【完結】 いいえ、あなたを愛した私が悪いのです

冬馬亮

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隠れた意図

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「やっと見つけた。ここにいたのか、ニコラス」


鍛錬場で剣を振っていると、背後からそんな声がかかる。

ストライダム家に入り浸り状態のレオポルドだ。

他の騎士たちも振り返るが、既に彼は馴染みの顔。

だからだろう、何事もなかったかのように、すぐにいつもの練習風景に戻っていた。



ニコラスもまた、軽く頭を下げただけで素振りを再開する。
だが、レオポルドは鍛錬場内に足を踏み入れてニコラスの前に立った。


「・・・邪魔なんだが」

「そう邪険にするなよ。久しぶりに会えたのに」

「いや会っただろ。一緒に川に飛び込んだ時に」


素振りの手も止めずに素っ気なく答えれば、レオポルドは困ったように頭をかいた。


「あれは、でも会ったうちに入らないだろ。ろくに話も出来なかったし」

「別にわざわざ話す様なこともないけど」

「俺はある」


食いさがるレオポルドに、ニコラスは息を吐く。


「自主練とはいえ、訓練中なんだが」


ニコラスは元クラスメイトだったから知っている。
レオポルドは悪い奴ではない。むしろ裏表のない真っ直ぐな男だ。

ただ、人の感情の機微に疎い。

話したくない空気をこれだけ纏わせても、レオポルドに気にした風は見られない。


ニコラスは緩く頭を振った。


何が悲しくて好きだった女の子の元恋人と世間話をしなきゃならない。

こっちは今も忘れられなくて拗らせてるってのに。


ニコラスがそんなことを思った時だ。


入り口まで戻ったレオポルドが、棚から模造剣を一本手にして再び前に立つ。


「訓練なら迷惑にならないだろ?」


そして、すっと剣を構える。


「・・・なめられたもんだな」


一年だけとは言え、確かに同じ騎士訓練科の生徒だったし、その時の実力は拮抗していた。


だが。


「俺はもう訓練生じゃない。本職の騎士だ。しかも情けで拾われたとはいえ、名高いストライダム侯爵家の私設騎士団の一員として勤めさせて頂いているのだぞ?
それを学生のお前と打ち合えと?」

「いや、別にお前をなめてる訳じゃない」


殺気を込めて睨みつければ、さらりと笑顔でそう答えた。


「だけど、こうでもしなきゃお前、俺と話してくんないだろ?」


そう言うなり、レオポルドは模造剣を上段に構えニコラスに打ちかかった。


「・・・っ!」


咄嗟に下からそれを受け止める。


「ニコラス。お前、今どこに住んでる?」

「・・・は?」


剣を交えながらもその場にそぐわぬ質問を受け、ニコラスの声が低くなる。

だが、それに構うことなくレオポルドは言葉を継いだ。


「家の広さは? 立地は良いか?」

「・・・寝に帰るだけの場所だ。小さな寝室に台所が付いてるだけの貸部屋さ」


答えながら、受け止めていた剣を思い切り打ち上げる。


「わっ・・・っ!」


カランカランと乾いた音を立て、模造剣が地面に転がる。


「立地など考えたこともない。すぐにここに駆けつけられればいい。それが選んだ条件だ」


本職の騎士として二年近く働いてきたニコラスに、騎士科とはいえ未だ学生のレオポルドが敵う筈もない。

だが、レオポルドは落ちた剣を拾い上げると再び構え次の質問を口にした。


「まあいざとなったら引っ越せばいいか。じゃあ今の階級は?」

「・・・はぁ?」


気色ばむニコラスに、レオポルドは再び打ちかかりながら返答を催促する。


カン、という高めの音を響かせ、二人の剣が交差した。

面白がられているのか、自主練していた筈の周囲の騎士たちまで、手を止めて見物し始めた。


「ニコラスはもう一年以上ここにいるんだよな? 出世できそうか?」

「いい加減にしろよ。お前、ケンカ売ってるのか?」

「まさか。大真面目だ」

「嘘つけ!」


馬鹿馬鹿しいとは思いつつ、それでも律儀に言葉を返すニコラスに、レオポルドはその後もさらに質問を重ねていく。


何度剣を弾き飛ばされても、それは変わらないまま。

もらった答えに因縁をつけるでもなく、剣を振りながら真剣な表情で次から次へと質問を投げかける。
そんなレオポルドに、ニコラスはまるで何かの面接のようだと苛立ちが募った。


「じゃあ、最後の質問。お前、賭け事とかやったりしないよな?」

「・・・いい加減に、しろっ!」


レオポルドの剣を跳ね飛ばすのも、もう何度目になるだろう。

手酷く打ち込んだりもしたのに、レオポルドは決して止めようとはしなかった。


いい加減に苛々が募ったニコラスに、だがそれでもレオポルドは返答を求めて同じ質問を口にする。


「賭け事なんぞやってたまるか」


ニコラスが吐き捨てるようにそう答えると。


「そうか。良かった」


安堵したように、レオポルドが笑った。


「・・・?」


意図が分からず、戸惑いを滲ませながらニコラスがレオポルドを見つめていると、入り口の方で吹き出すような笑い声がした。


「まったく。屋敷にまで怒声が響いてきたから何かと思えば」

「・・・レンブラントさま。お騒がせして申し訳ありません」


さっと頭を下げるニコラスに、レンブラントは鷹揚に頷いた。


「気にするな。見た感じ、レオに捕まって相手させられただけだろ?」


そう言ったレンブラントは、拳骨で軽くレオポルドの頭を小突いた。


「痛っ」

「まったく。お前は馬鹿か? 娘を嫁に出す父親みたいな真似をして。暑苦しい」

「だって」

「だってじゃない。お前にはお前の縁談がある。人のことより、まずは自分の相手を心配しろ。メラニー嬢が最優先だろうが」

「うう。まあ、それは少しずつ?」

「気になるのは分かるが、後がないのはお前も同じだ。まずは自分の将来を確実にしとけ」

「・・・?」


目の前でレオポルドが怒られているが、ニコラスにはよく意味が分からない。


娘を嫁に出す父親?
後がない?

さっきまでのあの意味不明な質問と何の関わりがあるのだろうか。


そうは思いつつも、レオポルドよりずっと空気が読めるニコラスは黙って側に立っていた。


すると、レンブラントが彼に視線を向ける。


「ニコラス。お前は今日は非番だったな」

「はい」

「お前は少し気を張りすぎだ。休める時はきちっと休め」

「・・・恐れ入ります」

「って言っても、休まないんだろうな、お前は」

「・・・」


呆れた口調で言葉を継がれ、思わずニコラスは赤面する。

その通り、レンブラントが去った後には走り込みをしようと思っていたからだ。


「はぁ。ニコラス。ちょっと俺に付き合え」

「・・・はい?」

「これから出かけるから供を頼む」

「・・・っ、はいっ!」

「あ、レン! 俺も」

「お前は帰ってメラニー嬢に次に贈るプレゼントでも考えてろ」

「そんなぁ」

「王宮にちょっと寄るだけだ。忘れ物をしたのでな。せっかく休暇を取ったのにわざわざ出向くのは気が進まないが仕方ない」


その後、渋るレオポルドを鍛錬場に残したまま、レンブラントは今日付きの護衛にニコラスを加え、馬車へと向かう。

そして、当初から護衛だった者には馬で馬車の外からの警護を命じ、ニコラスには馬車内に入るよう言った。


「さっさと座れ」

「・・・恐れ入ります」


乗り心地の良い馬車の中、対面に座ったニコラスは恐縮して頭を下げる。

つまりは移動中に身体を休ませろとそういう事らしい。


大人しく背もたれに身体を預けリラックスすると、レンブラントはふっと口元を緩めた。


「ついでにそのまま寝てしまえ」

「・・・流石にそれは」

「いいから。とりあえず目だけでも閉じていろ」

「・・・はい」


まったく。この方には敵わない。


主人と仰ぐ人物から示された個人的な配慮に思わず口元が緩みそうになるのを必死に堪えつつ、ニコラスは言われた通りに目を瞑った。

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