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その代わりに償いを
しおりを挟む「・・・俺もあれからずっと考えてたんだ。あの時に間違った俺たちはどうするべきなんだろうって」
涙を流すナタリアの姿は、いつもよりも更に庇護欲を唆る。
だが、今このような話をしている二人が、感情に流されて触れ合っていい筈もない。
心を偽らず自分に正直に生きるーーーそんなのは外側だけ綺麗に取り繕った言い訳だと、今のレオポルドは分かっているから。
「君の言葉を受け入れるよ。だけど、俺からも話がある」
「・・・なに?」
涙を拭い、ナタリアは顔を上げる。
「君は今回、幼馴染みとはいえ男性に攫われ、その男と同じ家で一夜を過ごしている。
何もなかった事を俺は知っているけど、世間はそう思ってはくれないだろう」
「・・・そうね」
「口止めはしたが、絶対とは言い切れない。だからナタリア、君にはこの先に醜聞に晒される可能性が常について回る。だけど、それは本来ならライナルファ家が防げた筈のものなんだ」
「ええと、どういう意味?」
レオポルドは一瞬、何かに耐えるように口を引き結ぶ。それから、ゆっくりと一語一語、噛みしめるように言葉にした。
「俺は、君に護衛をつけることを失念していた。そして父は・・・気付いていて敢えてそうしなかった。父は君にどんな被害が及ぼうと構わないと判断したんだ」
「・・・」
「君は、本来なら負わなくていい傷を負ったんだよ。俺の失態と父の悪意によって」
「レオ・・・」
虚をつかれたのか、僅かに目を瞠ったナタリアは、やがて困ったように眉を下げた。
「レオ、あなたって人は、なぜそんな・・・言わなければ、それで終わったのに」
「そんな訳にはいかない。この件に関して父との話し合いも終わっている。
ナタリア。俺は、ライナルファ侯爵家として君に償いをしたいんだ」
「償い・・・?」
「君は今後、遅くとも学園卒業までには身の振り方を決めることになるだろう。
その時、君の父親にいいように使われる事がないよう、ライナルファ侯爵家が君の希望を数年間にわたって全面的に支援する事を約束する」
「え・・・?」
「親と縁を切りたければ手続きをとってやるし、勉強がしたければ学校を探してやる。勿論そのための費用もこちらが持つ。
仕事がしたいのなら安全な職場を見つけて来るし・・・結婚がしたいのなら・・・高位貴族は難しいけど、でも・・・きっと、良い相手を、見つける、から」
「・・・」
「それこそ侯爵家の権力を使って何でもするつもりでいる。平民にはなるけれど、君はもう成人しているから縁を切ってすぐに家を出ることも出来る。
侯爵家の力は万能じゃないけど、でも、君の・・・将来が少しでも、生きやすく、なるように・・・してあげたい」
「・・・レオったら」
深刻な話をしているつもりなのに、ナタリアの口元が綻ぶ。
レオポルドの愛した柔らかい笑みが眼前に浮かび上がった。
思わず見惚れていると、ナタリアは深く頭を下げる。
「ありがとう。すごく嬉しい。父はきっと・・・レオと別れたことを知ったら、すぐに縁談を持って来るんだろうなって思ってたから」
「・・・そうか」
「あなたの申し出、本当は辞退するべきなんだろうけど、図々しく受け取らせてもらいます。もし決められるのなら、自分の将来は自分で決めたいから」
そう言って笑うナタリアは、どこか吹っ切れた顔をしていた。
「・・・じゃあ、俺はここで」
「ありがとう、レオ。本当にいろいろと」
話し合いを終え、席を立つレオポルドを、ナタリアが眩しそうに見上げる。
互いに心の奥底にあるものを晒しあった。
話をした時間は一時間ほどだろうか。
ナタリアとの結婚を諦め、父の薦める令嬢との婚約を受け入れる代わりとして取り付けたナタリアへの支援の約束。
それが、せめてナタリアの助けになってくれればとレオポルドは思う。
もう自分は、彼女の王子さまにはなれない、なってあげられないから。
もとより別れを切り出すつもりでここに来た。
それが、自分が口に出すより先に、ナタリアに言われてしまうとは。
「これは・・・振られたって言うのかな・・・」
病室の扉にもたれてそう呟いたレオポルドは、ふと廊下の向こう側が騒がしい事に気づく。
何だろうと眺めていれば、見知った顔をそこに見つけた。
ストライダム侯爵家に仕える影の一人で、レオポルドより先行してアレハンドロの屋敷に潜り込んでいたウヌカンだ。
慌ただしく看護師たちが動き回る中、ウヌカンは医師と話をしていた。
「テセ・・・ウヌカン。どうした、何かあったのか?」
レオポルドの声に気づいてウヌカンが顔を上げる。
「ああレオポルドさま、いらしてたのですね。実はたった今、あの者の意識が戻ったと報告が」
「・・・アレハンドロのことか?」
ウヌカンが頷く。
「今、レンブラントさまにも知らせを送ったところです」
「そうか・・・それで医師たちがあんなに慌てているのだな」
「ええ。今、診察しています」
橋の上から川に落ちて二週間。
首の骨の損傷という重傷を負ったアレハンドロは、その間ずっとこんこんと眠り続けた。
そのアレハンドロが、先ほどようやく目覚めたと言う。
決して五体満足という結果にはならないだろう、これから診察後の医師により話される事柄を覚悟して、レオポルドはごくりと唾を飲んだ。
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