【完結】 いいえ、あなたを愛した私が悪いのです

冬馬亮

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相談という名の

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「ああ、お帰りニコラス。聞いたよ、非番だったのに仕事させられちゃったんだってね」


病院から戻ったニコラスが当主ノイスとレンブラントへの報告を終えて部屋を出ると、マルケスが声をかけてきた。


「・・・師匠」

「うん?」

「鍛錬に付き合ってもらえませんか。ちょっと身体を動かしたくて」

「いいよ」


背も高く、体格のがっしりとしたニコラスが、細身の、しかも傍目にはニコラスよりも年下に見えるマルケスを「師匠」と呼ぶ光景は、事情を知らない者たちから見たら異様に映る事だろう。

しかも、そんな二人が鍛錬場で木剣で打ち合うなど、下手したら虐めとも取られかねない行為だ。


もし、マルケスがその見た目通りに14、15の少年であれば。

マルケスが騎士団の中でも指折りの剣士であるという事実を知らなければ。


ニコラスは、訓練にかこつけて儚げな美少年を虐める性悪男と目されたことだろう。




「・・・行きます、師匠・・・っ!」

「はいよ。どこからでもかかっておいで」


ふわふわの巻毛を風になびかせながら、マルケスは軽やかな足さばきでニコラスの突きをかわす。

勢いで数歩よろけ、しかしすぐに体勢を整え直してニコラスが剣を右へと払えば、それもまたするりと避けられる。それに続いた上段からの打ち込みも同様だ。


「くっ・・・!」


木剣さえ使わずに剣撃をかわされ続け、ニコラスは思わず唇を噛む。


「いつもよりも攻撃が雑だねぇ。どうしたのさ」


木剣を肩に乗せ、朝の散歩にでも向かうかの様な爽やかさで、マルケスはこてりと首を傾げる。


日が沈みかけ少しばかり茜色のまじった太陽の光を浴び、天使の如き美しさだ。


「・・・話したら、相談に乗ってもらえますか?」

「え~、嫌だよ。面倒くさい」


マルケスの方から話を振っておきながら、あっさりバッサリと断りを入れる。


それに苦笑しつつも、ニコラスは話を続けた。


「剣技も色恋も百戦錬磨の師匠に、是非ともご指南頂きたいのですが」

「それ褒めてないよね。しかも何? 相談って恋愛関係なの? ダメダメ、余計に面倒じゃないか」


首を横に振る一見美少年の成人男に、ニコラスは振りかぶって再び上段から剣を振り下ろす。

さっと後ろに下がって避けられたところに更に一歩大きく踏み込んで、今度は下から振り上げた。


「おっと。今のはなかなか切り返しが良かったね」


結局は軽やかに躱されてしまったが、ようやくお褒めの言葉が出た。


「・・・師匠。師匠だったらどうします? 幸せを掴むことを諦めた子に、何とかして幸せになってもらいたい時は」

「・・・だから相談には乗らないって言っただろ」

「いや、むしろ幸せになっちゃいけないって思いこんでるって言い方の方が正しいかな」

「ニコラス。俺の言葉、聞こえてる?」

「聞こえてますよ。それでですね、俺が悩んでいるのは、押したらいいのか、まだ様子見を続けた方がいいのかってとこなんですけど」

「・・・あのさ」

「俺も結構かなり長く見守ってきたつもりなんですよ。だけどその子、どうも幸せになりそうな気配がなくて。むしろ自ら幸せを拒絶してるって言うか」

「・・・」


ぶんぶんと剣を振りまわしながら、マルケスの返事に左右されることなくニコラスの相談は続く。いや、これは相談というより独白の方が正しいだろう。


「ねえ師匠。師匠だったらどうします?」


マルケスは深く溜息を吐いた。


「稽古に付き合うって話だったよね? 思いっきり恋愛相談目当てにしか見えないんだけど?」

「はあ、まあそのつもりでしたから」

「確信犯かよ?」

「師匠ほど豊富な経験の持ち主でないと、手に負えないかな~、と」

「なんだよ。普段はいつもレンブラントさまレンブラントさまって言ってるくせに」

「未だ婚約者のおられないレンブラントさまに相談するのもどうかと思いまして。それに、彼女はあの方からは些か嫌われているのです」

「・・・ああ。まあそうだろうね。あの方なら私情を挟むことなどないだろうけど」


マルケスは、その容貌にはそぐわない乱暴な手つきで頭をガシガシとかいた。

そして再び大きく息を吐く。


「・・・ニコラス」

「はい」

「お前とも一年以上の付き合いだ。俺がどの女性にも本気にならない事くらい知ってるよね?」

「・・・それはまあ、はい」

「なのに俺なの? そんな真剣に悩むような恋の相談なのに、俺に聞いちゃうわけ?」


マルケスは鋭い視線を投げかける。

それまで纏っていた純真な空気は消え去り、その可憐で中性的な容姿に似合わない大人の男臭さが滲み出た。


「・・・師匠は女性関係は派手ですが、泣かされた女性は一人もいないと聞きました。だから師匠にお聞きしたいんです」


少し迷った後、ニコラスが言った言葉はそれだった。


「・・・俺は、彼女を手に入れたいと言うよりもむしろ、もう泣いて欲しくないのですから」


三度、マルケスは大仰な溜息を吐いた。


「なんだよ、それ。俺はなんでそんな重い告白を聞かされてるわけ? 当事者でもないのに」

「すみません」

「ああもういいよ。面倒くさい。なら答えてあげる。別に彼女のことを手に入れなくても構わないのなら、さっさと告白して玉砕して来たらいい」

「・・・いや師匠、それでは」

「派手に砕け散ってもそれでもまだ好きだったら、後はもう徹底的に寄り添ってあげれば良いんだよ」

「・・・」

「彼女が幸せになれるように、困った時は手を差し伸べ、慰め、励まし、褒めてあげれば良い。自分が報われることを考えていないのなら、徹底的に相手に都合のいい存在になれば良いんだ」

「・・・」

「俺だったらそうする・・・そうしてる」

「・・・師匠?」


ニコラスが訝しげに問いかけるも、マルケスが答えることはなく、そのまま彼は言葉を続けた。


「それが出来るってんならやれば? 出来ないのなら、さっさと自分の気持ちに区切りをつけて、違う恋を見つけるんだね」

「・・・」


思考に沈んだニコラスの肩に、トン、と木剣が乗せられる。


「はい、一本取った」


ハッと顔を上げたニコラスの前には、すっかり元の表情を取り戻したマルケスがいた。


「じゃあ、今日はここまでね」


そして、いつもの少年の様なあどけない顔で笑った。

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