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結婚前夜 それぞれの情景
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式を明日に控え、エレアーナにとって、今日はブライトン邸ですごす最後の夜。
食卓を囲む者たちのそれぞれの面持ちは、少々しんみりとしていたが穏やかなものだった。
生後二か月になるアイスケルヒの娘ミカエライアのぐずる声がたまに響くものの、その他はほぼいつも通りで。
ルシウスとその妻アイリオーレの醸す雰囲気は相応に感傷的だったが、大方の予想通り、アイスケルヒの落ち込み様はかなりのものだった。
「いい加減にしなさい、ケルヒ。お前がそんな顔をしていては、エレが笑顔で式に臨めないだろう?」
「そうですよ。お前にはこんなに素敵な奥さんと娘がいて幸せいっぱいのくせに、我儘が過ぎるというものです」
「・・・そんなことは分かっていますよ、父上、母上。ですが・・・」
どう宥めても文句が止まらないアイスケルヒの腕の中に、気を利かせたアリエラがそっと赤ん坊を置いた。
「貴方にはこの子がいるじゃありませんか、アイスケルヒさま」
「・・・ああ、ミカエライア、私の天使! 私に残された希望はお前だけだ」
頬ずりすして嘆く夫に苦笑しながら、更にとどめの一言を付け加える。
「貴方が嘆くのは、この子の婚姻の時ではないですか? まだまだ先ですよ」
「ぐっ・・・! 想像もしたくない事を言わないでくれ、アリー」
渋面の兄を他所に、エレアーナとアリエラが互いに顏を見合わせて笑いあう。
「いよいよ明日ですね、エレアーナ。おめでとう」
「ありがとうございます、アリエラお義姉さま。わたくし、お義姉さまのような奥さんになれるかしら」
「エレアーナなら必ず幸せになるわ。ケインバッハさまだって、もう貴女にメロメロじゃないの」
「そ、そんな・・・」
頬を染めながら俯く義妹の肩に、アリエラは優しく手を置く。
「貴女のような素敵なご令嬢を義妹に持てて幸せよ。そしてこの先、その幸福はケインバッハさまのものともなる。・・・貴女はきっと、どこにいても美しく花開くでしょうけれど、どうかダイスヒル家で・・・貴女が愛したケインバッハさまのもとで幸せになってちょうだいね」
心のこもった別れの言葉に、エレアーナはただ黙って頷いた。
傍らでは、愛娘を腕に抱えながらその言葉を切なそうに聞いている兄の姿があった。
◇◇◇
「いやぁ、どうも落ち着かないねぇ」
食後のひととき、シュタインゼンは息子ケインバッハと二人でデュールを酌み交わしていた。
「いよいよ明日かぁ。ケインもよく我慢したねぇ」
「・・・どういう意味ですか」
「言葉通りだよ。だってお前、エレアーナ嬢を前にすると、そわそわうろうろ、ずっと落ち着きがなくて、挙動不審で、顏を真っ赤にして、それはもう見てて面白かったからねぇ」
「死にたくなるので止めてください・・・」
がくりと項垂れた息子のグラスに、とくとくとデュールを注ぎ足す。
「褒めてるんだよ。とても可愛くて、構いたくなって、エレアーナ嬢も堪らなかったんじゃないかな?」
「男にとって『可愛い』は誉め言葉ではありません」
むっとしながら、満たされたグラスに口をつける。
珍しく一気に呷る姿に、シュタインゼンは喉を鳴らした。
「相変わらず頭が固いなぁ。エレアーナ嬢はそこに惚れたんだから、いいじゃないか」
「よくありませんよ。好きな女性に・・・か、可愛いなんて思われたくありませんので」
「へぇ?」
口元からグラスを離し、面白そうに目を細める。
「いいじゃないか。『可愛い』ケインで。それもお前の魅力の一つだろ? 持ってる武器は最大限利用するものだよ?」
「り、利用とはまた、不穏な言葉を・・・」
「じゃあ、言い方を変えようか? お前はね、自分に備わったその魅力を最大限に発揮してエレアーナ嬢に迫るのが一番だよ」
「ち、父上・・・?」
戸惑う息子をじっと見つめ、シュタインゼンはことりとグラスをテーブルに置いた。
「ねえ、ケイン。人員を配置するにあたって適材適所があるのと同じように、行動にもそれぞれの最適解というものがあるんだ。その性格に応じて成功への正解は変わる。私やレオンハルト殿下にとっての正解となる行動がお前にとって同じ正解だとは限らないし、寧ろ遠回りになることだってあるんだよ。性格と行動には、それぞれ向き不向きがあるからね」
息子の眼を覗き込むようにじっと見つめながら、シュタインゼンは優しく語りかける。
「惚れた女性の前で格好つけたくなる気持ちも分かるけれど、エレアーナ嬢が惚れたのはありのままのお前だ。だから格好つけようとか隠そうとか思わずに、お前の気持ちをそのまま彼女に伝えるといい。必ず彼女は受け入れてくれるから」
もう、父が何の話をしているか、なんて分かっていた。
抱えている不安を打ち明けたこともなかったのに。
「大丈夫。女性は慈悲深い存在だ。男の愚かしい欲望なんて、海よりも広い心で受け入れてくれるよ」
にっこりと笑いかける父親に、ケインバッハは感心したように呟いた。
「父上は凄い方なんですね・・・」
その言葉に、シュタインゼンは余裕の笑みを崩しはしなかったものの、心の中では「え? 今頃?」と少しばかり悲しくなったりしていた。
食卓を囲む者たちのそれぞれの面持ちは、少々しんみりとしていたが穏やかなものだった。
生後二か月になるアイスケルヒの娘ミカエライアのぐずる声がたまに響くものの、その他はほぼいつも通りで。
ルシウスとその妻アイリオーレの醸す雰囲気は相応に感傷的だったが、大方の予想通り、アイスケルヒの落ち込み様はかなりのものだった。
「いい加減にしなさい、ケルヒ。お前がそんな顔をしていては、エレが笑顔で式に臨めないだろう?」
「そうですよ。お前にはこんなに素敵な奥さんと娘がいて幸せいっぱいのくせに、我儘が過ぎるというものです」
「・・・そんなことは分かっていますよ、父上、母上。ですが・・・」
どう宥めても文句が止まらないアイスケルヒの腕の中に、気を利かせたアリエラがそっと赤ん坊を置いた。
「貴方にはこの子がいるじゃありませんか、アイスケルヒさま」
「・・・ああ、ミカエライア、私の天使! 私に残された希望はお前だけだ」
頬ずりすして嘆く夫に苦笑しながら、更にとどめの一言を付け加える。
「貴方が嘆くのは、この子の婚姻の時ではないですか? まだまだ先ですよ」
「ぐっ・・・! 想像もしたくない事を言わないでくれ、アリー」
渋面の兄を他所に、エレアーナとアリエラが互いに顏を見合わせて笑いあう。
「いよいよ明日ですね、エレアーナ。おめでとう」
「ありがとうございます、アリエラお義姉さま。わたくし、お義姉さまのような奥さんになれるかしら」
「エレアーナなら必ず幸せになるわ。ケインバッハさまだって、もう貴女にメロメロじゃないの」
「そ、そんな・・・」
頬を染めながら俯く義妹の肩に、アリエラは優しく手を置く。
「貴女のような素敵なご令嬢を義妹に持てて幸せよ。そしてこの先、その幸福はケインバッハさまのものともなる。・・・貴女はきっと、どこにいても美しく花開くでしょうけれど、どうかダイスヒル家で・・・貴女が愛したケインバッハさまのもとで幸せになってちょうだいね」
心のこもった別れの言葉に、エレアーナはただ黙って頷いた。
傍らでは、愛娘を腕に抱えながらその言葉を切なそうに聞いている兄の姿があった。
◇◇◇
「いやぁ、どうも落ち着かないねぇ」
食後のひととき、シュタインゼンは息子ケインバッハと二人でデュールを酌み交わしていた。
「いよいよ明日かぁ。ケインもよく我慢したねぇ」
「・・・どういう意味ですか」
「言葉通りだよ。だってお前、エレアーナ嬢を前にすると、そわそわうろうろ、ずっと落ち着きがなくて、挙動不審で、顏を真っ赤にして、それはもう見てて面白かったからねぇ」
「死にたくなるので止めてください・・・」
がくりと項垂れた息子のグラスに、とくとくとデュールを注ぎ足す。
「褒めてるんだよ。とても可愛くて、構いたくなって、エレアーナ嬢も堪らなかったんじゃないかな?」
「男にとって『可愛い』は誉め言葉ではありません」
むっとしながら、満たされたグラスに口をつける。
珍しく一気に呷る姿に、シュタインゼンは喉を鳴らした。
「相変わらず頭が固いなぁ。エレアーナ嬢はそこに惚れたんだから、いいじゃないか」
「よくありませんよ。好きな女性に・・・か、可愛いなんて思われたくありませんので」
「へぇ?」
口元からグラスを離し、面白そうに目を細める。
「いいじゃないか。『可愛い』ケインで。それもお前の魅力の一つだろ? 持ってる武器は最大限利用するものだよ?」
「り、利用とはまた、不穏な言葉を・・・」
「じゃあ、言い方を変えようか? お前はね、自分に備わったその魅力を最大限に発揮してエレアーナ嬢に迫るのが一番だよ」
「ち、父上・・・?」
戸惑う息子をじっと見つめ、シュタインゼンはことりとグラスをテーブルに置いた。
「ねえ、ケイン。人員を配置するにあたって適材適所があるのと同じように、行動にもそれぞれの最適解というものがあるんだ。その性格に応じて成功への正解は変わる。私やレオンハルト殿下にとっての正解となる行動がお前にとって同じ正解だとは限らないし、寧ろ遠回りになることだってあるんだよ。性格と行動には、それぞれ向き不向きがあるからね」
息子の眼を覗き込むようにじっと見つめながら、シュタインゼンは優しく語りかける。
「惚れた女性の前で格好つけたくなる気持ちも分かるけれど、エレアーナ嬢が惚れたのはありのままのお前だ。だから格好つけようとか隠そうとか思わずに、お前の気持ちをそのまま彼女に伝えるといい。必ず彼女は受け入れてくれるから」
もう、父が何の話をしているか、なんて分かっていた。
抱えている不安を打ち明けたこともなかったのに。
「大丈夫。女性は慈悲深い存在だ。男の愚かしい欲望なんて、海よりも広い心で受け入れてくれるよ」
にっこりと笑いかける父親に、ケインバッハは感心したように呟いた。
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