【完結】 いいえ、あなたを愛した私が悪いのです

冬馬亮

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とても、恋しい

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ストライダム侯爵邸。

ナタリアの生家オルセン子爵家とは造りも、規模も、何もかもが違う、そのあまりの壮麗さに、ナタリアは言葉が出なかった。


「こっちだよ」


隣でニコラスが先導してくれているから足を進めることが出来ている。一人だったら絶対に怖気づいていた。


レオポルドと付き合っていた時、何回かライナルファ侯爵家に行ったことはある。レオポルドの父トマスに嫌われていた為、回数としてはほんの僅かではあるが。


だが、家屋の大きさ、敷地面積はストライダム侯爵家の方が大きい。しかもどこから醸し出しているのか分からないが、とんでもない威圧感があるのだ。


「・・・すごい、お屋敷ですね」


思わずぽつりと溢れた本音に、ニコラスが笑った。


「だよね。俺も最初にここに来た時はホントにびっくりしたよ。育った家とは規模が違うから」

「ニコラスさんが一緒で良かったです・・・一人だったら、きっとすごく慌ててました」

「はは、そう? 役に立てたのなら良かった」



そうして二人は、目的地であるサロンへと到着する。


ニコラスは扉を軽く二回ノックしてから、声をかけた。


「ベアトリーチェさま。ナタリアさんをお連れしました」

「どうぞ入って」


返事を受けてニコラスが扉を開く。

日当たりの良いサロンには白くて丸いテーブルが一つ、豪奢な装飾の付いた椅子が二脚。そして、その一つに座っているのはもちろん声の主ベアトリーチェだ。


「ニコラス、案内ありがとう。ナタリアさん、どうぞお座りになって」

「・・・ありがとうございます」


ニコラスに会釈をしてから、ナタリアは席へと向かう。

同じく会釈をして扉の向こうに消えていくニコラスを見て、ナタリアは心細さを感じた。


壁際に控えていた侍女たちが手際良くお茶の用意を整えていく。


あらかじめ人払いを命令されていたのだろう、全ての用意を済ませると、侍女たちは静かにサロンから退出した。


立ち上るお茶の香り、早春の暖かい日差しが差し込む部屋に、静寂が舞い降りる。


カチコチと時計の針が時を刻む音だけがその場に響いた。


「・・・あの、お招き、ありがとうございます」


ナタリアが絞り出すようにして、まず言葉を発した。


ほっとした表情で、こちらこそとベアトリーチェが返す。


「卒業ももうすぐでしょう? きっとなかなかお会い出来なくなると思って」

「ベアトリーチェさまには、これまでもずっといろいろとお気遣いを頂きました。贈って頂いたクリームのお陰で、あかぎれが随分と良くなって、助かりました」

「それは嬉しいわ」


少しずつ口の重さも解消されてきたようだ。

他愛のない話から、学園での話、共通の知人であるニコラスの話などを経て、やがて話題はレオポルドへと移った。


「・・・幼馴染みと言ってもね、そんなに仲が良かった訳ではないの。むしろ、もう一人の幼馴染みの方と私はよく一緒にいたから」


その人は今、私の恋人でね、と頬を染めて話すベアトリーチェの姿に、ナタリアは自分のことのような嬉しさを感じた。


「その方はね、今はドリエステに留学していて薬学の研究所で頑張ってくれてるの」

「まあ隣国に」

「ええ。私の病気を治すんだって張り切ってるわ」

「その方は、本当にベアトリーチェさまのことを大切に想っておられるのですね」

「そうなの。自分のことはどうでも良くて、私の心配ばかりしているわ」

「ふふ、素敵ですね」


三年間同じクラスだった。

だが、それでもクラス内での接点はほぼなく、会話もろくに交わしたことがない。

巻き戻り前は、学園で常に一緒に過ごしていた二人だが、その記憶があるのはベアトリーチェだけだ。

それを思うと、ベアトリーチェは少し切なくなる。


「二十歳になるまで生きていられるとも思っていなかったの・・・だからかしら、白馬の王子さまの様な存在に憧れていたのよ。つい三年前までね」


ベアトリーチェはお茶を飲み干すと、こう続けた。


「そんな単純な理由だったの。私が、レオポルドさまのことを好きになっていたのは」

「・・・っ」


ナタリアの肩がぴくりと跳ねる。


「・・・ご存知なのでしょう? 私が、レオポルドさまのお飾りの妻として嫁いだ期間があることを・・・今はもう消えてなくなった時間だけど」

「・・・」


ナタリアの心臓の鼓動が速まる。
息が苦しくなった。


知っているかと聞かれれば、もちろん知っている。未だに心のどこかで嘘であって欲しいと、たちの悪い想像だと囁く自分がいるけれど。


「・・・兄から聞いたのですけど、アレハンドロが、ナタリアさんにこの話を伝えたそうね」


ナタリアは無言で頷いた。


「よく信じる気になりましたね。荒唐無稽な妄想だとは思わなかったの?」

「思い・・・ました、最初は。きっと、私を揶揄ってるだけだって・・・でも、アレハンドロの様子を見て、なんとなく思ってしまった。ああ、もしかしたら本当なのかもしれないって」

「・・・アレハンドロとナタリアの絆は特別だものね」

「・・・え」

「アレハンドロだから信じたんでしょう?」

「・・・」

「アレハンドロの言うことだから、信じられたのよね。違う? ナタリア」

「・・・ど、して・・・」



ーーー どうして分かるの?



ベアトリーチェは微笑む。


「アレハンドロとあなたの間にある絆を知ってるわ。私はこの目で直接見ていたもの。私とあなたとアレハンドロ・・・一年生の時はずっとこの三人で過ごしていたから」

「・・・」

「今は・・・今だけでもナタリアと呼ばせてほしいのだけど、いいかしら」

「あ、はい・・・」


ナタリアの首肯にベアトリーチェは安堵し、言葉を継いだ。


「ねえ、ナタリア。アレハンドロが時間の巻き戻りを起こして、全てが前と比べて良い方向に転がっていってる・・・でも私は、巻き戻り前で恋しくなることが一つだけあるの」

「一つ・・・」

「ええ」


ベアトリーチェは眉を下げる。


「ヴィヴィアンたちのことは大好きだし、友だちになれたことを心から良かったと思ってる。でもね、ナタリア。私は巻き戻り前に、あなたと過ごした時間がとても・・・とても恋しい」

「ベアトリーチェ、さま」


ナタリアの声が掠れた。


どうして。


どうしてそんな風に思ってくれるのですか。

だって。

私は・・・私は、あなたを滅多刺しにして殺したと聞いています ーーー




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