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闇の中、事は進む
夜の静けさの中、扉をノックする音がやけに大きく響いた。
少しの間の後、ゆっくりと扉が開く。中から顔を覗かせたのはエドガーだ。
既に寝支度を整えた後の彼は、扉を叩いた人物を見て、不思議そうな表情を浮かべる。
「・・・レン?」
「こんな遅くに済まない、エドガー。お前に伝えておきたい事があってな」
「・・・何かあったのかい?」
「ああ。時間がないから説明は後になるけど、ちょっと今から出ることになった。この屋敷は大丈夫だと思うけど、念のため声をかけてから行こうと思って」
エドガーの表情が引き締まる。
「・・・僕も行こうか?」
「いや」
レンブラントは軽く首を横に振った。
「お前はここに・・・トリーチェの側にいてくれ」
「・・・分かった」
「頼んだ」
レンブラントは踵を返し、照明が落とされた薄暗い廊下を歩いて行く。
「気をつけて」
エドガーは、親友の後ろ姿が闇に溶け込むのを静かに見送った。
「・・・」
ここは、どこ?
瞼を開けた後、ぼんやりと視線を彷徨わせながらそんな事を考えていると、近くで何かが動く気配がした。
「目が覚めた? ナタリア」
声が聞こえた方へと視線を向ける。
身体がどうしようもなく重く感じ、ナタリアは首だけを動かした。
「・・・アレハンドロ・・・」
ナタリアは、自分が横たわるベッド側の椅子に座る幼馴染みの名を口にした。
「おはよ・・・って言っても、まだ夜だけどな」
そう言って、ナタリアの顔を上から覗き込んだアレハンドロの表情は、照明を背にしていてよく見えない。
口調からすると、笑っているのだろうか。
「ここは・・・?」
「俺の隠れ家」
「かくれ、が?」
「そう。秘密基地とも言う」
そう言うと、アレハンドロはくく、と笑った。
「なんで私、ここにいるの? それに何だか身体があまり動かない・・・」
「ああ、それはね」
アレハンドロは手を伸ばし、ナタリアの髪をそっと撫でる。
「薬がまだ抜けてないせいだよ」
「くす、り・・・?」
「そう」
「どうして、薬・・・?」
今もまだぼんやりとした思考のままアレハンドロと言葉を交わすナタリアの耳に、ぎし、とベッドが軋む音がした。
「なぁナタリア」
「・・・?」
思考がままならないのは薬のせいか、それとも本人の危機管理能力の低さからなのか。
ベッドに横たわる自分にのしかかろうとする目の前の男に対し、ナタリアの目に恐怖はない。
あるいは、これがアレハンドロがナタリアに時間をかけて植えつけた信頼と安心感の成果なのかもしれない。
それは、この後すぐに崩れる事になるのだけれど。
「お前が昼間・・・馬車で一緒にいた男は・・・だれ?」
「・・・?」
気のせいだろうか。
アレハンドロの声音がいつもと違う。
いつもの、そうまるで兄のように優しく、時に揶揄い、少し意地悪で、でも最後には仕方ないなと手を貸してくれる、そんな甘えを許してくれていた筈の声が、今はまるで別人のようだ。
「アレハンドロ・・・?」
「答えろ。あの男は誰だ」
「・・・っ」
ぎり、と手首を強く掴まれる。
痛みでナタリアの顔が歪んだ。
「あいつがやっと視界から消えそうだと安心してたら、もう別の男を見つけたか。随分と節操がない女だな、お前は」
「・・・っ⁈」
ナタリアは訳が分からず、ただ目を瞠った。
目の前の優しい幼馴染みの豹変も、詰られている言葉の意味も、全てが理解出来ないままだ。
「お前を直接泣かせるのは他の奴らの役目だった、そしてお前を笑わせるのが俺の役目。お前はそれに合わせて泣いたり笑ったりしてりゃ良かったんだ。なのに、お前は」
「アレハンドロ」
「お前は自分の役割をちっとも分かっていない。お前には恋も愛も必要ないんだ。人も、物も、場所も、思い出も、どれも不要なものばかりなのに」
「・・・アレハンドロ」
「俺の望む時に泣いて、俺の望む時に笑う、そうやって一生を終えればいい。それで良かった、それだけで良かったんだ」
「アレ、ハンドロ」
「なのにお前は」
す、とアレハンドロの手が伸び、ナタリアの首元に置かれる。
そして一回、僅かにその手に力がこめられた。
「ふふっ、このまま力を入れ続けたら、お前は直ぐに死んじまうな」
ナタリアを覗き込むアレハンドロの目がスッと細くなった、気がした。
「そんな顔するなよ。本当にそうしたくなっちゃうじゃないか。あ、それともお前、死にたかったんだっけ」
「・・・」
「でも」
表情は今も見えないまま。だが口調はどこまでも楽しげだ。
「お前まで死ぬのは許さないよ」
ナタリアには目の前のアレハンドロがどうしても自分のよく知る彼と重ならず、ただただ混乱するばかり。
「言えよ。一緒に馬車に乗ってたあの男は誰だ」
「馬、車」
「そう。今日、馬車に乗って帰って来たろ? 行く時は歩きだったのに」
「・・・夕飯の、買い出しに行った時の」
「そう、それ」
会う約束もしていないのに何故アレハンドロがいたのかとか、ナタリアにそこまで問い尋ねる必要があるのかとか、そもそも説明する義理などないのではとか、そんな当然の疑問がナタリアに浮かぶ筈もなく。
ただ目の前の男に圧倒され、ナタリアは素直に言葉を返した。
「ス、ストライダムさまと、そのお友だちの方が、雨に濡れて困っていた私を、ば、馬車に乗せてくれたの。それだけよ」
「ストライダム? ベアトリーチェ・ストライダムのことか?」
その名に、アレハンドロの声が一段と低くなる。
「そう、その方よ。アレハンドロが見たその男の人は、ストライダムさまのお知り合いの方で。とても仲が良さそうだったから、もしかしたら恋人かもしれない」
「恋人? あのレオポルドひとすじの女がか?」
「え?」
思わず漏れた言葉に、ナタリアが目を瞬かせる。
「アレハンドロ・・・今、なんて? ストライダムさまが・・・レオを?」
震える声で、アレハンドロに問い返す。
アレハンドロが組み敷いた彼女の顔色は、真っ青だった。
「・・・そう言えば」
少し考え、アレハンドロは口を開く。
「ナタリア。お前はまだ、自分の犯した愚かな罪を知らないままだったな」
そう言ってナタリアの髪を手ですく目の前の幼馴染みは、まるで知らない人のようだとナタリアは思った。
アレハンドロがどんな表情をしているのか、今なおナタリアには見えていない。だが彼は優しくこう続けた。
「少しだけ昔話をしようか」
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