【完結】 いいえ、あなたを愛した私が悪いのです

冬馬亮

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もういいと、そう思う

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ほかほかと湯気を立てるマグカップをそのままに、テーブルに突っ伏している妹の頭を、レンブラントがちょんちょんとつついた。


「ほらどうした。さっさと飲めよ」

「・・・今日はお兄さまも付き合って下さい」

「嫌だよ。エドガーがお前のために手配した薬草なんだから、ありがたくお前ひとりで飲んどけ」

「効き目すごいですよ? お兄さまも、明日は元気爽快な気分になりますよ?」

「俺は元から元気爽快だから気遣い無用だ」

「ううう・・・この間は一緒に飲んでくれたじゃないですか・・・」

「あれは出血大サービスだ。二度と飲むかよ、不味くて死ぬかと思ったぞ」


ベアトリーチェはしつこく食いさがるが、レンブラントは淡々と誘い文句を躱す。


「私はもう一年以上、毎日飲み続けてますけど・・・」

「それのお陰でここまで体力が回復したんだ。良かったな」

「・・・この味には、いつまで経っても慣れません」

「慣れる慣れないの範疇を超えた味だからな。ほれ、諦めてさっさと飲め」


そう言うと、レンブラントは突っ伏したベアトリーチェの顔の前にマグカップをずいっと移動させた。


「ニコラスを呼び出して何やらコソコソと悪巧みする元気が出てきたのは結構だが、まだ油断は禁物だ。これはきっちり全部、一滴残らず飲んでもらうぞ」

「別に悪巧みなんかじゃ」

「ほう?」

「・・・」


これ以上言うと余計な事まで話してしまいそうだと気がついたベアトリーチェは、口を閉じた。

そんな妹の頭を、レンブラントはぽんぽんとあやすように軽く叩く。


「もうあと一年もしないうちに薬が完成する予定なんだ。少しでも体力は上げておかないと・・・分かってるだろ?」

「・・・」

「トリーチェ」


それでもまだ顔を上げない妹に、レンブラントは呆れを混ぜて名を呼ぶ。


「・・・お兄さま」

「なんだ? 薬草茶なら遠慮するぞ」

「・・・もうそろそろお選びになっても良いのではないかと思うのです」

「うん? 選ぶ? 何を?」

「お兄さまの・・・婚約者になる方を」

「・・・は?」


しん、と静寂が降りた。


ベアトリーチェはゆっくりと顔を上げ、ここでようやくマグカップを引き寄せた。


そして、意を決して一気に飲む。


「あ、つ・・・っ!」

「トリーチェ・・・ッ!」


当然、まだ冷めてはいなかった。


「馬鹿だな、そんな勢い任せに。そんなドジはレオくらいかと思っていたが」


ふ、という笑い声と共に、そんな呆れた言葉が降ってくると、ベアトリーチェはうっすらと涙を浮かべながら兄を見上げた。


「・・・私は、きっと今度は死にません」

「・・・」


レンブラントが微かに身動ぐ気配がした。


「薬も・・・前の時よりもずっと早く開発が進んでいます。私の体力の方も・・・ご覧の通り、この薬草茶の・・・お陰で、かなり回復しました」

「・・・そうだな。エドガーが、よく頑張ってくれた」

「エドガーさまだけではありません。他の方たちも・・・お兄さまもです」

「俺? 俺は別に」

「私に配慮して、婚約の話を受け付けなかったのでしょう? 手の届かない未来を私に見せつけることのないように」

「・・・トリーチェ」

「本当に感謝しています。でも、もう、きっと大丈夫です。私はもうすぐ完成する薬を飲んで、この病気から解放されて、そしてエドガーさまの妻になれると思います。いえ、きっとなりますから」


ベアトリーチェはじっと兄を見つめる。


「だから・・・だからお兄さまも、ご自分の幸せをお考えになって?」

「・・・」

「私の幸せばかりをお考えにならないで。お兄さまも幸せになることを、どうか望んでほしいのです」

「・・・俺は、今も十分に幸せだが」


苦笑と共に零された言葉に、ベアトリーチェは同意しない。


「いいえ、まだまだですわ。お兄さまには好いた方と幸せになっていただきたいのです。お見合いもしたことがないお兄さまには、まずは出会いからとなりますから、先は長いでしょうけれども・・・」

「・・・したことあるぞ?」

「はい?」

「いや。だから見合いだろ? したことはあるぞ、一度だけ」


勢いこんで話していたベアトリーチェの口がぴたりと止まる。


「まあその一度きりだがな。その後は全て見合い話そのものを受けないようにしたから」

「・・・」

「だから俺もそういう話がなかった訳じゃないから、別にお前は気に・・・」

「い、いつです? そのお見合いは、一体いつ・・・?」


あまりの驚きに、ベアトリーチェはマナーなど忘れて兄の言葉を遮った。


だが、気にする風でもなく、レンブラントは首を傾げてしばらく考え込んだ後、こう答えた。


「俺が七歳の時」







レンブラントの言葉にベアトリーチェが衝撃を受けていたのと同じ頃、アレハンドロの病室にザカライアスが現れる。

今はもう夕食も終え、病院全体が静かになる時間帯。時折り看護師や医師の歩くパタパタという足音が聞こえるくらいだ。


「・・・やはり見張りがいたか」

「はい。しばらくは近寄らない方がよろしいかと」

「そうか。なら暫くは大人しくしてるしかないかな。頼んだ件はどうなってる?」

「準備が全て整うまで、あと二週間程でしょうか」


二週間、とアレハンドロは小さな声で呟く。

少しの間考え、肩を竦めた。


「・・・まあ仕方ない。お前も急な話で大変だったろう」

「・・・いえ」


ザカライアスはもの問いた気な視線を投げかけるが、アレハンドロはそれを無視し、窓の外へと目を遣った。

そして、ぽつりと零す。


「もう見るべき夢もない・・・だからさ、いい頃合いなんだよ」



ーーー 何もかも終わりにしても





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