【完結】僕の恋人が、僕の友人と、蕩けそうな笑顔でダンスを踊るから

冬馬亮

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指輪はどこに

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「え、ケイト? え、なんで? ダニエルはどうしたの?」


 真っ暗なバルコニーにいるパーシヴァルからは、夜会会場の眩しい灯りを背に立つドレス姿の女性のシルエットしか見えない。

 顔も、ドレスの色も、表情も、何もかも見えないけれど、それがケイトリンだとすぐに分かった。


 ケイトリンなら、たとえ変装していたって、あるいは来世で違う生き物に生まれ変わったって、絶対に見分けられる自信がパーシヴァルにはある。


 ―――それを証明する手立ては、残念ながらないけれど。




「俺もいるぞ、パーシー」


 ケイトリンのシルエットの向こう、ガラス扉の陰から、形のいい頭がひょこりと飛び出した。声と台詞からしてダニエルだ。


「・・・ごめん、2人共せっかく来てくれたのに悪いんだけど、少し休んだら戻るから、暫くひとりにしてくれないかな」


 現金だと、パーシヴァルは我ながら思った。

 ケイトリンが追いかけて来てくれたと浮上しかけた心が、ダニエルの声でストンと奈落の底に落っこちる。自分でもびっくりするくらいの乱高下だ。


「まぁそう言うなよ。俺はすぐに退散するからさ。ただちょっといいか? パーシー」

「?」


 ダニエルに名を呼ばれ、庭園の方に敢えて向けていた視線を、声の方へと向ける。相変わらず、表情も何も分からない真っ黒な影、けれど声に少しだけ呆れが混ざっているような気がした。


「俺さ、卒業が確定して、晴れて相手の家の親に婚約を認めてもらえそうなんだ」

「・・・え?」

「それで、プロポーズの前に指輪を用意しようと思ってさ。せっかく帰国したし、うちがよく使う宝石店に行ったんだよ。そしたら、俺が欲しい色の石で最高級品質のものは、今はないって言われた。7か月前に売れちゃったって」

「7か月前・・・」

「まあ取り敢えず、エメラルド鉱山で最高級品を掘り当てたら一番に連絡くれって、頼んで来たけど」


 パーシヴァルは、目をぱちぱちと瞬かせた。



 ―――え? あれ? どういうこと? 売れちゃった石って、エメラルド鉱山って、もしかして、いや、もしかしなくてもこの指輪の石のことだよね?


「半年前には加工が終わって納品したって聞いてたのに、その指輪・・をつけてる令嬢が、どこにも見当たらないんだよ。どんなデザインか見てみたくて参加したのにさ」


 相変わらずの逆光のシルエット。でも、パーシヴァルはなんとなく、ダニエルがニヤリと笑った気がした。


「なあ、パーシー。お前はどう思う? もしかしてそいつ、指輪を贈る前にフラれちゃったのかな?」

「ぐっ」

「あ、それともまごまごしてて、まだポケットの中に入ったままとか。もしかしたら、お前の右ポケットに入ってたりしてな」

「・・・っ」

「俺からはそれだけ。じゃあな、バッチリ決めろよ」


 黒い丸い影が、ガラス扉の向こうへと消えていく。パタンと、ガラス扉が閉まる音がした。


 残ったのは、ずっと黙ってダニエルの話を聞いていたケイトリンと・・・右ポケットを両手で押さえているパーシヴァルの2人だけ。


 何となく事情が分かったような、まだよく分かってないような。

 だがそれでも、パーシヴァルはさっきよりだいぶ頭の中がスッキリした気がした。


 ―――まだ分からない事もあるけど、なんとなく、今ならこれ・・を出して大丈夫かも。


 パーシヴァルは、ぐっと顔を上げ、口を開いた。


「あの、あのあのあの、ケイトリン」


決意した割に、口から出た言葉は途切れ途切れだった。


「実はその、僕のこの右ポケットの中にはですね・・・」

「ちょっと待って、パーシー」


 真っ赤な顔で、ゴニョゴニョ言いながら、右ポケットを示すパーシヴァルを、ケイトリンが制止した。


「まず私たち、ちゃんと話をしましょう。私もパーシーに話していない事があるの。パーシーも私に話があるでしょう? ・・・私の願望かもしれないけど」



 仄暗いバルコニーで。


 ケイトリンの静かな声が、パーシヴァルの耳に届いた。

 


 








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