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矛盾
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夜会からの帰り、馬車の中。
浮かない表情のエレアーナを、先ほどから隣に座るケインバッハがちらりちらりと心配そうに見ていた。
暫くはそうして様子を見ていたものの、エレアーナの表情はずっと変わらないまま。
ケインバッハはエレアーナの手に自分の手をそっと重ね、顔を覗き込む。
「どうした? 先ほどからそんな顔をして」
はっと気づいた様子のエレアーナは、慌てて「ごめんなさい、心配かけてしまって」と謝る。
静かに首を横に振るケインに、エレアーナは薄く笑む。
「思い出しておりましたの。アッテンボローさまのお言葉を」
『家格が釣り合わない。かたや伝統あるライブニヒ公爵家、かたや数代前にようやく男爵から伯爵になったばかりの成り上がりだ。とてもじゃないが、お姫さまに来て欲しいとは言えない』
「政略結婚が常である貴族社会では、それが当然と言えば当然の考え方なのは分かっていますが・・・」
一度、エレアーナは考え込むように口を閉じて。
「お辛そうでしたわね。あの時のアッテンボローさまは・・・」
ふう、と溜息を吐くと、重ねられたケインバッハ手に指を絡める。
「・・・こうして何の隔たりもなくお慕いする方と想いを通じ合わせられる事がどれ程の幸運なのか、改めて思い知りましたわ」
そう言って微笑むも、それはどこか儚げで。
見ているケインバッハも切なくなる。
「ああ、そうだな」
そう返すだけで精一杯だった。
ケインはそっとエレアーナの額に唇を落とすと、窓から外を眺めた。
今夜は満月で。
月の光は明るく夜道を照らしている。
それはある者にとっては十分に明るく、ある者にとっては頼りなく、またある者にとってはただただ美しくて。
シュリエラはそんな月の光を、自邸のバルコニーから眺めていた。
夜会のドレスから過ごしやすい部屋着に着替えた後、ぼんやりと夜会で会った一人の男性のことを思い出しながら。
何か言いたげな瞳で、じっと自分を見つめていた人。
面白い人だったわ。
『どこか頭の片隅にでもいい。俺のことを覚えておいてくれないか』
そんな言葉を私に告げた。
燃える炎のような私の髪の色とは正反対の、深い海の底のような群青色の髪。
吸い込まれそうな銀色の瞳は、ケインさまと同じ色だけれど、どこか印象が違っていて。
言葉は淡々として、でも瞳には熱がこもっていて。
それでも何か葛藤しているような、矛盾を孕んだ視線。
面白かった。
面白かったけど。
きっとあの方は、もう一度私にダンスを申し込むつもりはないだろう。
今夜のアレが、最初で最後のダンス。
そうでなければ、あんな言葉を私に言う筈がない。
手すりに肘をつき、空をじっと見つめる。
「あーあ、貴族社会って、本当に面倒だわ」
父や長兄に似て直情的なところが多分にあるシュリエラにとって、腹の中に本音を押し隠して、思ってもいない事を口にするような芸当は高等すぎる。
エレアーナやカトリアナたちのような理解ある友人が出来たから今はなんとかやれているものの、他の令嬢たちとの嫌味や裏取りの応酬に付き合うのは、正直苦手だった。
あっちから突っかかって来るくせに、言い返すと泣くわ喚くわ虐められたと近くの男性に泣きつくわ、よくまあそんなに表情を瞬時に変えられるものだと感心するくらいで。
いつも愚直なまでに真っ直ぐに相手するシュリエラは、自分の性格は貴族の令嬢には向いていない、としみじみと思うのだった。
「・・・水をかけられそうになった時は、少し焦ったけど」
いきなり目の前に現れた大きな背中。
私たちを庇うように立ってくれて。
令嬢たちを問い詰める姿は、正直言って胸がスッとした。
でも、きっとあの人は。
いえ、もしかしたら。
「・・・考えていても何にもならないわよね。向こうには向こうの考えがあるのだろうし」
取り敢えず落ち着いてじっくり考えてみよう。
夜風で少し冷えた肩を両手で摩りながら、シュリエラは自室へともどり、ベッドに横になった。
浮かない表情のエレアーナを、先ほどから隣に座るケインバッハがちらりちらりと心配そうに見ていた。
暫くはそうして様子を見ていたものの、エレアーナの表情はずっと変わらないまま。
ケインバッハはエレアーナの手に自分の手をそっと重ね、顔を覗き込む。
「どうした? 先ほどからそんな顔をして」
はっと気づいた様子のエレアーナは、慌てて「ごめんなさい、心配かけてしまって」と謝る。
静かに首を横に振るケインに、エレアーナは薄く笑む。
「思い出しておりましたの。アッテンボローさまのお言葉を」
『家格が釣り合わない。かたや伝統あるライブニヒ公爵家、かたや数代前にようやく男爵から伯爵になったばかりの成り上がりだ。とてもじゃないが、お姫さまに来て欲しいとは言えない』
「政略結婚が常である貴族社会では、それが当然と言えば当然の考え方なのは分かっていますが・・・」
一度、エレアーナは考え込むように口を閉じて。
「お辛そうでしたわね。あの時のアッテンボローさまは・・・」
ふう、と溜息を吐くと、重ねられたケインバッハ手に指を絡める。
「・・・こうして何の隔たりもなくお慕いする方と想いを通じ合わせられる事がどれ程の幸運なのか、改めて思い知りましたわ」
そう言って微笑むも、それはどこか儚げで。
見ているケインバッハも切なくなる。
「ああ、そうだな」
そう返すだけで精一杯だった。
ケインはそっとエレアーナの額に唇を落とすと、窓から外を眺めた。
今夜は満月で。
月の光は明るく夜道を照らしている。
それはある者にとっては十分に明るく、ある者にとっては頼りなく、またある者にとってはただただ美しくて。
シュリエラはそんな月の光を、自邸のバルコニーから眺めていた。
夜会のドレスから過ごしやすい部屋着に着替えた後、ぼんやりと夜会で会った一人の男性のことを思い出しながら。
何か言いたげな瞳で、じっと自分を見つめていた人。
面白い人だったわ。
『どこか頭の片隅にでもいい。俺のことを覚えておいてくれないか』
そんな言葉を私に告げた。
燃える炎のような私の髪の色とは正反対の、深い海の底のような群青色の髪。
吸い込まれそうな銀色の瞳は、ケインさまと同じ色だけれど、どこか印象が違っていて。
言葉は淡々として、でも瞳には熱がこもっていて。
それでも何か葛藤しているような、矛盾を孕んだ視線。
面白かった。
面白かったけど。
きっとあの方は、もう一度私にダンスを申し込むつもりはないだろう。
今夜のアレが、最初で最後のダンス。
そうでなければ、あんな言葉を私に言う筈がない。
手すりに肘をつき、空をじっと見つめる。
「あーあ、貴族社会って、本当に面倒だわ」
父や長兄に似て直情的なところが多分にあるシュリエラにとって、腹の中に本音を押し隠して、思ってもいない事を口にするような芸当は高等すぎる。
エレアーナやカトリアナたちのような理解ある友人が出来たから今はなんとかやれているものの、他の令嬢たちとの嫌味や裏取りの応酬に付き合うのは、正直苦手だった。
あっちから突っかかって来るくせに、言い返すと泣くわ喚くわ虐められたと近くの男性に泣きつくわ、よくまあそんなに表情を瞬時に変えられるものだと感心するくらいで。
いつも愚直なまでに真っ直ぐに相手するシュリエラは、自分の性格は貴族の令嬢には向いていない、としみじみと思うのだった。
「・・・水をかけられそうになった時は、少し焦ったけど」
いきなり目の前に現れた大きな背中。
私たちを庇うように立ってくれて。
令嬢たちを問い詰める姿は、正直言って胸がスッとした。
でも、きっとあの人は。
いえ、もしかしたら。
「・・・考えていても何にもならないわよね。向こうには向こうの考えがあるのだろうし」
取り敢えず落ち着いてじっくり考えてみよう。
夜風で少し冷えた肩を両手で摩りながら、シュリエラは自室へともどり、ベッドに横になった。
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