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君の役に立てるなら
しおりを挟むパーシヴァルは暫く庭園で時間を過ごし、漸く心が落ち着いたところで夜会会場に戻った。
ケイトリンは、壁際でダニエルと二人、グラスを片手に談笑していた。
勝手に会場からいなくなった自分が招いた状況とはいえ、美しいケイトリンとハンサムなダニエルが並ぶ姿は、とてもお似合いに見えて、パーシヴァルの胸がつきりと痛む。勝手な自爆に、パーシヴァルはいっそ笑ってしまう。
パーシヴァルを見つけたケイトリンは、「もう」と口を尖らせた。
「パーシーったら、どこに行っていたの? 気がついたらいないんだもの、心配したじゃない」
「そうだぞ、こんな素敵な令嬢を放っていなくなるなんて」
「ごめんごめん」
パーシヴァルは速足で二人に近づいた。
胸はドキドキ、手汗はびっしょり、おまけに気分も最悪だが、パーシヴァルも貴族の端くれ、表情には出ていない・・・筈だ。
ケイトリンは、近くの給仕を呼び止め、飲み物の入ったグラスをもう一つ手に取ると、戻って来たパーシヴァルに、はい、と差し出した。
「ありがとう、ケイト」
そう、パーシヴァルはケイトリンのこういうところも好きなのだ。よく気がついて優しいところ。
一曲踊ってすぐに外に出たきり何も口にしていなかったせいか、喉がひどく乾いていたパーシヴァルは、ぐいっと一気にグラスの中身を呷って、大きく息を吐き出した。
「それで、どこに行っていたの? パーシー」
「・・・新鮮な空気を吸いたくなって、ちょっと庭園に」
「おいおい、余裕ぶって恋人を放置するのは感心しないぞ、行くなら2人で行かないと。夜会会場に令嬢をひとり残して、横から掻っ攫われたらどうするんだ。
相変わらずの朴念仁だな。お前には勿体ないくらいの素敵な令嬢なんだから大切にしろよ。まあ、今回は俺がついてたから良いけどさ」
ずきり、とパーシヴァルの心が音を立てた。
色々と、本当に色々と、パーシヴァルの心を抉るワードがダニエルの口から放たれたからだ。
―――横から掻っ攫われる
―――お前には勿体ない
―――俺がついてたから
・・・知ってるよ。ケイトが僕には勿体ないくらい、綺麗で可愛くて優しい子だってことくらい。
本が好きで、自然が好きで、社交のあれこれが得意でないパーシヴァルは、貴族令息としてさほど人気のある男ではない。
顔もそこそこで、爵位もそこそこ。体格や成績なども全てにおいてそこそこで、突出したところのないパーシヴァルに、美人で頭のいいケイトリンのような恋人ができたのは奇跡だった。
・・・王都の時計塔のてっぺんから飛び降りる勢いで告白したものな。
『ケ、ケ、ケ、ケイトリン・ハップストゥール子爵令嬢! じ、じ、実は僕、ずっと前から、あ、あなたのことを―――』
クラスが変わって関りがなくなってしまう前に。そんな事を考えての決死の覚悟での告白だったけれど、よくよく考えてみたら、同じクラスにいても一度も話をしたことはなかった。
ケイトリンは一瞬、目を見開いて、それから両手で口元を覆って、けれど意外なことに、真っ赤な顔でこくりと頷いてくれたのだ。
どうしてパーシヴァルの告白を受けてくれたのか、告白した本人にとっても謎だった。付き合う相手としては最悪ではないが最善でもない事は当の本人が一番よく知っている。
けれど、臆病なパーシヴァルはケイトリンにそれを聞く勇気がなくて―――クラスが変わった後、最悪の形でそれを知ることになった。
『あの子、ケイトリン。うまいことやったわね。家が没落寸前なんでしょう? 伯爵家の嫡男なら言う事なしじゃないの』
『本当よ。真面目そうな顔して、けっこう計算高いのね。高望みせず、手堅く攻めるところが冷静で怖いわ』
―――ちょっと、暫くの間、教室の扉の前から動けなかった。
でも、その後に少し考えて納得してしまった。
そんな理由でもなければ、僕なんかに頷いてくれる訳がないって。
僕がケイトリンを好きで、ケイトリンが僕の好意を必要としてくれるなら、それでいいって。
どんな理由でも、僕がケイトの役にたてるなら構わないって。
―――ああ、だけど。
「パーシーにダニエルさまのようなお友達がいてよかったわ。お陰で今夜、楽しく過ごせていますもの」
―――こんな役の立ち方は、嫌だったかもな。
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