【完結】 いいえ、あなたを愛した私が悪いのです

冬馬亮

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一番悪いのは誰

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「ナタリアさまが、もし良いと仰ったら。その時はお会いになった方がいいと思います」


そうメラニーに言われた時、レオポルドは本当に驚いた。

言いたいことはこの際すべて言った方がいいと指摘され、自分に遠慮しなくていいとまで言われたから。


「・・・だって、今は私ひと筋だと、そう仰ってくださいましたもの」


レオポルドはぐっと声が詰まる。そして何やら胸を押さえて呻いた。




約束の日、レオポルドはメラニーの屋敷に向かう。

案内された部屋で、その時を待った。

隠れて行動はしたくないと、続き部屋での会話が聞こえるように薄く扉が開かれている。

婚約者の元恋人を呼び出し、その近くに婚約者をも待機させるという普段のメラニーからは想像できない行動に、皆は目を丸くしつつも大人しく成り行きを見守っていた。


それからナタリアが来て。
まずはメラニーがナタリアと話して、彼女の希望を聞く。

その後、改めて俺の意思を再確認して。


--- やきもちを焼いてしまいますから、10分だけです


そんな可愛いことを言われて、妙に和んだ場から、レオポルドとナタリアは制限時間付きで庭園へと向かう。

誰にも聞かれたくないなら侍女なども側に置けない。
けれど二人きりで密室は流石によくない。外聞的にも、関係者全員の精神的にも。それで選択したのが庭園だ。

声が届かない距離に侍女たちが控え、メラニーたちはサロンで待つ。

この屋敷の構造にも随分と慣れてきたレオポルドは、サロンにいるメラニーたちから見える位置を選ぶ。

何度も何度も、「まず考えろ」と小言を言ってくれたレンブラントに、レオポルドは今さらながら感謝していた。たぶん前のレオポルドだったら、テンパって何を話すかそれだけで頭がいっぱいになってただろう。


ひゅう、と木枯しが頬に当たる。

ナタリアが小さく縮こまった。


制限時間の10分は丁度いい時間かもしれない、そうレオポルドは思った。

だって今は真冬、コートを着ていてもかなりの寒さだ。鍛えているレオポルドはまだしもナタリアは堪えるだろう、あとそれに侍女たちも。


レオポルドはナタリアへ目を遣る。


・・・それにしてもナタリア。
少し痩せたみたいだ。

顔色は悪くないけど、もともとほっそりしていた体つきが、更に細くなってしまっている。

援助金を使えと言付けても、生活のためには受け取ろうとしない。きっと毎日忙しく働いているのだろう。


そんなことを考えていると。




「・・・素敵な婚約者さまね」


久しぶりのナタリアの笑顔がレオポルドに向けられる。懐かしさが彼の胸を打った。

あの頃は、この笑顔のためならなんでもする、なんでも出来ると思って、がむしゃらに進んでいた。自分の未熟さも知らず。


自分がもっと大人だったら、もっとしっかりしていたら。そうたとえばレンブラントのように。

そうしたら、ナタリア、君も今とは違う生活を送れていたんだろうか。


いや、今さらだ。出来なかったことを『たられば』で後悔しても。


ああ、だけど。

君との別れの後に、あの子との出会いがあった。

だからきっと、自分とナタリアとの出会いは無駄じゃない。意味がなかった筈がない。



「・・・素敵だろ? 大切にしたいと、そう思ってる」


そう言うと、ナタリアが笑った。


「ふふ、そうしてあげて。あの方に不幸は似合わないわ」

「ああ」


10分。

メラニーがレオポルドたちのために作ってくれた時間。


「・・・ナタリア」


名を呼ばれ、ナタリアがレオポルドを見上げる。



「手紙にも書いた通り、彼女のお陰で俺は幸せだ。きっとこの先も、俺は幸せでいられると思う」

「・・・うん。きっとそうね」

「・・・俺が幸せになるのを、君は許せる?」


レオポルドがそう問うと、ナタリアは驚いたように目を見開いた。


「もちろん許せるわ、当たり前じゃない。なぜそんなことを聞くの?」

「だって」


そう、せっかくの10分。

二人きりでしか話せないことを、今話さなくては。


「巻き戻る前の時、ベアトリーチェを酷い目に遭わせたのは、そもそも俺だろ?」

「・・・っ」


歩いていた足の動きが止まる。

無言でナタリアはレオポルドを見上げた。


「違うか? だってそうだろ? 俺は、自分を慕ってくれてたベアトリーチェの気持ちを利用して白い結婚をした。彼女が病気で死ぬ前提で」

「・・・」

「しかもその目的は、最初から君と再婚することだった」

「・・・どうして、そこまで知って・・・」

「なあ、ナタリア」


冷たい風がまた吹き抜ける。


「一番悪いのは、誰だと思う?」

「・・・っ」

「・・・俺は、少なくとも君ではないと思う」

「・・・どうしてそんな」


「直接手を下したのが君だったとしても・・・その状況を作ったのは俺やアレハンドロだ。だったら、一番悪いのはやっぱり俺たちじゃないか? 間違ってるかな・・・?」

「・・・」

「ナタリア」


ナタリアは答えない。

薬を盛られて錯乱したことは、アレハンドロ以外知らない筈だ。ナタリアは聴取の際にそのことをレンブラントに言っていない。

なのに、どうして。

どうして、そんな優しい言葉を私にかけるの。



「・・・ベアトリーチェの死に一番責任がある俺が幸せになろうとしてる。ナタリア、君はそれを許せるか?」

「・・・許せるも何も、私はずっとあなたの幸せを祈っていたわ」

「そうか。君はベアトリーチェと同じことを言うんだな」

「・・・ベアトリーチェ、さま?」


予想外の人物の名がレオポルドの口から上り、ナタリアが視線を揺らした。


「ベアトリーチェに聞いてみたんだ。前に彼女を殺す原因になった俺は・・・幸せになる権利があるんだろうかって」

「・・・」

「今の俺を見れば、ベアトリーチェがなんて答えたか分かるよな」


ナタリアは無言で頷いた。


「だけどさ」


レオポルドはナタリアを見つめる。


「ベアトリーチェは、君のことも言っていた・・・心配してたよ」


一歩、ナタリアに近づく。


「君はもしかしたら、自分に罰を与えたいんじゃないかって」



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