107 / 128
金貨の使い道 --- 後半部分、逆行前
しおりを挟む「あと半年か一年待てば良いって・・・? あの男がそう言ったのか?」
「左様でございます」
「・・・そうか」
車椅子で庭園を散歩中。
アレハンドロは、ザカライアスを通して、レンブラントからのメッセージを受け取っていた。
「あいつの起こした騒ぎの後始末もあるんだろう。まあ少しは時間を置かないとあっちも困ると言いたいんだろうな」
「・・・そうかもしれませんね」
マッケイは、これ以上は醜聞の元という判断でどこぞに売りに出されることになったらしい。あくまでザカライアスを通しての噂でしかない情報だ。
大人しく従っていれば、名ばかりとはいえ会頭という名誉職と働きに見合った額の報酬、そして住居は約束されていたのだが。
息子を酷使しての荒稼ぎが忘れられなかったのだろう、それとも定時で働くシステムに自分が組み込まれるのが嫌だったのか、とにかくマッケイはストライダムに噛みついた。その結果、売られた。
「・・・けど、あいつら、俺には甘いんだよなぁ」
「・・・」
マッケイは、あの程度の反抗で制裁を下されたのに。
アレハンドロの命はわざわざ一緒に川に飛び込んでまで救って、看護して、挙句に大金まで寄越している。
全てを終わらせたかったアレハンドロとしては、そのまま見捨てられた方が親切だったというのは皮肉なことだが。
「・・・対応の違いには、何か理由があるのでしょうか。アレハンドロさまはご存知で・・・?」
「・・・さあ?」
窺うような視線を送るザカライアスに、アレハンドロは肩を竦めてみせた。
ずっと気にしていることは知っていた。だが話すことに意味はないし、そのつもりもない。
「あの男が何を考えてるかなんて、俺の知ったことじゃない。まあ、待てと言うなら待つよ。それしかないしな」
「・・・」
「けど、それまでヒマだな」
詮索はするな、という意味を込めて、アレハンドロは話題を変える。
「何か、なさりたい事でも?」
「う~ん。そうだな」
アレハンドロは振り返って、車椅子を押す部下の顔を見上げた。
「お前へのプレゼントでも用意しとこうかな」
「・・・は?」
ザカライアスが珍しくぽかんと口を開ける。
対してアレハンドロは良いことを思いついたと楽しげだ。
「あの男にスッキリされたままで終わるのも何か気に食わないし」
「・・・アレハンドロさま?」
「うん。それがいい。まあ半年から一年あれば十分だ。いい暇つぶしになる」
アレハンドロは、主人の意図が分からず戸惑っている男に、残金はあといくら残っているかと問いかける。
「・・・金貨五百四十枚ほどでございますが」
「ほう。家とかいろいろ買った割にけっこう残ってるな。よし、じゃあパッと使うぞ。ザカライアス、地図を持って来い。あと紙とペンもだ」
「・・・畏まりました。今すぐお持ちします」
ザカライアスは手を打ち鳴らし、使用人の一人を呼ぶと、アレハンドロの言いつけた物を持って来させる。
彼の心は微かに高揚していた。久しぶりにアレハンドロの目に光が宿った気がしたからだ。
出会った頃を思い出しながら、ザカライアスは四阿に用意したテーブルの上に地図を広げた。
「・・・あんたが、時間を巻き戻せるっていう魔術師?」
警戒の滲んだアレハンドロの声が、目の前に座る男へと投げかけられた。
王都から離れた寂れた町。
指定された居酒屋に入ると奥の個室に案内される。扉を開ければ、全身を灰色のローブで覆った人物が座っていた。
「・・・本当に出来るんだな?」
「それだけの金が払えるなら」
「もちろん用意してある。一年につき金貨百枚だろ? 確認してくれ、ここに七百枚入ってる」
ガシャンと金属特有の硬い音を響かせながら、アレハンドロはテーブルの上に金貨の入った袋を幾つか積み上げた。
「・・・つまり七年か」
風貌は一切窺えない。だが声質から判断するなら男だ。
男は袋の中身を確かめるでもなく、ただ右手を袋の山へと向ける。
そのまま動かない男に対し、アレハンドロは苛立ちを抑えきれずに声を上げた。
「おい、時間がないんだ。さっさと金を確認して仕事に入ってくれよ」
こうして男と顔を合わせるまでで既に六日。
ナタリアの処刑は明日に迫っている。
そして勿論、アレハンドロ自身も追手をかけられている。殺されるのは構わないが、それではナタリアまでもが死んでしまう。
それをなんとか躱しつつ、古い伝手を使ってここまでこぎつけたのだ。
「・・・全て本物だな。分かった。引き受けよう」
「・・・っ!」
男がそう言った途端、それまで翳していただけの右掌の中へ、金貨を入れた袋が次々と吸い込まれて消えていく。
アレハンドロが我に帰った頃には、テーブルの上は空になっていた。
「・・・何をした?」
「もう私の金だろう? だから収納させてもらっただけさ。このままにしておいたら、時間を巻き戻した時に対価の金まで無かったことになってしまう」
「はっ・・・ははっ」
アレハンドロは、思わずといった風に笑いを漏らした。
「本物かよ。半信半疑だったが・・・これなら」
ーーー ナタリアが救える。
そんな呟きに微塵の興味も示さないローブの男は、アレハンドロに向かってこう告げた。
「媒体となるものが必要だ。関係者の体の一部が欲しい」
媒体、関係者、体の一部 ーーー
「なら急いで王都に行くぞ。墓地にナタリアに殺された女の死体が埋められてる。処刑は明日の正午だ。それまでに何とかして・・・」
「王都の墓地? ああ、あそこなら知っている」
「・・・っ!?」
男が指をパチンと鳴らす。
瞬間、二人の身体は室内から消えた。
個室の前で待機していたザカライアスも、居酒屋の他の客たちも、誰も気づかないまま。
ーーー これが、時間の巻き戻りが起きる前、アレハンドロが何をしていたかの最後の情報だ
119
あなたにおすすめの小説
私は貴方を許さない
白湯子
恋愛
甘やかされて育ってきたエリザベータは皇太子殿下を見た瞬間、前世の記憶を思い出す。無実の罪を着させられ、最期には断頭台で処刑されたことを。
前世の記憶に酷く混乱するも、優しい義弟に支えられ今世では自分のために生きようとするが…。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめる事にしました 〜once again〜
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
【アゼリア亡き後、残された人々のその後の物語】
白血病で僅か20歳でこの世を去った前作のヒロイン、アゼリア。彼女を大切に思っていた人々のその後の物語
※他サイトでも投稿中
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
私があなたを好きだったころ
豆狸
恋愛
「……エヴァンジェリン。僕には好きな女性がいる。初恋の人なんだ。学園の三年間だけでいいから、聖花祭は彼女と過ごさせてくれ」
※1/10タグの『婚約解消』を『婚約→白紙撤回』に訂正しました。
許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください>
私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる