【完結】 いいえ、あなたを愛した私が悪いのです

冬馬亮

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なんでもしてあげたい人

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「アーティ」


馬車から降り、嬉しそうに駆け寄ったエドガーの腕の中に抱き込まれながら、ベアトリーチェは心配そうな視線を再会した恋人に向ける。


「エドガーさま。顔色が悪いわ」


だが、三か月ぶりに大好きな恋人に会えたエドガーは、なんでもないと首を振る。


「大丈夫、ここのところずっと寝不足だっただけから」

「寝不足なだけって、またそんな・・・」


頬を膨らませるベアトリーチェに、エドガーは困ったように眉を下げる。


「三か月ぶりに会えたんだ。アーティを補充させて。ほら笑顔を見せて?」


いつだってベアトリーチェを優先するエドガーは、自分の体調など気にしない。

医学に関わる者として如何なものかと思うが、誰が注意しようとエドガーは気にしなかった。


片想いをしていた時から一途だったのだ。両想いとなった今、その気持ちに歯止めをかけるものなど何もない。


「取り敢えず中に入って、エドガーさま。まずは休んでください」


ノイスもレンブラントも仕事でいない。

温い笑みを浮かべる母は、ただニコニコとエドガーとベアトリーチェのじゃれ合いを見守るだけだ。

そして、使用人たちが何かを言える筈もなく。

ベアトリーチェが頑張って誘導するしかこの場を動かす方法はなかった。


結果。


「嬉しいな。アーティが膝枕してくれるなんて」


エドガーを休ませるために、ベアトリーチェは自分の膝を差し出した。


「もう、エドガーさまったら。お喋りは後です。今は目を瞑ってください」


ベアトリーチェの膝の上に頭を横たえてなお、肩から流れ落ちる彼女の髪を手で掬ってはくるくると愛おしむエドガー。

そんな彼に、喜ぶよりもつい口うるさくしてしまうのは、やはり体調が心配だからだ。


どれだけ本人が大丈夫だと言ったとて、目の下の隈はくっきり黒い。

体も少しずつ細くなっているような気もするし、顔色だってだいぶ青白い。


「だって、目の前にアーティがいるんだもの。もったいなくて眠れないよ」


なのに、やっぱりエドガーは自分のことなど、どうとも思わないのだ。

仕方なくベアトリーチェは奥の手を出す。


「私、いいこと思いついてしまいました」

「ん? なに?」

「こちらにいる間、私と一緒にあのお茶を飲みましょう?」

「え」

「私があんなに元気になった薬草ですもの。エドガーさまもきっとすぐに元気になるわ」

「あれを?」

「はい、あれです」

「あれかぁ」

「あれですよ」


これで少しは自重してくれるかとベアトリーチェが内心期待していると、エドガーは嬉しそうに微笑んだ。


「まあいいか。アーティとお揃いならなんでも嬉しい」


そう返された。


そんな台詞も嬉しい。もちろん嬉しいに決まっている。だが、ベアトリーチェはなんとなく負けた気がして口を尖らせる。

それを見て、エドガーは何故か嬉しそうに笑い、ベアトリーチェに手を差し出したところで。


扉をノックする音がした。


「ベアトリーチェさま。ニコラスです」

「あら、もう行く時間?」

「はい。出発する前に一応ご報告に」


ベアトリーチェはただ今膝枕中なので立ち上がれない。そして普段は気のつくエドガーも、この時は何故か頭をどかそうとはしなかった。

よって、ベアトリーチェはエドガーの頭を膝に乗せたまま、扉越しにニコラスと言葉を交わすことになる。


「この間は、話を聞いてくれてありがとう。お陰で気が楽になったわ」

「とんでもない。こちらこそ知らせていただけて良かったです」

「今日はわざわざ休みを取ったのでしょう? 何かあったらすぐに教えてね。私に出来ることなら何でもするから」

「ありがとうございます。その時はよろしくお願いいたします」

「あなたがいてくれて本当に良かったわ、ニコラス。頼りにしてるのよ。気をつけて行ってきてね」

「ありがとうございます。それでは行ってまいります」


遠ざかる足音、そして。


「・・・今の人はだれ?」


膝の上から聞こえてきた、少しばかり低い声。


「? うちの騎士団のニコラスって人よ? レオポルドさまの元同級生なの」

「レオの・・・あれ、でもそれならまだ学生じゃ?」

「ちょっと事情があってね。退学して騎士になったの」

「ふうん」


空中で止まっていた手が、ベアトリーチェの頬へと伸ばされる。


そしてそのまま右の頬をするりと撫でた。


薬草をよくすり潰すせいだろうか、手のひらには大きなマメ。そんな働き者の優しい手がそっと頬を撫でさする。


「・・・そのニコラスって人がいて、アーティは良かったと思ったんだ・・・?」


ベアトリーチェは目を丸くする。


「・・・彼のために出来ることを何でもするって」

「へ?」

「頼りにしてるとも言ってた」


頬を撫でられてくすぐったい気持ちになっていた筈なのに、急に胸がドキドキし始めた。もちろんこの場合はいい意味ではない。


「・・・エドガー、さま・・・?」

「僕、もしかしたら、いつの間にかアーティのお兄さん枠に戻ってた・・・?」


先ほどまで膝枕でウキウキしていた姿はどこにも残っていない。

幻覚に間違いないだろうが、エドガーの頭にしゅんと垂れ下がった耳が見える。


捨てられた子犬のような目でじっと見つめられ、ベアトリーチェは何やら誤解されているかもと思い当たった。


「エドガーさま?」

「・・・やっぱり、離れてるって不利だよね」

「あの」

「実はもうなんとも思われてないのに、こっちだけ勘違いしたままとか、うわあ、みっともない・・・」


エドガーの妄想が加速し始める。


「違います、エドガーさま」


ベアトリーチェは慌てて両手でエドガーの顔を押さえた。そして自分と目線を合わせる。


「ニコラスとは、友達のことで話を聞いてもらっただけなの。ちょっとその人のことで悩んでたから」

「・・・どうしてわざわざあの騎士に? 話とかなら別に侍女とかレンにだって出来るよ?」

「・・・あの、その友達っていうのが、ニコラスが好意を寄せている女性だったから」

「・・・え」


エドガーがぽかんと口を開ける。


「私も知らなかったんだけど、ニコラスはずっと彼女のことが好きだったんですって。あ、前にエドガーさまと一緒の時に馬車に乗せたことがあるんですけど」

「あ、あの人・・・」


ベアトリーチェの話と記憶とを擦り合わせ、さらにレンブラントから聞かされた巻き戻りについての情報とも照らし合わせる。

つまり、その女性は。
例の。

なるほどレンには相談し辛いかも、などと納得したところにベアトリーチェが続ける。


「学園で仲が良かったのは知ってたけど、まさか今も好きだったとは思わなくて。でもニコラスに話したらとても感謝されたの。それで今日も心配で様子を見に行くんですって」

「そうか・・・僕はてっきり」


良かった、とエドガーがふにゃりと笑う。


「恥ずかしいな、みっともないとこ見せちゃった」


照れ臭そうに笑う顔が可愛くて、胸がどきりとした。

いつも穏やかで、しっかりしていて、頼りがいのある人だから、エドガーのそんな表情が見れたのがなんだかとても嬉しくて。


「私は、エドガーさまが大好きなんですよ? エドガーさまとしか結婚したくありません」


いつもは恥ずかしくてなかなか言えない本音が、ベアトリーチェの口からぽろりと溢れた。


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