【完結】 いいえ、あなたを愛した私が悪いのです

冬馬亮

文字の大きさ
115 / 128

貸し出し

しおりを挟む

「よう、ナタリアじゃないか。今から食事か?」

「・・・」


・・・なぜこんな所に。


ナタリアは溜息を吐きそうになるのを辛うじて堪える。


週末、必要品と食事のために外出したナタリアの前に、まるで待ち構えていたかのように現れたのはジェイクだった。


見たところ、今日はジェイクひとり。腰巾着のトミーも、取り巻きの女子たちもいない。


だが、これはこれで面倒な予感がした。


寮を出て一ブロックも歩かないうちに声をかけられたのだ。


最近とみにしつこさを増したジェイクたちに用心して、週末の外出も必要最低限、それも近場で済ませるようにしていたナタリアだった。


先週は誰とも会わず、先々週は昼を抜き、夕方はギリギリの時間まで寮内で過ごし、わずか一ブロック先の食堂に飛び込んで済ませていた。そう、ちょうど今、行こうとしていた最も近場の食堂だ。


「俺も夕食はまだなんだ。一緒に食おうぜ」

「・・・いえ、周囲の誤解を招きたくないので、遠慮します」

「変な遠慮はするなよ。誤解されて困る仲でもないだろ」

「あの、私たちはただのクラスメイトですから。二人きりで食事は困ります」

「はは、ナタリアは控えめな女性だよな。本当に好ましい」

「・・・」


ああ、本当にこの人と話すと疲れる。

言葉は通じている筈なのに、まるで話が噛み合わない。

自分の伝え方が悪いのか。そんなに親しく話をした覚えもないのだが、いつの間にか妙な親しさを込めて話しかけられるようになった。


ナタリアは、さっき出て来たばかりの寮をちらりと振り返る。

さほど距離はない。なにしろ出て来てほぼ直ぐにジェイクに捕まったのだ。


口を開くよりも前に、後ろに足を踏み出したナタリアは、早足で歩き出すと同時にジェイクに再び断りを入れる。


「あの、忘れ物を思い出したので寮に戻ります」

「あ、おい待てよ。ナタリア」


追って来る気配。言葉が通じない相手に恐怖が増す。


「財布か? 財布を忘れたのか? それなら俺が奢るよ。なぁナタリア、待てって」


寮まであと少し。近づく声に、ナタリアは思わず走り出し ーーー



ぽふん、と何かに当たる。


勢いをつけたところでぶつかったため、ナタリアがよろける。そこを前方から優しく支えられて。


「大丈夫? ナタリアさん」

「・・・え?」


降って来たのは、ここにいる筈のない人の声。


優しくて、穏やかで、告白に応えなかったナタリアを咎めることもせず、友だちで居続けてくれた人。


「誰だ、お前っ。ナタリアに馴れ馴れしく触るな!」


追いついたジェイクの喚く声が、すぐ後ろで聞こえるけれど。

もう、そんなのは気にもならなかった。


「ニコラス・・・さん」

「やあ。こうやって会うのは久しぶりだね。元気だった?」


背後から聞こえてくる怒鳴り声をまるっと無視したニコラスは、ナタリアの肩を支えながら笑顔で話しかける。

現状を把握出来ないまま、けれどナタリアは思ったままの疑問を口にした。


「・・・あの、ニコラスさんはどうして」

「旦那さまたちから派遣されて来た。ちょっと仕事を頼まれてね」

「お仕事・・・ですか?」

「うん。君にも関係ある話だよ。長くなるから、落ち着いた場所で聞いてもらいたいんだけど」


ナタリアは不思議そうに首を傾げた。
仕事だとニコラスは言うが、それにしては騎士服ではなく私服を着ているのだ。


「さっきここに着いたばかりでさ、お腹が減ってるんだ。君は食事はまだ? もし良かったら一緒にどう?」

「・・・っ、はい、ぜひ」

「っ?! おい、ナタリアッ? 食事は俺と行くんだろ?」


二人の会話中もめげずに後ろで喚き続けていたジェイクが、話に割って入った。

ニコラスはすかさず背にナタリアを庇うように立つ。だが、ナタリアは手をニコラスの腕に置き、大丈夫だと頷いた。


「・・・あの、ジェイクさん。食事のことは私、先ほどお断りしましたよね」

「・・・っな? おい、ナタリア!」

「行きましょう、ニコラスさん」

「待てよ。お前、俺の誘いを断るなんて・・・っ」


未だ喚き続けるジェイクを後に残し、ナタリアはニコラスを引っ張って食堂へと向かう。


「・・・美人は大変だね」


人によっては嫌味になる台詞。だが、ニコラスのそれには純粋な気遣いが滲んでいた。


「・・・あの人は誰にでもああなんです」


特にここひと月ほどのジェイクの絡み方は面倒極まりなかった。周囲まで巻き込むから、いつも話が大きくなる。それを思い出したナタリアの口調に、ついつい棘が出た。


「・・・誰にでも、ね。そっちの方がまだマシだけど、う~ん、どうだろうな」

「え?」

「何でもない。ああ、ここかな。美味しそうな食堂だね。じゃあ、取り敢えず食事をしながら話そう」


ニコラスと二人、連れ立って入ったナタリアは、食堂を経営する気のいいご夫婦にさんざん揶揄われた後で注文を終える。



「まずは、どこから説明したらいいのかな。えっと、仕事で来たって話はしたよね」

「はい」

「実は、ノイスさまたちからの命を受けてるのは本当なんだけど、それとは別に、レオポルド・・・さまからも依頼を受けててさ」

「レオ、ポルド?」

「そう。ちょっと貸し出し?的な」

「・・・はあ」


よく分からないまでも相槌を打ったナタリアを前に、ニコラスはテーブルに出された水をぐっと飲み干す。

それから、少し言いづらそうにしつつも言葉を継いだ。


「ええと、確か、あと十日で夏休みに入るんだったよね」

「はい」

「それまで、俺はこの町に留まる予定。あ、これはレオポルドさまの方の依頼ね。で、その間、君のサポートをすることになってる」

「・・・えと、サポート、ですか?」


きょとんとした顔で聞き返された言葉に、ニコラスは、こほん、とひとつ咳払いをする。


「うん。君が良ければ何でもやるよ。護衛でも、使い走りでも、兄弟役でも・・・」


一瞬、妙な間が空いて。


「・・・ええと、しつこい男除けの恋人、役・・・でも」


そう続けたニコラスの顔は、真っ赤だった。





しおりを挟む
感想 57

あなたにおすすめの小説

私は貴方を許さない

白湯子
恋愛
甘やかされて育ってきたエリザベータは皇太子殿下を見た瞬間、前世の記憶を思い出す。無実の罪を着させられ、最期には断頭台で処刑されたことを。 前世の記憶に酷く混乱するも、優しい義弟に支えられ今世では自分のために生きようとするが…。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめる事にしました 〜once again〜

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
【アゼリア亡き後、残された人々のその後の物語】 白血病で僅か20歳でこの世を去った前作のヒロイン、アゼリア。彼女を大切に思っていた人々のその後の物語 ※他サイトでも投稿中

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

私があなたを好きだったころ

豆狸
恋愛
「……エヴァンジェリン。僕には好きな女性がいる。初恋の人なんだ。学園の三年間だけでいいから、聖花祭は彼女と過ごさせてくれ」 ※1/10タグの『婚約解消』を『婚約→白紙撤回』に訂正しました。

許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください> 私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

処理中です...