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役得と言って誤魔化して
しおりを挟む「ねえ、ナタリアさん。ちょっと」
「・・・はい」
ジェイクといつも一緒にいた女子生徒の一人アニエスから声をかけられ、暫しの逡巡の後、ナタリアは振り返る。
警戒するナタリアに、アニエスはそっと「良かったね」と耳打ちしてきた。
ナタリアが現在住んでいる町、モルガンビアにニコラスが到着してから三日が過ぎていた。
一体、何をどうやったのか。ニコラスの存在は、ジェイクたちを含む同級生たちに、あっという間に周知された。彼の提案通り、王都に住むナタリアの遠距離恋愛相手として。
あまり深く考えないで大丈夫、これもレオポルドさまの依頼だから。外堀を埋めるとか、君の気持ちを無視して事を進めたりとか、そんなつもりはないから。
ーーー あくまで君の安全のためだよ
そう言って微笑みかけられ、安心するよりも少し寂しく思ったのは何故なのか。
聞けば一週間ほど前、レオポルドはストライダム家を訪問したらしい。そして、言った台詞が「ニコラスを貸して欲しい」だったそうだ。
--- うちの騎士は物ではないぞ
ろくに事情も説明せずに焦って放った願いの言葉。それに返されたのは、そんなお叱りの言葉だった。
結局、その場では良い返事はもらえず、帰らされたという。
だが数日後、再びストライダム侯爵に呼び出されたレオポルドは、こちらの家の用件と抱き合わせであればと許可が出た。
話によると、モルガンビアから更に国境寄りに位置する都市スタンレイズの病院、そこにベアトリーチェの恋人であるエドガーが入院しているという。
怪我の治療のため数日間は動けない。だが、もとよりエドガーは睡眠不足と過労気味。その意味でも入院は必要だったらしい。
それより少し前、ナタリアに付けていたライナルファ家の影からの報告により、看護学校での同級の男たちの振る舞いがレオポルドの耳に入った。調べたところ、これまでにも色々とやらかした奴ららしく、彼らが実力行使に出る前に、と動いたのが今回の『貸し出し』の発端だ。
レオポルドの立場上、ライナルファ家の名前を出す訳にはいかない。それでストライダム家を頼り、ニコラスが出張った訳だ。
「聞いたよ。あんた、良いとこのお嬢さまだったらしいね」
「・・・はい」
近くの空き教室に入り、アニエスは興味津々と言った風に話し始めた。
「しかも、彼氏が大貴族の騎士団で働いてるって言うじゃない。あのストライダム侯爵家でしょ? ジェイクたちもさすがに青ざめてたよ。良かった、あんたもこれで安心だね」
アニエスはどこか嬉しそうだ。
今思えば、ジェイクやトミーがナタリアの周りで騒ぐたび、アニエスはさり気なく彼らを呼び戻したり、話題を変えたりしてくれていた。
「周りを巻き込んで断りにくくするの、あいつの常套手段だからさ」
「・・・アニエスさん」
「あいつの家、この町一番の大店だからね。地元の子たちは逆らえないんだよ」
ナタリアを睨みつけていた他の女子たちはともかく、アニエスは心配してくれていたようだ。
「あんたみたいな綺麗な子、すぐにジェイクの餌食になっちゃうって、教室で初めて会った時から思ってたんだ。まあでも、さすがにあんたの事はあいつらも諦めるとは思うけど」
「・・・ありがとう、アニエスさん」
「あたしは何もしてないよ。でもさ、王都の騎士さまが登場するなんて、物語のお姫さまみたいだよね」
「・・・」
興奮して嬉しそうに話すアニエスに、ナタリアは苦笑を返した。
物語のお姫さま。そんな存在に憧れていた時もあった。実際、そうなれたと夢を見たことも。
・・・でも。
ナタリアはお姫さまではない。離籍した元貴族令嬢、つまり今は平民。王子さまなんて自分にはいないし、立派な騎士であるニコラスの手を煩わせるなんて、本当はあってはならないのに。
--- 命令でここに来たけど、正直、役得だと思ってる
結局恋人役を頼むことになった時、申し訳ながるナタリアに、ニコラスはそう言って笑った。
--- だから、ナタリアさんは何も気にすることないんだよ
ナタリアの胸が、きゅっと痛くなる。
本当に。
本当に、ニコラスは優しすぎる。
あんな優しい人、きっと誰だって恋人になってもらいたいと思う筈。
そう。きっと他の女の人も。
「・・・」
「・・・ナタリアさん? 大丈夫?」
「・・・あ」
気づけば、すぐ前に立ったアニエスが、気遣わしげに顔を覗きこんでいる。
「ごめんね。嬉しくてつい話すぎちゃった。そろそろ行こうか。もうジェイクたちも何もしてこないだろうけど、それでも余り気を抜くのもね」
「・・・うん」
「あんたはずっと真面目に授業受けてたもんね。頑張って」
モルガンビアにニコラス一人を残し、ストライダム侯爵家の部下たちはエドガーのいる病院に行っている。
その帰り、ナタリアが夏休みに入る頃、ニコラスは彼らと合流してストライダム侯爵家へと帰る予定だ。
ナタリアは、ニコラスを通してベアトリーチェからの手紙を受け取っていた。
手紙に書かれていたのは、どこまでもナタリアに甘いベアトリーチェの言葉。
夏休みの間、行く所がないならストライダム騎士団所属の医務室で助手として働いてみないか、と。
それにどう返事すべきか、ナタリアは悩んでいた。
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