【完結】 いいえ、あなたを愛した私が悪いのです

冬馬亮

文字の大きさ
119 / 128

優しいと言われても

しおりを挟む


場には、どこか緊張感が漂っていた。


と言っても、緊張しているのは一方の側だけ。もう片方は、涼しい顔をしてお茶に口をつけている。


「・・・ストライダム家での滞在は楽しんでもらえただろうか?」

「あ、はいっ、勿論です・・・っ」

「そうか」


レンブラントとナタリア。その面子を心配してベアトリーチェも同席すると言い張っていたが、レンブラントはそれに頷かなかった。


ベアトリーチェが聞いていい話ではない、そう言っているのを聞いて、自分は一体どんな話を聞かされるのだろうかとナタリアは不安になる。


やがて、お茶を淹れ終えた侍女たちも下がらせ、室内にはナタリアとレンブラントと、いつぞやの事情聴取で筆記を担当した美少年の三人だけが残る。


そこで、レンブラントが口を開いた。


「あの男・・・アレハンドロのことなんだがな」


左手にはカップを持ったまま。

ゆるゆると中身を揺らして。


「あれは・・・死ぬつもりだぞ」

「・・・っ」


ナタリアは小さく息を呑む。だが、声は出さず。


レンブラントはその様子を暫しの間、観察して、そして。


「思ったより驚かないな・・・もしや、予想していたか?」


そう問われた。


「・・・っ、いえ。予想、していた訳では」

「・・・ふうん?」


レンブラントは軽く首を傾げた。だが、それだけだ。

彼はそのまま話を続けた。


「・・・君にこのことを話す義務はない。だが、君とあの男との精神的な繋がりを考えると、敢えて黙っているのもどうかと思ってな。話だけはしておこうと、そう思った訳だ」

「・・・」

「厄介なことに、その日を決める権限が俺にあってな」

「・・・それは、アレハンドロが死ぬ日、と言うことですか? それをレンブラントさまがお決めになる権限がある、とそういう意味でしょうか?」


レンブラントは小さく頷くと、再びカップに口をつけた。


「・・・あの男が死に場所と決めている所、その場所に監視の兵を配置しているのが俺、そういうことだ」

「・・・っ」

「一日でいい、監視を外せと言ってくる・・・それはもう、しつこいくらいにな」

「それで、レンブラントさまは・・・」

「頼みを聞いてやる謂れはない、だが同時に聞いてやらない謂れもない。だから適当に誤魔化して様子見をしていた」

「・・・そう、ですか」

「自分があの男の死ぬ日を決めるというのは、些か・・・」


レンブラントは言葉を切り、ことりとカップを置いた。

その音が、妙に室内に響く。


「・・・済まない」

「え?」


だが、何故かその後に続いたのは謝罪の言葉。


「君とあの男との精神的な繋がりがどうとか言ったが、それは全部言い訳だ。説明などと言って君を呼びつけて、結局はぶちまけたかっただけ・・・汚れ仕事には慣れているのだが」

「レンブラントさま・・・」

「今回のことで、あの男に借りが出来た。いずれ、例の場所の監視を解く日を決めることになるだろう」

「・・・」


ナタリアは、横の一人がけのソファに座る騎士服を着た少年に視線を走らせた。


内容が内容だけに、反応が気になったからだ。

だが、彼は立ち会い人に徹するつもりのようだ。静かに座ったまま、ただ黙っている。

視線をレンブラントに戻したところで、彼は再び口を開いた。


「・・・伝えたかったことはそれだけだ」

「・・・分かりました」

「あと滞在は残り数日だったか、ゆっくりしてくれ」

「・・・はい。お気遣いに感謝します・・・では」


ナタリアは頭を下げ、扉へと向かう。

把手に手をかけ、開こうとして、けれど一度、振り返る。

空になったカップをじっと見ているレンブラントと、その横で黙って座る少年騎士と。


「・・・あの」


気づけば、口を開いていた。


「ありがとうございます」

「・・・ん?」


脈絡のない感謝の声に、レンブラントが顔を上げ、緩く首を振る。


「今回の滞在に関する感謝ならば、既に受け取っている。そもそも先ほど話した通り、これは俺の勝手な理由付けで来てもらっただけで・・・」

「いえ、そうではなくて」

「・・・? では?」

「ええと、その・・・」


ナタリアは言葉を探す。

恐らくもう会う機会もあまりないだろうと思い、よく考えもせずに口走った言葉。だけど、確かに感じたことで。


そう。それは。


「・・・アレハンドロの気持ちも、それを後で聞くことになる私の気持ちも・・・慮って下さったことに、感謝を」

「・・・っ」

「レンブラントさまは、やはりベアトリーチェさまのお兄さまですね。優しくていらっしゃいます」

「・・・」

「失礼しました」


扉の閉まる音。

室内に静寂が落ちる。


少しして、口を開いたのはレンブラントだった。


「・・・俺は優しいんだとさ」

「優しいでしょ、レンブラントさまは。話を聞いてあの子がまた奴の後を追ったりしないか心配してた訳だし」

「・・・」


黙りこんだその反応に笑みを浮かべ、マルケスは立ち上がるとワゴンに足を向けた。


「良かったじゃないですか。あの分なら乗り越えられますよ」

「・・・ああ」

「彼女も変わりましたね」

「そうだな」


人気のない室内、ワゴンの上に置かれたままだったティーポットの茶葉を取り替える。

そんなマルケスを見ながら、レンブラントは続けた。


「人は、良くも悪くも変わるものだ。まあ、良い方向に変わるには努力が要るが」

「そう言えば、レオポルドさまも、随分と変わられましたもんねぇ」

「努力した分はきちんと認めねばな。レオも・・・あの娘も」

「おや、お許しになるんですか。あんなに怒ってらしたのに」

「・・・トリーチェが許してるんだ。俺がどうこう言うことでもないだろ」

「まあ、それはそうですね」


マルケスはティーポットを持ち上げる。


「では、ひとまず気持ちにケリがついたところで、お代わりでもいかがです?」


少しばかり戯けたマルケスの口調に、レンブラントの口元も少しだけ緩んで。


「・・・貰おうか」


やがて来るであろうその日のことを思いながら。

けれど、話をする前より少しだけ心が軽くなったように思いながら。


レンブラントは頷いた。



しおりを挟む
感想 57

あなたにおすすめの小説

私は貴方を許さない

白湯子
恋愛
甘やかされて育ってきたエリザベータは皇太子殿下を見た瞬間、前世の記憶を思い出す。無実の罪を着させられ、最期には断頭台で処刑されたことを。 前世の記憶に酷く混乱するも、優しい義弟に支えられ今世では自分のために生きようとするが…。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめる事にしました 〜once again〜

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
【アゼリア亡き後、残された人々のその後の物語】 白血病で僅か20歳でこの世を去った前作のヒロイン、アゼリア。彼女を大切に思っていた人々のその後の物語 ※他サイトでも投稿中

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

私があなたを好きだったころ

豆狸
恋愛
「……エヴァンジェリン。僕には好きな女性がいる。初恋の人なんだ。学園の三年間だけでいいから、聖花祭は彼女と過ごさせてくれ」 ※1/10タグの『婚約解消』を『婚約→白紙撤回』に訂正しました。

許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください> 私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

処理中です...