【完結】 いいえ、あなたを愛した私が悪いのです

冬馬亮

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閑話 --- マルケスには義家族がおりまして

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「おや、マルケス殿ではないか。王城で会うとは珍しい」

「これはハナトゥラ殿。ご無沙汰しております」

「相変わらず若々しいな。確か、貴殿はストライダム侯爵家で騎士をされていたのではなかったか?」

「ええ。本日は小侯爵に雑用で駆り出されましてここに」



・・・知り合いが多いから面倒なんだけどね。


などという言葉は、もちろん心の中だけに留めておく。

マルケスは空気が読めるのだ。いつもは敢えて読まないだけで。


自身が流した浮名による知名度の高さと、昔に属していた家名によるものと、二重の意味でマルケスには知り合いが多い。

今回は元の家族絡みの知り合いだ。


・・・義父が半端に有名な人だから、却って声をかけられちゃうんだよな。


これが王家の落とし胤とかなんとかだったら、却って周囲が気遣って遠巻きにされるだけなのに。

微妙に良い家の出身だから、こういう時の立ち回りは少し気を遣う。


成人式を終え、親元を離れたマルケスは一度平民になっている。だが今は騎士爵を得て、再びの姓持ちとなっている。


年齢は既に二十代後半。もはや三十路と言っても差し支えないかもしれない。なのに十代半ばにしか見えないその麗しい容姿は、人中にあってもやたらと目立つ。


女性からは勿論、老人子どもからも受けが良い。


故に情報収集や戦闘時など、影として働くときも囮役として動く機会が多々あるのだが・・・


今日は本当にただの使い走り。
運ぶ書類が機密事項という理由で、頼まれてしまっただけの。


王城に入り、既に八人から声をかけられた。

いよいよ面倒になったマルケスは、人気の少ない方を選び、普段あまり人の出入りのない倉庫付近を歩き出す。


「あれ?」


この先を真っ直ぐ行けば執務棟。だがそれより手前、マルケスからはまだかなりの距離がある渡り廊下の端に、自分の知る後ろ姿が目に入る。だが一人ではない。


右手には何枚かの書類。倉庫付近だから、備品補充か在庫確認か。

仕事でここに来たら出くわしたって感じかな。


彼女にニヤつき気味に話しかけている男。だが互いの距離が近い。彼女は後ろに下がり適度な距離を保とうとしているけれど。


・・・あのまま後ろに下がると、じきに壁にぶつかるし。

というか、あの位置。男が彼女に声をかけたあの場所は三方面から死角になる。つまり、見えるのは自分がいるここからだけ。


間違いない。男は確信犯だ。


マルケスは足を速める。


・・・間に合うか。

彼女は意外と思い切りが良い。これ以上はまずいと思ったら、さっさとアレを出すだろう。


マルケスは、歩きながら頭の中で彼女に迫る男の情報を照会する。


あの顔はショウス伯爵家の次男。財務部の事務だったか。王城勤めをして九年経つのに、未だ昇進の噂一つも立たない男。


彼女の父親が外務部の長だからと目を付けたのだろうか。にじり寄られ、いよいよ彼女の背中が壁に当たる。


彼女は無表情のまま、左手を足下近くへと滑らせーーー


マルケスはそれまでの速足を、一気に加速して距離を詰める。


「痛っ!」


彼女が護身用の小刀を男に突きつける前に、マルケスが背後から男の腕を捻り上げた。


「な、なんだ、お前は? 邪魔するな、私を誰だと思って・・・」

「誰かなんて、もちろん知ってるよ? ショウス伯爵のとこの能なし次男だろ? いつまで経っても下っ端の。あんたこそ、こんなところで何してんのさ」


マルケスの分かりやすい煽りにいとも簡単に激昂した男は、声を更に荒げる。

「わた、私は、仕事の話をこの女としていただけだ。お前こそその手を離せ。その服、王国騎士団の者じゃないな。どこぞの貴族のお抱え騎士に過ぎないくせに、よくもこんな真似を・・・」

「どこぞの貴族などと仰ってはいけません、アーデンさま。ストライダム侯爵家に属する騎士の方でいらっしゃいますよ」


未だ手を離そうとしないマルケスと、彼に怒鳴り声を上げ続ける男。その男をアーデンと呼んだのは、当然その場にいた彼女、アレクサンドラだ。

だが、その声に動揺や怯えはなく、ただひたすら冷静で平坦で。


「・・・はあ? ストライダム? まさか」



それまでマルケスに向いていた男の視線が、勢いよくアレクサンドラに戻って。


「・・・っ!」


男、アーデンは彼女の左手に握られていた物を見て、息を呑む。


「・・・な、な、なんて物を、持ち出して・・・」

「あら? 自衛のためですよ。貴方のような輩はまあまあ居られますので、割と必要になる場面が多くて」


にこりともせず、言い放つその様に、アーデンはゴクリと唾を飲み込んだ。


「・・・いいからもう、それ仕舞えよ。サンドラ」

「義兄さまがそう仰るなら」

「俺が言うとかそういうんじゃなく、もう必要ないから」

「分かりました。では」


ごそごそと足下に再び得物を隠すアレクサンドラを暫し呆然と眺めていたアーデンは、やがてハッと我に帰り、感じたであろう疑問を口にする。


「・・・義兄、さま? 今、義兄さまと言ったのか?」

「はい。今、あなたの腕を捻り上げているのは私の義兄ですが、何か?」

「う、そだろ? いや、だって」


そう言って、視線をあちらとこちらに忙しく往復させる。


嘘と思ったのはどれのことだろう。

自分が馬鹿にした男がストライダム侯爵家に属する者であることか。どう見ても少年にしか見えない男を義兄と呼んだことか。それともカーネギー伯爵家に、この男が知らない男子がもう一人いたことなのか。


「他所の家の家庭事情について説明する義理はない。けど、俺が義兄であるのは本当だし、ストライダム騎士団の者であるのも本当。ちなみに騎士団内での位はかなり高いよ?」

「あ・・・」


真っ青になったアーデンに、もはや危険性はないと見なし腕を解放する。


ふらふらと逃げて行く後ろ姿を眺めながら、澄まし顔で立つ義妹に、マルケスは声をかけた。


「いつまでやるつもり?」

「なんの話ですか?」

「だから、その男装して働くやつ。こんなのしょっ中あるんだろ? いつまで続ける気だよ?」

「もちろん、治るまでです」

「は?」

「ですから、ベアトリーチェさまのご病気が治るまでですわ」

「・・・」


マルケスは前髪をかき上げながら、呆れたように溜息を吐いた。


「わざわざ働きに出なくても、屋敷で大人しくしてれば良いんじゃない? カーネギー伯爵・・・義父さんも、他の婚約者を探さないって約束してくれたんだろ?」

「ただ受け身で待ってるだけでは、いざその時が来てもお嫁に貰ってもらえませんから」

「・・・はあ」

「第一、家にこもっていては、お会いすることも出来ません。そうしたら、私など忘れられてしまうでしょう?」


大きな、大きな溜息を吐く。わざとらしく、これ見よがしに。

マルケスは知っている。


アレクサンドラは、この見た目に反して意志の強い義妹は、己の決めた事を曲げないであろうことを。


「大丈夫です。あのような輩も、もう随分と数が減ってきていますもの。一昨年や昨年と比べれば可愛いものです。今年はまだ、たったの三件目なんですから」


マルケスとは一滴も血がつながっていないこの義妹は、なんの因果か、思い切りが良くて変に度胸のあるところは義兄にそっくりなのだった。


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