【完結】僕の恋人が、僕の友人と、蕩けそうな笑顔でダンスを踊るから

冬馬亮

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誰が、誰を

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 ―――ダニエルのお陰で楽しく過ごせてる、か。

 ―――やっぱり、これ・・の出番はないみたいだな。


 パーシヴァルは、ズボンの右ポケットの上に手を伸ばし、その下に隠れている小さい箱の感触を確かめるように何度も撫でた。


 未だ日の目を見ない哀れな婚約指輪、その石は鮮やかな緑のエメラルドだ。それと同じ色をしたケイトリンの眼が、いつも自分を映してくれるのが、とても、とても嬉しかった。

 もしもケイトリンに渡せていたら、きっと彼女の白くて細い指を美しく飾った事だろう。


 ―――考えてみると、こんな綺麗なエメラルドが半年以上も僕のポケットの中で出番待ちのまま終わるって、もの凄く申し訳ない気がする。

 この綺麗な宝石にも、頑張って石を探してくれた従兄弟にも。

 こんな風にダメダメだから、ケイトリンもダニエルの方がいいと思ったんだろうな。


 もはや完璧に後ろ向きな思考にどっぷりと浸かりながら、パーシヴァルは無意識のうちに何度も指輪を隠してあるポケットに触れる。

 だから気づかなかった、いつの間にか会話が途切れていた事に。

 ダニエルとケイトリンの2人が、ポケットを大事そうに何度も摩るパーシヴァルを、じっと見つめている事に。



「・・・?」


 沈黙と視線を感じ、パーシヴァルが漸く顔を上げた。

 そして、パーシヴァルを見つめていた2人とバチっと視線が合う。


 ―――え? なに?


 てっきり2人だけで会話が弾んでいると思っていたパーシヴァルは、2人から向けられる、どこかもの言いたげな視線に動揺し、咄嗟に口を開いた。


「・・・え、ええと、そういえば、ダニエル、ダニエルが帰国なんて珍しいよね。何か用事でもあった?」


 ダニエルは、隣国の学校で難易度の高い専門学科を選択している。
 宿題も試験も多く、勉強漬けの日々。長期休暇の時も滅多に帰国せず、寮で自習に励むのが常なのだ。


 我ながら無難な話題を選択したとパーシヴァルが安堵したのも束の間、ダニエルと、そして何故かケイトリンまでもが微妙な表情を浮かべるではないか。


 ―――なに? 本当に訳が分からないんだけど。




「あ~、俺が帰国した理由・・・」


 ダニエルは視線を泳がせ、決まり悪そうに指で頬を掻いた。


「卒業見込みが立ったってのが、まずあるかな。で、まぁ・・・ヤボ用があって、一度こっちに帰る事にしたんだ。そしたら、会ってみたい人ができてさ」


 訥々とつとつと、ダニエルにしては珍しくは口ごもりながら、でも少し口元を緩ませてそんな言葉を口にした。
 目の下がほんのり赤く見えるのは、気のせいだろうか。


 ―――あれ?


 パーシヴァルはいつもの癖で、ついケイトリンにも視線が行って・・・気がついた。ダニエルの説明を聞いたケイトリンが赤面している。


 ケイトリンに当てはまる言葉があったってこと?


 もしかして『ヤボ用』? それとも―――


 ―――『会ってみたい人』?


 ダニエルは、ケイトリンに会いたかったの?


 もう一度、パーシヴァルは祈るような気持ちで目の前の2人を見た。


 けれど、そんなパーシヴァルの気持ちを嘲笑うかのように、ダニエルとケイトリンは互いに目くばせしたり、頷き合ったりと、2人の間だけで何かが成立していて。


 ―――なんだ。

 もう確定って事か。


 途端、パーシヴァルは、体中から力が抜けていくのを感じた。


「・・・ごめん、ケイト。それにダニエル。僕、ちょっとバルコニーで外の空気吸ってくる。今度は庭じゃないからいいよね・・・?」

「大丈夫? それなら私も行くわ」

「ううん、いいよ。ケイトはダニエルと一緒にいたいでしょ? 僕の事は気にしないでいいから」

「え、パーシー、ちょっ・・・」


 パーシヴァルにしては珍しく、ケイトリンの言葉を最後まで聞かずに背を向けた。

 そして、バルコニーへと足早に向かう。





 3人で話をしていたのとちょうど反対側、フロアを突っ切った先のバルコニーを選んだのは、パーシヴァルなりのせめてもの抵抗だった。全く意味のない抵抗だとは分かっているけれど。


「ふう・・・」


 外のひんやりした空気が肌を撫で、動揺した思考が少しずつ落ち着いていく。


 夜会会場は3階で、バルコニーからは先ほどパーシヴァルがいた庭園がよく見渡せた。
 上から眺める景色は、また違った風情を感じさせる。こんな気分でなければ、きっともっとこの美しさを堪能できたのだろうに。


「・・・あ~あ」


 夜会会場とは、大きなガラス扉一枚で隔られているだけ。

 でも、煌びやかで華やかな夜会より、バルコニーの端っこの方がパーシヴァルにはお似合いな気がした。特に、今のこの情けない自分には。


「フラれちゃった。結局、渡せず仕舞いだったなぁ」


 バルコニーの手すりに体を預け、庭園を見下ろしながらパーシヴァルが呟いた時、背後から声がした。


「誰が、誰にフラれたの?」

「・・・っ」



 恐る恐る、振り向く。


「ねぇ、パーシー。一体なんの話かしら。私にも分かるように教えてくれない? 誰が、誰に、フラれたの?」



 夜会会場とバルコニーを隔てる大きなガラスの扉。

 今は大きく開けられたそこに立つ、ドレス姿のほっそりしたシルエットが、そうパーシヴァルに問いかけた。













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