【完結】王太子と宰相の一人息子は、とある令嬢に恋をする

冬馬亮

文字の大きさ
238 / 256

驚愕

しおりを挟む
背後から、引き締まった腕にふわりと抱きかかえられる。

気配も感じなかったから、その突然の抱擁にものすごく驚いた。
今の今まで、目の前でおしゃべりしていたマイセンにしてみれば、きっと私の比較にならないくらいの驚きだったろうけれど。

驚いたと同時に、鼻腔をくすぐるスパイシーな香りに体が勝手に反応して、抵抗するよりも喜びが沸き上がる。

だってそれは、会ってまだ一年にもならないというのに、今やすっかり嗅ぎなれた大好きな人の香りだったから。

そう。だから、振り向かなくても分かってしまう。
この腕は、誰のものなのか。
私を抱きかかえたのは誰なのか。

でも、それとは別の、ふとした疑問がむくむくと頭をもたげてきて。
私はまず、それを口にした。

「ベルフェルトさま? ・・・どうしてここに?」

頭の上から、ふ、と笑みが漏れる。

「いきなり背後から抱きしめられて、まず一番に言う言葉がそれか?」

そう言って、いつも人を煙に巻いてばかりの意地っ張りの伯爵さまは笑った。

いや、だって。
ここにいる筈のない人が突然現れたら不思議に思うのも無理はないと思う。

ベルフェルトさまは、今、王太子殿下の婚姻の儀のために王国を訪れた賢者さまに謁見している最中の筈でしょう?




つい先ほど。
そう、つい先ほどまで、ルナフレイアは王城の外にある騎士寮の近くで、マイセンとお喋りをしていた。

まあ、そこを通りがかったのも仕事帰りの事で、マイセンもまた巡回が終わって寮に戻ろうとしていたところを偶然に会ったのだ。

ルナフレイアは現在、少しばかり時間の余裕がある。

デサイファミスで働くのもあと少し。
新しい案件に手を付けると却って引き継ぎの手間がかかるから、という事で、ルナフレアは進行中の任務と書類仕事のみを扱っている。

そして今、ルナフレイアはその書類仕事の一つを片し終わり、宰相のところへ届けた帰りだった。
執務棟からデサイファミスのあるシャガーン宮の地上階へと戻ろうとしていた道すがら、マイセンに声をかけられたのだ。

あと一か月もしたらロッテングルム領に戻ることは、マイセンにも話してあった。
騎士服の紛失事件は捜査に有用に働いた貴重な情報の一つだったから、そのお礼を言いに行った時についでとばかりに話しておいたのだ。

「休みが重なったらの話なんだけどさ」

照れているのか、頬を赤く染めたマイセンが遠慮がちに話し始める。

「領地に戻っちゃう前に、一緒にもう一回ペカンナットに行かない?」

そう誘われて、武器見物が大好きなルナフレイアが喜ばない筈がない。

「もし良かったらさ、教えてもらいたいんだよね。武器の特徴とか、体格に合った武器の選び方とか。ルナってそういうの、詳しそうだから」
「うーん、上手く休みが合うかなぁ」
「ええとね、僕の直近の休みは明々後日かな。その後だと来週の火曜日なんだけど」

仕事に時間的余裕があるとはいえ、それは仕事そのものが休みという訳ではない。
頭の中で、勤務表とにらめっこしながら、該当しそうな休みの日を考える。

「明々後日は無理。そして来週の火曜日は・・・駄目だわ、仕事が入ってる。その後は・・・」
「その後だと来週末なら休みだけど」

ルナフレイアは「来週末なら自分も休みだわ」と、ぱっと瞳を輝かせる。

だがすぐに、何か閃いたようで、マイセンの顔を悪戯っぽく覗き込んだ。

「な、なに?」
「マイセンは、今日はもう仕事は終わり?」
「え? ・・・うん、今日は早上がりだから」
「なら丁度いいかも。実は私も、今日はもうこれで・・・・・・っ!」
「え・・・っ?」


そして、背後から逞しい腕に包まれたわけである。


「ベルフェルトさま? ・・・どうしてここに?」
「・・・ふふ、いきなり背後から抱きしめられて、まず一番に言う言葉がそれか?」

という会話へと続く。

そしてその後、目の前で顔を赤くしたり、目を丸くしたりして忙しいマイセンに向かってベルフェルトが断りを入れてから、本日これからの予定は譲ってもらうことになり。

「ええと、じゃあ・・・ペカンナットの話は、また後でね?」

そう言って、マイセンは寮へと戻って行った。
その足取りがちょっと寂しげだったことは、多分ルナフレイアは気づいていない。
勿論、ベルフェルトは別だけれど。

そんなマイセンの後ろ姿を見送った後、ルナフレイアはベルフェルトの方へと向き直り、その顔を見上げた。

「それで・・・どうなさったんですか? ベルフェルトさまは今日、賢者さまとお会いになる予定でしたよね?」

きょとんとした顔で、そう問いかける。
でも、そんな呑気な顔を彼女が出来たのは、この瞬間まで。

だって、次にベルフェルトが口にした言葉は。

「・・・その賢者殿に諭されて、君に好きだと言いに来た」

そんな告白の台詞だったから。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~

塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます! 2.23完結しました! ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。 相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。 ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。 幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。 好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。 そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。 それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……? 妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話 切なめ恋愛ファンタジー

【完結】脇役令嬢だって死にたくない

⚪︎
恋愛
自分はただの、ヒロインとヒーローの恋愛を発展させるために呆気なく死ぬ脇役令嬢──そんな運命、納得できるわけがない。 ※ざまぁは後半

【完結】王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく

たまこ
恋愛
 10年の間、王子妃教育を受けてきた公爵令嬢シャーロットは、政治的な背景から王子妃候補をクビになってしまう。  多額の慰謝料を貰ったものの、婚約者を見つけることは絶望的な状況であり、シャーロットは結婚は諦めて公爵家の仕事に打ち込む。  もう会えないであろう初恋の相手のことだけを想って、生涯を終えるのだと覚悟していたのだが…。

むにゃむにゃしてたら私にだけ冷たい幼馴染と結婚してました~お飾り妻のはずですが溺愛しすぎじゃないですか⁉~

景華
恋愛
「シリウス・カルバン……むにゃむにゃ……私と結婚、してぇ……むにゃむにゃ」 「……は?」 そんな寝言のせいで、すれ違っていた二人が結婚することに!? 精霊が作りし国ローザニア王国。 セレンシア・ピエラ伯爵令嬢には、国家機密扱いとなるほどの秘密があった。 【寝言の強制実行】。 彼女の寝言で発せられた言葉は絶対だ。 精霊の加護を持つ王太子ですらパシリに使ってしまうほどの強制力。 そしてそんな【寝言の強制実行】のせいで結婚してしまった相手は、彼女の幼馴染で公爵令息にして副騎士団長のシリウス・カルバン。 セレンシアを元々愛してしまったがゆえに彼女の前でだけクールに装ってしまうようになっていたシリウスは、この結婚を機に自分の本当の思いを素直に出していくことを決意し自分の思うがままに溺愛しはじめるが、セレンシアはそれを寝言のせいでおかしくなっているのだと勘違いをしたまま。 それどころか、自分の寝言のせいで結婚してしまっては申し訳ないからと、3年間白い結婚をして離縁しようとまで言い出す始末。 自分の思いを信じてもらえないシリウスは、彼女の【寝言の強制実行】の力を消し去るため、どこかにいるであろう魔法使いを探し出す──!! 大人になるにつれて離れてしまった心と身体の距離が少しずつ縮まって、絡まった糸が解けていく。 すれ違っていた二人の両片思い勘違い恋愛ファンタジー!!

【完結】彼を幸せにする十の方法

玉響なつめ
恋愛
貴族令嬢のフィリアには婚約者がいる。 フィリアが望んで結ばれた婚約、その相手であるキリアンはいつだって冷静だ。 婚約者としての義務は果たしてくれるし常に彼女を尊重してくれる。 しかし、フィリアが望まなければキリアンは動かない。 婚約したのだからいつかは心を開いてくれて、距離も縮まる――そう信じていたフィリアの心は、とある夜会での事件でぽっきり折れてしまった。 婚約を解消することは難しいが、少なくともこれ以上迷惑をかけずに夫婦としてどうあるべきか……フィリアは悩みながらも、キリアンが一番幸せになれる方法を探すために行動を起こすのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも掲載しています。

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】 ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る―― ※他サイトでも投稿中

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

処理中です...