【完結】 いいえ、あなたを愛した私が悪いのです

冬馬亮

文字の大きさ
21 / 128

知らない再従姉弟

しおりを挟む


「おはよう、トリーチェ。今朝は素敵な方とご一緒なのね」

「おはよう、ヴィヴィアン。あの、こちらは、ええと・・・わた、私の」


もたもたと口籠るベアトリーチェに続き、その『素敵な方』が後を引き受け、口を開く。


「おはようございます。トリーチェの再従姉弟はとこのマルケス・セルムと言います。今年入学したのですが、領地が遠いのでトリーチェの家から通わせてもらう事になりまして」

「まあ、それで馬車もご一緒でしたのね」

「はい。トリーチェが卒業するまでの一年間、ずっと同じ馬車で通わせてもらうんです」

「そうだったの。あ、わたくしったら、まだ名前も言ってなかったわ。ヴィヴィアン・バートランドと申します。どうぞよろしくね、マルケスさま」

「こちらこそよろしくお願いします、バートランド令嬢。トリーチェにこんな素敵なお友だちがいると分かって安心しました。体が弱いせいか、人付き合いに臆病なところがあるから心配してたんです」

「・・・」


すごいわね、この人。こんなにそれっぽく喋れるなんて。


ベアトリーチェは、昨夜初めて顔を会わせたばかりの自称ベアトリーチェの再従姉弟がペラペラと語る様を、半ば感心しながら見守っていた。









「護衛・・・私にですか、お兄さま?」

「ああ。名をマルケスと言う。お前の再従姉弟という触れ込みで側におく事にした」

「マルケスです。よろしくお願いします!」

「はと、こ・・・」


明日から学園での第三学年が始まるという日の夜。

レンブラントに呼ばれ彼の私室を訪れたベアトリーチェは、そこで可愛らしい顔立ちの茶髪の少年と引き合わされた --- 再従姉弟として。

当然ながら、ベアトリーチェにそんな再従姉弟は存在しない。


だが、レンブラントはそんな初対面の自称(他称?)再従姉弟と、明日から同じ馬車で通学しろと言う。


「こいつには新入生として学園に潜入してもらう」

「新入生・・・」

「はい。明日からベアトリーチェさまと同じ学園の一年生として一緒に通わせてもらいます。よろしくね!」

「え、ええ。よろしく・・・」


キラキラした邪気のない笑みを浮かべて明るく挨拶するマルケスに、ベアトリーチェは口籠もりながらコクコクと頷いた。


「マルケスの役目はお前の通学時および学園内での護衛だ」

「あの、でもお兄さま。確か馬車には、御者とは別に護衛が一名乗りますよね?」

「一名で足りない場合もあるかもしれないだろ。それにその護衛は学園内には入れない」

「学園内・・・確かにそうですね」


ベアトリーチェが巻き戻り前の人生を打ち明けてから数週間後、進級と同時に兄が彼女に付けたのがマルケスだった。


ふわふわ巻毛の美少年であるマルケスは、とてもそうは見えないが、兄によれば剣の達人なのだとか。


「今回の新入生の中にはレジェス商会の縁者もいる。マルケスにはお前の通学時の護衛の他に、そっちの調査も頼んだ」

「まあ」


どうやら彼には色々と役目がある様だが、こんな年若い少年に無茶を言い過ぎではないだろうか。


「人使いが荒いなぁ、レンブラントさまは。せっかく二度目の学園生活を送れる事になったのに、そんなに色々と仕事を詰められたら楽しめないじゃないですか」

「・・・二度目?」


思わぬ言葉に、ベアトリーチェが問い返した。


それも仕方がないだろう、目の前の男はどこをどう見ても、十四か十五の少年にしか見えないのだ。

それをレンブラントはふん、と鼻で笑う。


「とっくの昔に卒業した奴が、もう一度学園生活を謳歌する必要がどこにあるんだ?」

「でも、九年ぶりですよ? ものすごく楽しみにしてたのになぁ。ああ残念」

「お前に学園生活をもう一度送らせるためにここに呼んだ訳じゃない。トリーチェの護衛に適任だからだ。分かったら直ぐにその煩い口を閉じろ」

「はぁい、分かりました。レンブラントさまって本当にケチですよね。楽しい仕事かと思って引き受けたのに」

「侯爵家の影のくせに仕事の選り好みをするな、馬鹿者」

「おお、怖っ」


目の前でぽんぽんと進んでいく会話の内容に、ベアトリーチェはひとり唖然としていた。

頭が情報に追いつかないのだ。


目の前の、どう見ても幼なげな印象を与える中性的な美少年が、実は九年前に学園を卒業していると言う。


え? ちょっと待って。
そしたらマルケスって本当は何歳なの?
学園の卒業が十七歳だから・・・


などと全く違う事を、あれこれと考えていたものだから。


それからの兄とマルケスの話など、ベアトリーチェの耳には何も入っていなかった。




そうして今朝、気がつけば制服姿のマルケスが立っていて。

実は護衛だが再従姉弟という仮の姿で紹介した彼は、ベアトリーチェのすぐ横でにこにことヴィヴィアンとお喋りをしている。


・・・護衛、なのよね。


学生だから当たり前なのだが、帯剣はしておらず。

筋肉隆々という訳でもない。むしろほっそり痩せ型だ。身長は平均の一年生より高いけれどそれは当然なのだろう。なにせ彼は九年前に卒業した身、もう立派な大人なのだ。


というか、その歳で学生たちに混じっていても違和感がないとはどういう事なのだろう、ベアトリーチェは不思議で堪らない。


自分の身に何かあるなどと決して考えたくはないが、もし何かあった時に、本当にこの見た目年齢十五歳が自分を守ってくれるのだろうか。


・・・でも、どうして今さら私に護衛なんて。


ベアトリーチェは、まず何よりもそこが気になって仕方ない。


兄は無駄なことは一切しない。なんといっても究極の現実主義者なのだ。

「影」とか言う物騒な言葉が兄との会話で聞こえた様な気がしないでもないベアトリーチェは、どうやらレンブラントが行動を開始したのだろうと思い至る。
 
そう、きっとアレハンドロ関連で。






「じゃあトリーチェ。僕は入学式だからあっちに行くね」


昨夜は確かに茶髪だった彼は、今朝は鮮やかな赤紫の髪になっていた。

遠縁という設定に信憑性を持たせるために近い色に染めたのだろうか、用意周到な事だとベアトリーチェは思った。


手を振るマルケスにベアトリーチェもまた手を振り返す。そして、今朝の見送り時、ベアトリーチェたちを見送った兄を思い出す。


口をパクパクさせて『頑張れよ』と密やかなメッセージをベアトリーチェに送っていた。


ああそうだ。そうなのだ。兄が動いたという事は。


アレハンドロは本当に何かをやっていた、つまりそういう事だ。

今もまだ、未練がましく心のどこかで願っていた。あのアレハンドロのぶっきらぼうな優しさが本当であればいいと。自分の推測が間違っていればいいと。でもやはり、そうはならなかったのだ。


今の人生では、アレハンドロとはさしたる関わりも持たずに過ごしてきた。けれど前の人生では、ナタリアほどではなくてもかなり仲良くしていたつもりだ。

そのアレハンドロが想定通りに敵だとするならば。

本当に・・・本当に、あの未来を回避するための闘いが始まってしまったのだ、とベアトリーチェは思い知る。


きっと、もう甘いことなど言ってはいられない。


アレハンドロ。

あなたと、そしてナタリアと三人で過ごしたあの時間は、あの時の自分の人生においてかけがえのないものだったなんて。

そんな事は、もう。


しおりを挟む
感想 57

あなたにおすすめの小説

私は貴方を許さない

白湯子
恋愛
甘やかされて育ってきたエリザベータは皇太子殿下を見た瞬間、前世の記憶を思い出す。無実の罪を着させられ、最期には断頭台で処刑されたことを。 前世の記憶に酷く混乱するも、優しい義弟に支えられ今世では自分のために生きようとするが…。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめる事にしました 〜once again〜

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
【アゼリア亡き後、残された人々のその後の物語】 白血病で僅か20歳でこの世を去った前作のヒロイン、アゼリア。彼女を大切に思っていた人々のその後の物語 ※他サイトでも投稿中

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

私があなたを好きだったころ

豆狸
恋愛
「……エヴァンジェリン。僕には好きな女性がいる。初恋の人なんだ。学園の三年間だけでいいから、聖花祭は彼女と過ごさせてくれ」 ※1/10タグの『婚約解消』を『婚約→白紙撤回』に訂正しました。

許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください> 私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

処理中です...