【完結】 いいえ、あなたを愛した私が悪いのです

冬馬亮

文字の大きさ
9 / 128

見えた人影は彼ではなく

しおりを挟む
それを見つけたのは、ほんの偶然。


ここのところ調子が良くて、珍しく体が軽く感じて、つい調子に乗った。

結果、午後の授業が始まって間もなくベアトリーチェは気分が悪くなって、保健室で休むことになったのだ。


どれくらい眠っていただろうか、一時間も経ってはいないと思うけれど。


ふと目を覚まし、時計を見ようと起き上がった。

保健医の先生は席を外していて、室内にはベアトリーチェひとり。


時間を確認し、ちょうど休み時間であることを知る。
教室に戻ろうか、それともいっそ午後中ずっとここで休んでいようか、と考えながらふと視線を巡らせたその時だ。


「あら・・・あれは・・・」


校舎裏の大きな木の下、ちょうど保健室の窓から見下ろせる場所にナタリアが現れた。


授業の合間の休み時間はニ十分。教室移動を考慮して少し余裕を持たせてはあるものの、校舎裏に出て来る者はそうそういない。


珍しい光景にぼんやりと眺めていると、別校舎の方から走って来るひとつの影が視界の端に映った。


「・・・っ」


まさか。


室内には誰もいないというのに。
ベアトリーチェは、何故か息を潜め、身体を縮こませる。



関わらないと決めた。

なのに不安と期待と困惑がベアトリーチェを襲う。

だがそれも一瞬のことだった。


ナタリアに会いに来た男性はレオポルドではない、全くの別人で。

だが、恐らく騎士訓練科の生徒であるのは間違いないだろう、制服の色が普通科とは違っていた。


盗み見は良くない、そう思いつつ目が離せずにいると、騎士訓練科の生徒が何事かをナタリアに話しかける。
ナタリアはそれに笑顔で頷き、彼は嬉しそうな表情を浮かべて元の騎士訓練科の校舎へと戻っていった。


時間にして、ほんの数分。

ナタリアも次の授業があるせいか、すぐにその場を立ち去っていた。


それを見ていたベアトリーチェは、ほ、と息を吐いた。


「・・・レオポルドさまではなかったのね・・・」


ぽつりとそう呟いて、そこでまだあの模擬戦前だと気付く。


出会っている訳がないのだ。なのに、何を勝手に誤解して、期待して、不安になって。


「・・・はあ・・・ひとりでハラハラして馬鹿みたいだわ」


気が抜けて、そのままぽすりとベッドに倒れ込む。


「やっぱり・・・私が側にいないと二人は出会えないのかしら・・・」


巻き戻り前の、幸せそうに寄り添う二人を思い出し、胸に痛みを覚える。


ナタリアの笑顔が好きだった。
レオポルドの声に胸が震えた。
自分が選ばれなくて悔しかった。
二人を祝福できる優しさを持ち続けたかった。

二人の記憶に残りたかった。


二人の ーーー ナタリアとレオポルドの幸せな未来を導いたかけがえのない友として、死んだ後も二人に覚えていて欲しくて。
そのためなら何だってするつもりだった。


自分でも馬鹿だと思う。

だけど、殺されるあの瞬間までずっと、本当に、心から、嘘偽りなく、ベアトリーチェはナタリアとレオポルドに幸せになってもらいたいと、そう思っていた。

嘘でも、偽りでも、口づけ一つ貰えない白い結婚でも、契約上の関係に過ぎなくても、自分が恋焦がれる人と結婚生活を送ることを許してくれた二人に、せめて自分の死後は幸せに生きて欲しかった。

結果、ナタリアに無残に刺殺されたけれど、痛かったし苦しかったし何もかもが絶望に染まったけれど、それでも。


やはり彼らの不幸は願えない。

だって。
結局。
つまりは。


そう、あの日起きたことは。


種を蒔いたのは自分。あの悲劇を招いたのは、他ならぬ自分なのだ。


「模擬戦は明日・・・」


小さく呟いた後、ベアトリーチェは起き上がった。


今からだと多分、遅刻だろう。でも、今さら横になっていても休める気がしない。


そうして最後の授業を受けに戻ったベアトリーチェだったが、放課後になって、明日の模擬戦を見学しようと持ち掛けたのは、意外なことにヴィヴィアンだった。


「勝ち抜き戦らしいの。まだ騎士でも候補生でもない、学生による模擬戦だけど、なかなか見ごたえがあると評判なのよ」


ヴィヴィアンの他に、仲良くなった二人の令嬢がうんうんと頷く。


もしかしたら、自分が気付いていなかっただけで、彼女たちは前も見学に来ていたのかもしれない。そう考えていると、背後から記憶に馴染んだ声がした。


「あの・・・模擬戦に行くのでしたら、私も一緒させてもらってもいいかしら・・・?」


振り向けば、かつていつも側にいた綺麗な空色の髪があった。


「あら、オルセンさま? あなたもご興味あるの?」

「え、ええ」


嬉しそうにヴィヴィアンたちが問いかけると、ナタリアは少し恥ずかしそうに言葉を継いだ。


「実は、模擬戦を見学しに来て欲しいと騎士訓練科の方に声をかけてもらったのだけど・・・一人で行くのは心細くて・・・」

「まあ、お誘いがあったのですか。素敵」

「そうね。一人はちょっと心もとないわよね。いいですわよ、一緒に行きましょう」

「あらでも、あの人はよろしいの? ほらアレハンドロさん。あなた、あの人の恋人ではなくて?」

「アレハンドロは、そんなんじゃないんです。彼はただの幼馴染みで」


騎士訓練科の生徒からのお誘いと聞き、ヴィヴィアンたちは一旦は受け入れながらもアレハンドロの存在を思い出すが、ただの幼馴染みと否定する様子に、噂は噂でしかなかったのね、とそれ以上の追 追及はなく。


会話が途切れるのを待っていたベアトリーチェは、ここで口を開いて断りを入れた。

折よく今日、調子を悪くして保健室に行ったばかり。

それを理由に断れば、誰も不思議には思わなかった。


だけど、これで自分が関わらずともナタリアはレオポルドと出会える筈。


ほ、と安堵の息を吐き、ひとり友人たちの輪から外れたベアトリーチェは、先に帰ろうとして扉に向かって、そこで。


扉向こうにアレハンドロが立っている事に気づいた。


「・・・」


言葉は出なかった。いや、出せなかった。

ただ静かに、黙って会釈だけして通り過ぎる。



アレハンドロもまた、ベアトリーチェに何も言わなかった。


いや、そもそも彼の視界にはベアトリーチェなど映っていなかったのかもしれない。


アレハンドロはただ、今も模擬戦の話で盛り上がるナタリアたちにその昏い瞳を向けていただけ。


ただ、それだけだったから。

しおりを挟む
感想 57

あなたにおすすめの小説

私は貴方を許さない

白湯子
恋愛
甘やかされて育ってきたエリザベータは皇太子殿下を見た瞬間、前世の記憶を思い出す。無実の罪を着させられ、最期には断頭台で処刑されたことを。 前世の記憶に酷く混乱するも、優しい義弟に支えられ今世では自分のために生きようとするが…。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめる事にしました 〜once again〜

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
【アゼリア亡き後、残された人々のその後の物語】 白血病で僅か20歳でこの世を去った前作のヒロイン、アゼリア。彼女を大切に思っていた人々のその後の物語 ※他サイトでも投稿中

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

私があなたを好きだったころ

豆狸
恋愛
「……エヴァンジェリン。僕には好きな女性がいる。初恋の人なんだ。学園の三年間だけでいいから、聖花祭は彼女と過ごさせてくれ」 ※1/10タグの『婚約解消』を『婚約→白紙撤回』に訂正しました。

許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください> 私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

処理中です...