【完結】 いいえ、あなたを愛した私が悪いのです

冬馬亮

文字の大きさ
8 / 128

平穏はいつまで続くものなのか

しおりを挟む
初日、アレハンドロと少しの関わりはあったものの、その後は特に二人と言葉を交わす事もなく、平穏無事に学園での生活を送っていた。


もちろんベアトリーチェの体調は相変わらずだ。


何日か調子が良いと喜べば、その体はすぐに悲鳴を上げる。

そして数日学園を休み、体調が戻ればまた通い始める。


来たり来なかったりのベアトリーチェに、ヴィヴィアンがいなければ友人など一人も出来なかっただろう。

それはきっと、巻き戻り前のベアトリーチェが、ナタリアとそしてアレハンドロしか友人と呼べる存在がいなかった様に。


ヴィヴィアンや、ヴィヴィアン繋がりで出来た友人たちに囲まれ、ベアトリーチェはそっとナタリアに視線を送る。


人懐こく、明るいナタリアは、クラス内の誰とも友好な関係を築いている。
でも、やはり特に仲が良いのはアレハンドロだ。

こうして遠くから見ていると、たいてい二人で一緒にいる。

アレハンドロはアレハンドロで、大商会の息子らしく会話にソツがない。口調は多少乱暴ではあるものの、印象は決して悪くないからだ。


・・・前は、あの中に私もいたのね。


椅子に座ったままのナタリアと机にもたれかかる様にして立っているアレハンドロが笑いながらお喋りをしている、そんな風景はこの教室内ではよく目にするものだ。

非常に仲睦まじい。前は何とも思わなかったけれど、よく自分はあそこに平気な顔で混ざっていられたものだと今は感心しきりだ。


現に、今のクラスでは、あの二人はカップルとして認識されている。これは前にはなかった事だ。

巻き戻り前はベアトリーチェも加わって、いつも三人で行動していたからだろうか。二人は噂にもならなかった。


でも実際はどうなんだろう。ナタリアはアレハンドロに特別な感情は持っていない筈だけれど。


それとも、レオポルドと出会っていないせいで、今回はナタリアとアレハンドロが恋人になるのだろうか。


本当ならナタリアとレオポルドは、そろそろ出会う頃だ。
実のところ、二人が出会うきっかけになった例の模擬戦は、来週に迫っていた。


どう、なるのかしら。


ベアトリーチェはぎゅっと手を握りしめる。


レオポルドへの恋心を捨てたベアトリーチェは、来週の模擬戦も無論、見に行くつもりはない。

ただ、今回の自分の行動の変化のせいで、二人の出会いがなくなってしまう事には、やはり少しばかり良心が痛むのだ。

それでも、自分が関わった事で、以前の様に二人の人生を台無しにはしたくない。助けたつもりが恨まれていたなんて、ベアトリーチェにはトラウマでしかないのだから。


・・・そもそも、自分がなんとかしてあげる、そんな考えが傲慢だったのよ。


あたかも最高の案を思いついたとばかりに、意気揚々と二人に契約結婚を提案したあの日の自分を思い出せば胸が苦しくなった。


「トリーチェ? どうかなさって?」


ずっと静かだったベアトリーチェを気遣うヴィヴィアンの声がして、ハッと我に帰る。


「ううん、なんでもないわ。ありがとう」


不安と迷いを押し隠し、ベアトリーチェは微笑んだ。








色々と考え込んだせいだろうか。
屋敷に戻って来たベアトリーチェは、軽い倦怠感を覚えていた。


夕食の時間まで少し横になっていた方がいいかもしれない、そう思いながら、ベアトリーチェはエントランスで彼女を出迎えた侍女に鞄を預ける。

すると、侍女の隣に立っていた執事が、すっと封筒を差し出した。


「エドガーさまからお手紙が届いております」

「・・・エドガーさまから?」


その名前を聞いただけで、少し気分が明るくなる。


隣国ドリエステに留学したエドガーは、約束通りかなり頻繁に手紙を書いてくれていた。

しかも、留学してからまだ半年程度しか経っていないのに、既に一度ベアトリーチェに会いに帰って来てくれている。


部屋に戻ったベアトリーチェは、急いで手紙の封を切り、便箋を取り出した。


すると、便箋と共に、中から一枚の押し花がひらりと落ちて来る。


「まあ、可愛い花・・・」


この国では見たことのない、エバーグリーンの小さな花。


ベアトリーチェは、押し花をそっと机の上に置いてから手紙に目を通した。


読みながら、時折り笑みが溢れる。


「・・・ふふっ、エドガーさまったら・・・」


怠さはそのまま変わらずあるが、目眩はいつの間にか治っていた。


手紙の頻度は勿論だけれど、その内容もまた巻き戻り前とは全く違う。


研究レポートの様な難しい文章の羅列だった前の手紙は、ベアトリーチェが読んでもあまり意味が分からず、どう返事を書いたらいいものかいつも悩んでいた。

それが今回は、いかにも普通の手紙なのだ。


時節の挨拶から始まり、ドナステラでの生活について、例えば街並みや流行りの食べ物や菓子、ファッションなど、ベアトリーチェにも理解できる事が書かれている。

もちろんエドガーの研究内容についても書かれているにはいるのだが、それもほんの少し、そう「参考文献が少なくて困る」とか「実験で失敗した」とかその程度だ。

そして最後にはいつも「身体に気をつけて。無理はしないで。じゃないと心配で研究に差し障りが出るから」という何ともユーモアと優しさに溢れた言葉で締め括られているのだ。


そして、今回の手紙にはもう一つ、嬉しい知らせが書いてあった。


「来月にまた帰って来て下さるの・・・?」


行ったきり会えなかった前回とは全く違うエドガーの行動は、ベアトリーチェにとって不思議でしかない。だけど。


エドガーから手紙が来るたび、そしてまだ一度だけだけれど帰国して会いに来てくれた時に感じた深い安堵は、ベアトリーチェをこの上なく落ち着かせてくれる。


もう八か月近くレオポルドの顔を見ていない。


そんな事実を、あたかも当たり前の様に、そして心が波立つこともなく受け入れられるくらいには、ベアトリーチェは二度目のこの時に満足していた。
しおりを挟む
感想 57

あなたにおすすめの小説

私は貴方を許さない

白湯子
恋愛
甘やかされて育ってきたエリザベータは皇太子殿下を見た瞬間、前世の記憶を思い出す。無実の罪を着させられ、最期には断頭台で処刑されたことを。 前世の記憶に酷く混乱するも、優しい義弟に支えられ今世では自分のために生きようとするが…。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめる事にしました 〜once again〜

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
【アゼリア亡き後、残された人々のその後の物語】 白血病で僅か20歳でこの世を去った前作のヒロイン、アゼリア。彼女を大切に思っていた人々のその後の物語 ※他サイトでも投稿中

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

私があなたを好きだったころ

豆狸
恋愛
「……エヴァンジェリン。僕には好きな女性がいる。初恋の人なんだ。学園の三年間だけでいいから、聖花祭は彼女と過ごさせてくれ」 ※1/10タグの『婚約解消』を『婚約→白紙撤回』に訂正しました。

許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください> 私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

処理中です...