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今は、今だけは
しおりを挟む夏休みに入る三日前。
週末で授業はなく、ナタリアは学校入り口でニコラスと待ち合わせをしていた。
だが、現れたニコラスの頬に貼られた絆創膏に目を丸くする。
「・・・ニコラスさん、その怪我は・・・」
「ああ、これ? うん、ちょっと囲まれちゃって」
はは、とニコラスは明るく笑うが、ナタリアは顔が蒼白になった。
「囲まれたって、もしかして」
「うん。ライナルファ家の調べ通り、相当なお馬鹿さんたち揃いだね? こっちは大貴族の家名を背負って来てるってのにさ」
「・・・ごめんなさいっ」
「ナタリアさん?」
「ごめんなさい、ニコラスさん。私のせいで」
涙を滲ませるナタリアに、ニコラスは慌てて手を振った。
「落ち着いて。これ、ライナルファ家からの依頼なんだから。ナタリアさんのせいじゃないよ」
「でも」
「こうなる可能性も込みでレオポルドに貸し出されてるから。これも想定内なんだ。報酬もすごいんだよ?」
戯けた口調でそう言ったニコラスは、まるで赤子をあやすようにナタリアの頭をそっと撫でる。
「それにさ、俺は頬にちょっと傷がついたくらいだけど、あっちはもうダメージ凄いよ? 四人がかりだったから、俺もつい本気出して叩きのめしちゃったし」
「四人も・・・」
「前期はまだ残り三日あったよね。あいつらは学校に来れないと思うよ。下手したら、夏休みが明けても来れなかったりするかも」
「・・・え?」
「ああでも、学年の最後まで出て来れないように、もっと徹底的に痛めつけた方が良かったかもな」
「え、あの、ニコラスさん?」
今度は違う意味で青褪めるナタリアに、ニコラスは明るく、しかしどこか黒い笑みを向けた。
「はは、ごめん。怖がらせちゃったね。俺もちょっと腹を立ててるもんでさ」
そう言うと、スッと真面目な表情になる。
「・・・あそこまで馬鹿な奴らだと、一度は本気出して分からせておかないとと思ってね。だって、後が心配でしょ?」
ーーー 俺も、いつまでもここにいられる訳じゃないから
「・・・っ」
なぜだろう、心臓が跳ねた。
胸の鼓動に、ナタリアは思わず俯く。
「レオポルドの調べでは、あいつら・・・特にジェイクって男、陰で色々と悪さしてるらしいんだ。しかも金の力で揉み消してる。それで余計に調子づいてたみたい」
数日前、アニエスが言っていた言葉を思い出す。
--- あいつの家、この町一番の大店だからね。地元の子たちは逆らえないんだよ
ゆっくり話をすることは出来なかった。けれど、もしかしてアニエスも過去に嫌な思いをしたのだろうか。
「まあでも、今回はあいつらの方が口を噤むしかないね。四人がかりで来たのに、たった一人に返り討ちにされちゃったとか。しかもあっちは武器まで持ってたんだよ? みっともなくて誰にも話せないよね」
「・・・」
頭上から、さらりと凄い事実が告げられた気がした。
ナタリアが思っていたよりも、ニコラスはずっと。
「・・・お強いんですね」
気づけば、口に出していた。
「ん?」
「ニコラスさんは、とても強い騎士さまなんですね・・・本当にすごい・・・びっくり、しました」
「・・・」
「とても、頼もしいです・・・ニコラスさんが居てくれて、本当によかった・・・」
「・・・」
「ニコラスさん?」
「え? ああ、いや。えっと、ありがと。そう言ってもらえると嬉しいよ。ほら、これでも一応、騎士だからさ。破落戸なんかに簡単にやられてたら騎士失格って言うか。ストライダム騎士団をクビになっちゃうからね。
クビになったら食っていけないし」
わちゃわちゃと、手振りを交えて話し始めたニコラスが何故だか可愛らしく思えて、ナタリアは思わず笑みを浮かべる。
「ふふっ」
「え? ナタリアさん?」
「ふふ、ニコラスさんは絶対にクビになんかなりませんよ。そんなに優秀な騎士さまなのに」
「え、あ、そう? そうだと良いんだけど。うん。そうなりたいな。これからも精進します、はい」
ひとしきり捲し立てたニコラスは、ここで、未だ学校入り口の前で立ったままだことに気づく。
「・・・ああ、ごめん。こんな所でつい話し込んじゃった。ええと、買いたいものがあったんだっけ? いや違うか、お昼ご飯だったか・・・?」
「ニコラスさん」
ナタリアがスッと手を差し出す。
「え?」
「恋人、なんですよね・・・今は」
「え、あ、うん。今は・・・そう」
ニコラスは、差し出されたまま宙を浮いている手と、ナタリアとを交互に見る。
「じゃあ」
ナタリアは、勇気を出して続けた。
頬はほんのりと赤い。
「手を、繋いで歩いてもらっても・・・良いですか?」
「へっ?」
「今だけでも、良いですから・・・その、恋人、らしく・・・お願いします」
「・・・」
ニコラスは差し出された手を、暫しの間、呆然と見つめて。
それから。
「よ、喜んでっ!」
そう言って、勢いよく自らの手を差し出した。
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