【完結】 いいえ、あなたを愛した私が悪いのです

冬馬亮

文字の大きさ
45 / 128

そしてベアトリーチェは殺された --- 逆行前

しおりを挟む


ナタリアの眼から、ぽろぼろと涙があふれ出す。


少しずつ意識が浮上し始めたのか、それまで人形の様に動かなかった表情が僅かに歪んだ。


「愚かで可愛いナタリア。もう諦めろ。お前は裏切られたんだ。レオポルドは永遠にお前のものにならない」

「あ・・・」

「あの小狡い女が全て奪った。薬が完成すると知っていて、お前を騙したんだ」

「ち、が・・・」

「大丈夫、心配いらない。俺の隠れ家に着いたらこの書類にサインだけしてくれればそれで良い。お前は何もかも忘れて俺の側に居ろ」


ぽたぽたと流れ続ける涙はダイヤモンドの様に美しいと、アレハンドロは思った。

これまで何度もナタリアの涙を見てきたけれど、間違いなく今回が一番だ。


「嘘・・・トリーチェは、そんなひと、じゃ、ない。私の、友だち・・・だ、もの」

「陰で裏切る様な奴は友だちじゃない」

「レ・・・レオだって、わ、私のこと、愛し、てるって・・・」

「だけどベアトリーチェを妻にした」

「だって・・・」

「あいつは、お前を、選ばなかった」


俺が選ばせないようにしたんだけど、とアレハンドロは心の中で付け加える。


「えら、ばなか、た」

「そう」


アレハンドロは笑みを深くする。

暗示薬の効果が出て来た様だ。


「ベアトリーチェはお前を裏切った」

「うら、うらぎった」

「開発された薬でベアトリーチェは元気になる。あいつは、正妻の座をお前に譲ることはない」

「トリーチェ、元気に、なって・・・わた、しに、レオをゆず、らない」

「そうだ」

「うそ」

「嘘じゃない」

「トリーチェが、そんな事をする、筈が」

「ベアトリーチェは、そんな奴だ」

「トリーチェは、そんな、奴・・・」


回らなかった呂律が、段々とハッキリしてきた。


これでいい。後は家に戻って証明書にサインをさせれば。

そう思い、最後にサインの話をもう一度、ナタリアの意識に刷り込もうとした時。


馬車がスピードを落とす。


「もうじきライナルファ侯爵家に到着致します」


御者のダミ声が響いた。


「ああ、ちょっと待て。ライナルファ家に行くのは・・・」


止めだ、そのまま俺の屋敷に向かってくれ、そう言おうとして、遮られた。


ーーー ナタリアの声に。



「ライナルファ、侯爵家・・・レオと、トリーチェの家・・・嫌よ、どうして」


そこまでゆっくりと呟いていたかと思えば、ナタリアはいきなりカッと目を見開いた。


その迫力に、一瞬アレハンドロが怯む。


ナタリアはアレハンドロに手を伸ばし、胸元の裏ポケットからナイフを抜き取った。

それは昔、アレハンドロが自慢げにナタリアに見せたもの。自衛のために持ち歩いているのだと見せびらかした物の一つだ。


「・・・ナタリア・・・ッ!」


ガクン、と馬車が止まる。


ナタリアは馬車の扉を開き、勢いよく飛び出した。


「待てっ、何を・・・っ、ナタリアッ!」


アレハンドロは慌てて追いかける。


ライナルファ侯爵家には客人が来ていたらしく、エントランスの扉は開かれたまま、執事と見慣れぬ男が話をしていた。

側には屋敷のメイドたちが数人控えている。


ナタリアはそれらの人々に一瞥する事もなく通り過ぎ、真っ直ぐに階段へと向かって行く。


予期せぬ人物の登場に驚き固まる人々をよそに、ナタリアは階段を勢いよく駆け上がる。


向かっているのは、ベアトリーチェの部屋だ。


「待て、ナタリアッ!」


ナタリアのこの先の行動を予測したアレハンドロは青ざめた。


アレハンドロは必死で叫ぶが、その声はナタリアに届かない。いや、届いていても彼女の心には響いていない。


ナタリアの名前を口にしながらアレハンドロもまたエントランスを抜け、階段に向かおうとした時、一階の廊下にレオポルドが現れた。


ここでの騒ぎを不審に思ったのか、あるいは先ほどから呆然と立ちつくす客人を出迎えに来たのか、どちらなのかは分からないが、困惑している事だけは確かだ。


アレハンドロは、自分よりも階段に近い位置にいるレオポルドに向かって叫んだ。


「・・・レオポルド、ナタリアを止めろっ! 行き先は、恐らくベアトリーチェの部屋だ! あいつは・・・ナイフを持ってる・・・っ!」

「「「・・・っ!」」」


その場にいて固まっていた者たちは全員、息を呑んだ。


まず一番に二階に駆け上がったのは、最も階段の近くにいたレオポルド、それに続いたのが意外にもそこに居合わせた客人だった。

その後ろを追いかけるのがアレハンドロと執事。


一拍遅れて、我に帰った使用人たちも続く。


二階の廊下の先から、高い声が、ナタリアの叫び声が響いてくる。


「嘘つき、嘘つきっ! 貴女を信じて待ってたのに・・・っ!」


レオポルドが、客人が、アレハンドロたちが走る。

やがて、目指した部屋が目に入ると・・・入り口にメイド服を着た女性が倒れているのが見えた。


「マーサ・・・ッ?」


不思議なことに、倒れたメイドの名前を呼んだのは、その客人だった。


部屋の入り口に着く。

中の様子を目にして、そこに辿り着いた者たちの動きが一瞬、止まった。



「約束通り、死んでよっ。ちゃんと、ちゃんと死んでっ! レオをっ、レオポルドを私に返して・・・」


ナタリアがベアトリーチェの身体の上に馬乗りになって。


アレハンドロから奪ったナイフを振り下ろす。


ぽたぽたと涙を溢しながら。

何度も、何度も。



ベアトリーチェの身体に向けて。




しおりを挟む
感想 57

あなたにおすすめの小説

私は貴方を許さない

白湯子
恋愛
甘やかされて育ってきたエリザベータは皇太子殿下を見た瞬間、前世の記憶を思い出す。無実の罪を着させられ、最期には断頭台で処刑されたことを。 前世の記憶に酷く混乱するも、優しい義弟に支えられ今世では自分のために生きようとするが…。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめる事にしました 〜once again〜

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
【アゼリア亡き後、残された人々のその後の物語】 白血病で僅か20歳でこの世を去った前作のヒロイン、アゼリア。彼女を大切に思っていた人々のその後の物語 ※他サイトでも投稿中

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

私があなたを好きだったころ

豆狸
恋愛
「……エヴァンジェリン。僕には好きな女性がいる。初恋の人なんだ。学園の三年間だけでいいから、聖花祭は彼女と過ごさせてくれ」 ※1/10タグの『婚約解消』を『婚約→白紙撤回』に訂正しました。

許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください> 私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

処理中です...