【完結】 いいえ、あなたを愛した私が悪いのです

冬馬亮

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そしてベアトリーチェは殺された --- 逆行前



ナタリアの眼から、ぽろぼろと涙があふれ出す。


少しずつ意識が浮上し始めたのか、それまで人形の様に動かなかった表情が僅かに歪んだ。


「愚かで可愛いナタリア。もう諦めろ。お前は裏切られたんだ。レオポルドは永遠にお前のものにならない」

「あ・・・」

「あの小狡い女が全て奪った。薬が完成すると知っていて、お前を騙したんだ」

「ち、が・・・」

「大丈夫、心配いらない。俺の隠れ家に着いたらこの書類にサインだけしてくれればそれで良い。お前は何もかも忘れて俺の側に居ろ」


ぽたぽたと流れ続ける涙はダイヤモンドの様に美しいと、アレハンドロは思った。

これまで何度もナタリアの涙を見てきたけれど、間違いなく今回が一番だ。


「嘘・・・トリーチェは、そんなひと、じゃ、ない。私の、友だち・・・だ、もの」

「陰で裏切る様な奴は友だちじゃない」

「レ・・・レオだって、わ、私のこと、愛し、てるって・・・」

「だけどベアトリーチェを妻にした」

「だって・・・」

「あいつは、お前を、選ばなかった」


俺が選ばせないようにしたんだけど、とアレハンドロは心の中で付け加える。


「えら、ばなか、た」

「そう」


アレハンドロは笑みを深くする。

暗示薬の効果が出て来た様だ。


「ベアトリーチェはお前を裏切った」

「うら、うらぎった」

「開発された薬でベアトリーチェは元気になる。あいつは、正妻の座をお前に譲ることはない」

「トリーチェ、元気に、なって・・・わた、しに、レオをゆず、らない」

「そうだ」

「うそ」

「嘘じゃない」

「トリーチェが、そんな事をする、筈が」

「ベアトリーチェは、そんな奴だ」

「トリーチェは、そんな、奴・・・」


回らなかった呂律が、段々とハッキリしてきた。


これでいい。後は家に戻って証明書にサインをさせれば。

そう思い、最後にサインの話をもう一度、ナタリアの意識に刷り込もうとした時。


馬車がスピードを落とす。


「もうじきライナルファ侯爵家に到着致します」


御者のダミ声が響いた。


「ああ、ちょっと待て。ライナルファ家に行くのは・・・」


止めだ、そのまま俺の屋敷に向かってくれ、そう言おうとして、遮られた。


ーーー ナタリアの声に。



「ライナルファ、侯爵家・・・レオと、トリーチェの家・・・嫌よ、どうして」


そこまでゆっくりと呟いていたかと思えば、ナタリアはいきなりカッと目を見開いた。


その迫力に、一瞬アレハンドロが怯む。


ナタリアはアレハンドロに手を伸ばし、胸元の裏ポケットからナイフを抜き取った。

それは昔、アレハンドロが自慢げにナタリアに見せたもの。自衛のために持ち歩いているのだと見せびらかした物の一つだ。


「・・・ナタリア・・・ッ!」


ガクン、と馬車が止まる。


ナタリアは馬車の扉を開き、勢いよく飛び出した。


「待てっ、何を・・・っ、ナタリアッ!」


アレハンドロは慌てて追いかける。


ライナルファ侯爵家には客人が来ていたらしく、エントランスの扉は開かれたまま、執事と見慣れぬ男が話をしていた。

側には屋敷のメイドたちが数人控えている。


ナタリアはそれらの人々に一瞥する事もなく通り過ぎ、真っ直ぐに階段へと向かって行く。


予期せぬ人物の登場に驚き固まる人々をよそに、ナタリアは階段を勢いよく駆け上がる。


向かっているのは、ベアトリーチェの部屋だ。


「待て、ナタリアッ!」


ナタリアのこの先の行動を予測したアレハンドロは青ざめた。


アレハンドロは必死で叫ぶが、その声はナタリアに届かない。いや、届いていても彼女の心には響いていない。


ナタリアの名前を口にしながらアレハンドロもまたエントランスを抜け、階段に向かおうとした時、一階の廊下にレオポルドが現れた。


ここでの騒ぎを不審に思ったのか、あるいは先ほどから呆然と立ちつくす客人を出迎えに来たのか、どちらなのかは分からないが、困惑している事だけは確かだ。


アレハンドロは、自分よりも階段に近い位置にいるレオポルドに向かって叫んだ。


「・・・レオポルド、ナタリアを止めろっ! 行き先は、恐らくベアトリーチェの部屋だ! あいつは・・・ナイフを持ってる・・・っ!」

「「「・・・っ!」」」


その場にいて固まっていた者たちは全員、息を呑んだ。


まず一番に二階に駆け上がったのは、最も階段の近くにいたレオポルド、それに続いたのが意外にもそこに居合わせた客人だった。

その後ろを追いかけるのがアレハンドロと執事。


一拍遅れて、我に帰った使用人たちも続く。


二階の廊下の先から、高い声が、ナタリアの叫び声が響いてくる。


「嘘つき、嘘つきっ! 貴女を信じて待ってたのに・・・っ!」


レオポルドが、客人が、アレハンドロたちが走る。

やがて、目指した部屋が目に入ると・・・入り口にメイド服を着た女性が倒れているのが見えた。


「マーサ・・・ッ?」


不思議なことに、倒れたメイドの名前を呼んだのは、その客人だった。


部屋の入り口に着く。

中の様子を目にして、そこに辿り着いた者たちの動きが一瞬、止まった。



「約束通り、死んでよっ。ちゃんと、ちゃんと死んでっ! レオをっ、レオポルドを私に返して・・・」


ナタリアがベアトリーチェの身体の上に馬乗りになって。


アレハンドロから奪ったナイフを振り下ろす。


ぽたぽたと涙を溢しながら。

何度も、何度も。



ベアトリーチェの身体に向けて。




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