【完結】 いいえ、あなたを愛した私が悪いのです

冬馬亮

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視線が追う先

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「アレハンドロさん、アレハンドロさん。私の声が聞こえてますか?」


アレハンドロは、声をかける医師の方にゆっくりと視線を動かした。


「あなたは首の骨を損傷しています。身体のどこかに障害が残っていると思われるので、調べさせてもらいますね」


そう言って医師はまず、アレハンドロの右手を取った。


「失礼します」

「・・・」


アレハンドロは、どこかぼんやりとした様子で、右手を調べる医師を見ている。


「少しチクっとしますよ」


そう言って、医師は右手のひらに軽くピンセットを押し当てた。


「・・・っ」


アレハンドロは微かに眉を顰める。

医師はそれを確認してから、今度は指先へとピンセットを移動させる。

恐らく感覚があるかどうかのチェックだろう、その後は物を握らせたりして手が正常に動くかを確認した。

そうして右手、左手、と確認し終え、右足の確認を始めた時だ。


「・・・どうやら、足の感覚はなさそうですね」


医師はぽつりと呟くと、急いで左足にもピンセットを当てた。

少し考えた後、ピンセットの位置をずらして他の部位も確認する。


「・・・」


医師が使っていた器具をトレイに戻した後、ウヌカンたちに頷く。


アレハンドロと看護師の一人をそこに残し、医師はウヌカンたちを別室へと案内する。
扉を開けると、そこには知らせを受けて王宮から抜けて来たらしいレンブラントが既に待っていた。





「下半身麻痺、だと?」


問い返すレンブラントに、医師は頷く。


「腕から下の感覚がないようです。今後は、車椅子での生活を送ることになるでしょう」

「そうか」


それだけ言うと、レンブラントはソファの背もたれに身体を預けた。


「・・・さて、どうするか」


ぽつりと溢れた言葉に答える者は誰もいない。


アレハンドロは、ナタリアを庇うようにして川に落ちたらしい。
そのため、着水時の衝撃は、ほとんどアレハンドロ一人がその身体で受け止め、結果としてナタリアは右肩の脱臼という比較的軽症で済んだ。

二週間も意識が戻らなかった事から、頭部にも相当な衝撃を受けた筈。


未だ探るような視線だけで言葉を発しないアレハンドロからは、なんの情報も得られず、些か中途半端な診断となった。


「何も喋らないのは警戒しているせいなのか・・・アレハンドロらしくもない気がするが」

「確かにそうですね。あの者は言葉で人を煙に巻くところがありますから」

「話せないのか、何か話したくない理由があるのか・・・医師ではなく看護師でも駄目か?」

「そのようです。男性女性とどちらも反応は同じでした」

「お前の顔を見た時はどうだった? 潜入してたんだ、顔は知られているだろう?」

「・・・それが、やはり無反応でして。私の隣にいたレオポルドさまに対しても同じく反応はありませんでした」

「・・・」


レンブラントは顎に手を当て、考え込む様子を見せたが、取り敢えず暫くの間様子を見ようということで落ち着いた。



それから更に二日が経った。

本来の予定では退院して自邸に戻る事になっていたナタリアだが、父親のこともあり、病院の手伝いをしながらスタッフ用の部屋に寝泊まりする事になった。

平日の昼間は学園に通い、戻ってから夜中まで病院の仕事を手伝い、医療機器の運搬や記録取り、薬品の確認など、下働きとしてよく働きながら食と住を病院で確保する。

レオポルドが申し出た支援については、まだナタリアが結論を出せずにいた為、取り敢えずの策で取った処置だった。



「家でも、学園から戻ったら掃除とか食事の支度とかやってましたから」


学業との両立が大変ではないかと看護師たちに聞かれると、ナタリアはそんな風に答えて、あまり変わりがないと笑った。





相変わらずだんまりのアレハンドロは、今日は散歩と称して病室から連れ出されていた。看護師に車椅子を押してもらいながら廊下を移動する。

食事を出されれば素直に食べ、診察にも応じる。だが、何かをしたがる様子もないし、頑なに声を出そうともしなかった。

それなのに、車椅子で病室の外に出れば、何かを探すようにきょろきょろと周りを見回す。
そして、溜息を吐くのだ。

もしかしたら本当に声が出なくなったのではと考えたこともあった。
だが、一度アレハンドロがスープをこぼして小さく声を上げたことからその疑惑も消えた。


やはり何か理由があって黙り込んでいる。

そう判断したレンブラントは、看護師に紛れて影を数名アレハンドロの周りに配置した。


そんな監視の目に気付いているのかいないのか、アレハンドロは移動中の今も、視線をあちこちに彷徨わせながら車椅子に乗っていた。

向かう先は病院の中庭。
芝生が広がり、日当たりも良い。

患者の多くがここでよく散歩を楽しむ憩いの場だ。


その時、洗い立ての服を籠一杯に入れて運んでいたナタリアが、廊下の先の角から現れた。



今日は週末。
ナタリアは朝から病院の雑用を手伝っていた。


ナタリアには、アレハンドロの意識が戻ったことは伝えられていない。

故に、川に落ちて以降のアレハンドロとナタリアの邂逅はこの時が初めてだった。


アレハンドロがナタリアの姿を認める。

目を見開いて、口を開けて。

声を発した。

小さく、か細い声で。


ミルッヒ、と。


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