたように声を上げる。
「マイセン? まさかあなた・・・あのマイセンなの? ホルヘの?」
「は、はい! そうです! ホルヘ孤児院にいたマイセンです!」
「まあ、立派になって・・・! あなた、確か去年、孤児院を出て自警団で働き始めたのではなかったかしら?」
「・・・そんな事まで覚えていてくださったんですか」
マイセンの顔が、くしゃりと緩む。
「・・・二人は知り合いなのか?」
完全に置いてけぼりの状態になっていたアッテンボローが、口を挟む。
「あ、すみません。以前、孤児院でエレアーナさまにお世話になって・・・」
「そうなんですの。またあなたの顔が見られるとは思ってもいなかったわ。元気そうで良かった」
嬉しそうに微笑むエレアーナに、少し頬を赤らめながら、あの、と言葉を続ける。
「ええと、エレアーナさまが提案してくれた教育プログラムのお陰で、こうして騎士になる道が開けたんですが、そのことをお伝えしたくて、お顔を見かけてつい、声を・・・。その、突然すみませんでした」
「まあ、そうだったの」
「・・・教育プログラム?」
アッテンボローが、首を傾げる。
「はい。孤児院の子どもたちが、将来、職業を選ぶときに選択肢が広がるように、と、色々なプログラムを考えてくれて・・・。その一つが、剣技の指導だったんです」
「マイセン、あれはわたくしではなくて殿下がお決めくださったことですよ」
「勿論、王太子殿下にも深く感謝しています。孤児院にいた僕たち一人一人の意見を聞きに来てくれたケインさまにも。でも、発案者はエレアーナさまだと聞いています。あのプログラムのお陰で、僕は町の自警団に入って働くことが出来ましたし、今はこうして、候補生ですけど王国騎士団にも入ることが出来たんです。騎士になるのは小さな頃からの夢でした。でも孤児の僕には無理だととうに諦めてたんです。本当に・・・本当に、感謝してもしきれません」
表情にはあまり出さなかったものの、マイセンの言葉に、アッテンボローは内心驚いていた。
・・・そういえば誰かが話していた気がする。
王都にある複数の孤児院や学校で、引退した騎士を雇用して孤児たちに剣技を教える時間を取っている、と。
知り合いの友人にあたる人物が実際に雇用された剣技指導者の一人で、怪我のせいで騎士としての道も収入も途絶え、先行きの不安がこれで解消されたと大喜びだったとか。
・・・この令嬢も関わっていたのか。
「殿下やエレアーナさまたちの援助のお陰で将来が開けた孤児が、僕の他にもたくさんいるんです。こうして騎士服が着れるなんて夢のようで・・・」
「実際に努力したのはあなたよ。・・・本当に、諦めずによく頑張ったわね、マイセン。わたくしはあなたを尊敬するわ」
エレアーナの言葉に、マイセンは一瞬、ぐっと息を堪え、涙を流すまいと口を引き結んだ。
「・・・ありがとうございますっ!」
「こちらこそありがとう、マイセン。わたくしたちのした小さな努力が、何一つ無駄になっていないこと知ってとても嬉しかったわ。立派な騎士になってね」
ふたりの会話を聞きながら、アッテンボローは何か心に引っかかっていた或るものが、一瞬、解けそうになるのを感じた。
胸に手を当てて、それが何だったのか考えるも、その感覚は既に消えて無くなっていて。
何故だろうか。
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