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攻防
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その頃のカリューガ邸では、動揺が広がりつつあった。
「マスカルバーノの娘を襲う者たちからの連絡が来ないままだ」
「賢者さまは無事取り返したというのに、あちらはどうなってるんだ?」
「落ち着け。向こうが約束を違える筈がないではないか」
「だが、こんなに遅いのはどう考えても・・・」
不用心にも潜める事さえしないそれらの声は、部屋に籠っている賢者くずれの耳にも届くほどだ。
部屋に運ばれた食事に手をつける事もせず、ただベッドに腰掛けて様子を伺っていた賢者くずれの男は、それらの慌てふためいた声に、思わず口元からふっと笑いが漏れる。
「愚か者らが・・・」
行動を起こす前に少しは考えてみればいいものを。
その年で正邪も善悪も測ることが出来ないとは。
「・・・もういい頃合いだろう」
男は頭に手をやった。
ぐっと髪を掴めば、バークリーの髪色である黄土色の短髪の塊がずるりと床に落ちる。
そして新たに現れたのは美しい紫の髪。
目のレンズは後で外すか、いや、やはり今取ってしまおう。
作戦のためとはいえ、あの男に化けるのはどうにも気分が悪い。
レンズを外し、長く艶やかな髪を後ろで一つにまとめる。
鼻の上に貼り付けていた肌色の被せもの、口内の両側に入れた詰めもの、そして腹の詰めものを順次取り外していき、丸めていた背を伸ばす。
「ふむ、殿下たちはこの邸に向かっている筈だから、ここを出発されてしまってはまずいな。・・・どうにかして時間を稼がねば」
既に何か月か前から、この邸にもハト数名が召使いとして潜り込んでいる。
そしてリュークが差し向けた見張りが、邸の外に最低でも数名は控えている筈。
だがそれを足しても、人数としては圧倒的に不利であることには変わらない。
「有象無象とはいえ、カリューガ家の者たちにベイベル国の手の者、おまけにスカッチ伯爵家からも応援が来ているとあっては、流石に苦戦しそうだな」
やれやれと言いながら、体をほぐそうと肩を回し始めたところに、扉をノックする音がした。
「賢者さま。お食事はお済みでしょうか。食器を下げに参りました」
この声は。
「・・・入れ」
扉から覗いた顔は、やはり潜り込んでいたハトの一人、ファイだった。
素早く部屋の中に入り、鍵を閉めてベルフェルトの元へと急足で近づく。
「カトリアナ嬢を襲う計画は、どうやらこちらの思惑通り失敗に終わったようです」
「当然だ。ルナフレイア嬢が化けていたのだぞ。あの子が負ける筈がなかろう」
ええまあ、そうなのですが、と何やら生温かい視線を向けてきたが、こほん、と咳払いをして切りかえたようで、ファイは言葉を継いだ。
「まあ、そこは良いんですけどね。ここにいる者たちが慌て始めまして。予定よりも早くここを出るとかなんとか言い出してるんですよ。・・・まあ、ベルフェルトさまなら既にお察しでしょうが」
と、既に変装を解いて臨戦態勢の準備に入っているベルフェルトを、少し遠い目で眺めている。
「・・・流石に苦戦するのではないか、と」
「まあ、そうだろうな」
「ベルフェルトさまがお強いのは重々承知しておりますが、後ここにいるのは私とハスラート、そしてリノだけでございます。門の外には貼り付けていた偵察の者たちが五名いるばかり。対して邸内の人の数は召使たちも含めてですがおよそ五十、他に私兵も六、七十名ほどは抱えています。ここは応援が来るまで、何とかして時間を稼ぎたいところですが・・・」
「上手い方法があればそうしたいところだが、あちらも命がけで謀反行為をしたわけだ。適当な理由では止まらんぞ? オレがここで腹が痛いと言い出したとて、馬車に突っ込まれて終いだろうしな」
流石に顔色を悪くしているファイに、ベルフェルトは懐から袋を二つ取り出すとその手に握らせる。
「・・・これは?」
「火薬玉と癇癪玉だ。この部屋の外には既に幾つか火薬玉の方をばらまいてある。ハスラートとリノにも渡して邸のあちこちに仕掛けておけ。邸内は癇癪玉、外は火薬玉だ。いよいよ移動しそうになったら一斉に火をつけろ。多少の陽動にはなるだろう」
「・・・はい」
「大丈夫だ。お前たちを死なせはしない。とにかくお前たちはあちら側の人間を装って、なるべく多くの場所に仕掛けを頼む」
にこり、と自信たっぷりの妖艶な笑みを浮かべたベルフェルトに、強張っていたファイの表情が少し和らいで。
「すみません。こんなところで弱音を吐くなど・・・では行って参ります」
「ああ、頼むぞ」
注意深く二つの袋を懐にしまうと、手つかずの器を手に、ファイが扉の向こうへと消えていった。
ふう、と息を吐き、ベルフェルトは窓から夜空に浮かぶ月を見上げる。
「応援が来るまで、早くてあと半刻、遅ければ一刻と言ったところか」
あちらは総勢百十数名の大人数、対してこちらは訓練された者たちばかりとはいえ僅か九名。
「正念場だな。・・・どうにかして持ちこたえねば」
その後、ファイやハスラートたちが邸内外に仕掛けた火薬玉、および癇癪玉に火がつけられたのはそれから僅か十分後のこと。
ベルフェルトたちの攻防が始まった。
「マスカルバーノの娘を襲う者たちからの連絡が来ないままだ」
「賢者さまは無事取り返したというのに、あちらはどうなってるんだ?」
「落ち着け。向こうが約束を違える筈がないではないか」
「だが、こんなに遅いのはどう考えても・・・」
不用心にも潜める事さえしないそれらの声は、部屋に籠っている賢者くずれの耳にも届くほどだ。
部屋に運ばれた食事に手をつける事もせず、ただベッドに腰掛けて様子を伺っていた賢者くずれの男は、それらの慌てふためいた声に、思わず口元からふっと笑いが漏れる。
「愚か者らが・・・」
行動を起こす前に少しは考えてみればいいものを。
その年で正邪も善悪も測ることが出来ないとは。
「・・・もういい頃合いだろう」
男は頭に手をやった。
ぐっと髪を掴めば、バークリーの髪色である黄土色の短髪の塊がずるりと床に落ちる。
そして新たに現れたのは美しい紫の髪。
目のレンズは後で外すか、いや、やはり今取ってしまおう。
作戦のためとはいえ、あの男に化けるのはどうにも気分が悪い。
レンズを外し、長く艶やかな髪を後ろで一つにまとめる。
鼻の上に貼り付けていた肌色の被せもの、口内の両側に入れた詰めもの、そして腹の詰めものを順次取り外していき、丸めていた背を伸ばす。
「ふむ、殿下たちはこの邸に向かっている筈だから、ここを出発されてしまってはまずいな。・・・どうにかして時間を稼がねば」
既に何か月か前から、この邸にもハト数名が召使いとして潜り込んでいる。
そしてリュークが差し向けた見張りが、邸の外に最低でも数名は控えている筈。
だがそれを足しても、人数としては圧倒的に不利であることには変わらない。
「有象無象とはいえ、カリューガ家の者たちにベイベル国の手の者、おまけにスカッチ伯爵家からも応援が来ているとあっては、流石に苦戦しそうだな」
やれやれと言いながら、体をほぐそうと肩を回し始めたところに、扉をノックする音がした。
「賢者さま。お食事はお済みでしょうか。食器を下げに参りました」
この声は。
「・・・入れ」
扉から覗いた顔は、やはり潜り込んでいたハトの一人、ファイだった。
素早く部屋の中に入り、鍵を閉めてベルフェルトの元へと急足で近づく。
「カトリアナ嬢を襲う計画は、どうやらこちらの思惑通り失敗に終わったようです」
「当然だ。ルナフレイア嬢が化けていたのだぞ。あの子が負ける筈がなかろう」
ええまあ、そうなのですが、と何やら生温かい視線を向けてきたが、こほん、と咳払いをして切りかえたようで、ファイは言葉を継いだ。
「まあ、そこは良いんですけどね。ここにいる者たちが慌て始めまして。予定よりも早くここを出るとかなんとか言い出してるんですよ。・・・まあ、ベルフェルトさまなら既にお察しでしょうが」
と、既に変装を解いて臨戦態勢の準備に入っているベルフェルトを、少し遠い目で眺めている。
「・・・流石に苦戦するのではないか、と」
「まあ、そうだろうな」
「ベルフェルトさまがお強いのは重々承知しておりますが、後ここにいるのは私とハスラート、そしてリノだけでございます。門の外には貼り付けていた偵察の者たちが五名いるばかり。対して邸内の人の数は召使たちも含めてですがおよそ五十、他に私兵も六、七十名ほどは抱えています。ここは応援が来るまで、何とかして時間を稼ぎたいところですが・・・」
「上手い方法があればそうしたいところだが、あちらも命がけで謀反行為をしたわけだ。適当な理由では止まらんぞ? オレがここで腹が痛いと言い出したとて、馬車に突っ込まれて終いだろうしな」
流石に顔色を悪くしているファイに、ベルフェルトは懐から袋を二つ取り出すとその手に握らせる。
「・・・これは?」
「火薬玉と癇癪玉だ。この部屋の外には既に幾つか火薬玉の方をばらまいてある。ハスラートとリノにも渡して邸のあちこちに仕掛けておけ。邸内は癇癪玉、外は火薬玉だ。いよいよ移動しそうになったら一斉に火をつけろ。多少の陽動にはなるだろう」
「・・・はい」
「大丈夫だ。お前たちを死なせはしない。とにかくお前たちはあちら側の人間を装って、なるべく多くの場所に仕掛けを頼む」
にこり、と自信たっぷりの妖艶な笑みを浮かべたベルフェルトに、強張っていたファイの表情が少し和らいで。
「すみません。こんなところで弱音を吐くなど・・・では行って参ります」
「ああ、頼むぞ」
注意深く二つの袋を懐にしまうと、手つかずの器を手に、ファイが扉の向こうへと消えていった。
ふう、と息を吐き、ベルフェルトは窓から夜空に浮かぶ月を見上げる。
「応援が来るまで、早くてあと半刻、遅ければ一刻と言ったところか」
あちらは総勢百十数名の大人数、対してこちらは訓練された者たちばかりとはいえ僅か九名。
「正念場だな。・・・どうにかして持ちこたえねば」
その後、ファイやハスラートたちが邸内外に仕掛けた火薬玉、および癇癪玉に火がつけられたのはそれから僅か十分後のこと。
ベルフェルトたちの攻防が始まった。
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