【完結】 いいえ、あなたを愛した私が悪いのです

冬馬亮

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初日の邂逅

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・・・只のクラスメイトとして適正な距離を保つ、確かにそう決めた筈なのだけれど。


ベアトリーチェは、初日早々どうしたものかと途方に暮れた。



「アンタ、顔色悪いけど大丈夫?」


入学式早々、遅刻して講堂に現れたアレハンドロにそう囁かれ、ベアトリーチェの肩はぴくりと跳ねた。


どうしてここに・・・?


あまりに驚いたベアトリーチェは、暫し言葉を返せずにいた。


だって、彼は前の時、ナタリアと一緒に中央辺りに座っていたのだ。

その時のベアトリーチェは、ナタリアたちの斜め前の席だったから間違いない。


だから今回は一番後ろの席にしたのに。


そんな焦るベアトリーチェの内心など、隣の椅子にどかりと座った彼には知る由もない。


「具合が悪いんなら、保健室に連れて行ってやろうか?」

「・・・い、いいえ」


ゆるゆると首を左右に振った。

だが、アレハンドロは膝の上に乗せた腕で頬杖をつき、じっとベアトリーチェの顔を覗き込んでいる。


「・・・ホントに?」

「だ、大丈夫です。何かあれば、その、後ろにいらっしゃる先生方に声をかけますので」


前回の様に具合を悪くしても、最後列ならばすぐに教師に声をかけて手を貸してもらえる。

この座席にしたのはナタリアとの不必要な接触を避けるためでもあり、具合を悪くした時の自衛策でもあった。

そうだった、のに。


どうしてこの人アレハンドロがここにいるの。なぜナタリアと一緒ではないの?



ベアトリーチェの心の声も、アレハンドロには聞こえない。


「ふ~ん。まあ本人が大丈夫って言うんなら、別に構わないけどさ」


彼の飄々とした態度は巻き戻った後も健在で、こんな時にと我ながら思うけれど、何だか笑いそうになってしまった。


もちろん、ここで笑うなどという愚は犯さない。
ただ彼から視線を逸らし、それ以降は沈黙を貫いただけだ。



だが結局、そのやり取りから約10分後。

ベアトリーチェは背後の教師に抱えられ、保健室へと運ばれる事になる。


そうしてホームルームが終わる頃にようやく自分が属するクラスに戻って来られたのだが。


「あ、来た。もう治ったんだ?」

「・・・どうも」


扉近くの壁にもたれてお喋りしていたアレハンドロに、再び声をかけられてしまった。


悪いことに、いやこれは巻き戻り前の事を考えれば当たり前なのだが、アレハンドロのすぐ側にはナタリアがいて、不思議そうな表情で二人を交互に見比べている。


「あら、知り合いなの? アレハンドロ」

「いや、入学式で席が隣だっただけ」

「ああアレハンドロったら、いきなり遅刻して来たものね。あ、私、ナタリア。ナタリア・オルセンです。同じクラスですよね? どうぞよろしく」

「・・・ベアトリーチェ・ストライダムと申します。どうぞよろしく」


失礼にならない様に、最低限の自己紹介を済ませてから横を通り抜ける。


座席は既に割り振られている。念のため、表を確認してそこに座った。

幸い、ナタリアたちからは少し離れた席だ。


椅子に座ると、ベアトリーチェは思わず溜息を吐いた。


立てた予定と違いすぎる。


なぜか入学して早々、ナタリアと別行動をしていたアレハンドロとは絡んでしまったけれど、ここから先は。


・・・必要最低限。必要最低限。


そう心の中で何度も呪文の様に繰り返していると、隣から可愛らしい声が聞こえてきた。


「あら、ここの席の方? ホームルームの時はいらっしゃらなかった様ですけど、どうかなさいましたの?」


右隣の席のバートランド公爵令嬢だ。

前はあまり話す機会がなかったから、家名しか覚えていないが。


「・・・お恥ずかしい話ですが、入学式の最中に具合を悪くしまして。今まで保健室で休んでおりましたの」

「まあ、それは大変でしたわね。もう大丈夫なのですか?」

「はい。もともと体が弱く、こういう事もしょっちゅうなのです。ですからご心配なく」


バートランド令嬢は優しい笑みを浮かべ、無理はなさならないでね、と続けた。


人好きのする、ホッとする様な笑みだ。


ああそう言えば、とベアトリーチェは思い出す。

この方は友人が多かった。

取り巻きを作って侍らせる、という印象ではない。
複数の令嬢たちと楽しそうに語らう姿を、よく見かけていた様に思うのだ。


・・・ナタリアとの距離を置くためにも、新しい友人を見つけた方がいいだろう。それは分かっているのだけれど。


この方は、自分と友だちになってくれるだろうか。

病弱で、すぐに体調を崩す自分なんかと。


にこにこと微笑みかけるバートランド令嬢からそっと視線を外し、僅かに俯く。


もともと引っ込み思案だったのが、巻き戻り前の記憶のせいで弱気な性格にさらに拍車がかかる。


卑屈になっては駄目、そう思うのに。


幾ばくかの魂胆があったとはいえ、悪意のない申し出をしたつもりで、なのにそれが自分やナタリアたちに最悪の結果を叩きつけてしまった。

その記憶が、今なお鮮明に残るベアトリーチェだ。


楽観的に考えられる理由など、当然ながら今のベアトリーチェには、なくて。


・・・また、何か間違えたら。

今度は違う人を巻き込むのかしら。不幸にしてしまうのかしら。


苛まれるような感覚に、深く項垂れそうになった、その時だった。


「わたくしヴィヴィアン・バートランドと申しますの。せっかく隣同士になったのですもの、仲良くしてくださると嬉しいわ」

「・・・」


降ってきた言葉に、思わず見上げた先にあった優しい笑顔に、ベアトリーチェはホッと息を吐く。


大丈夫。

もうレオポルドに恋焦がれる自分はいない。

身の丈を超えた幸せなど、もう望まない。

だから。


「ベアトリーチェ・ストライダムと申します・・・こんな私ですが、どうか仲良くして下さいませ」

「こちらこそ」


ヴィヴィアンは嬉しそうに微笑んだ。

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